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君と英雄ポロネーズ  作者: 裏耕記
第三章 夏の記憶
32/50

32nd Nov. プレゼントと将来

『ちょっと相談したいんだけど良いかな?』

『どした?』


『実は今月の29日は伏見さんの誕生日らしいくてさ、誕生日プレゼント探しているんだ。でも、全然コレってものが見つからなくて』

『おー、そういや今月だったな』


『中野は知ってたんだ?』

『千代がお祝いするって言ってたからな』


『中野はどうするの?』

『千代は伏見と二人で祝いたいみたいだから、俺はメッセージ送るくらいかな』


『プレゼントとかは?』

『簡単なものは渡すかも。だけど学校始まってからだろうな。ただし! 野田は「僕も一緒に」なんて言うなよ?』


『言いたい気持ちはあるけど。頑張ってみるよ』

『おーけー。そんで何を選ぶかって話だよな?』


『そう。伏見さんのお母さん情報だと「音楽関係のものなら何でも」とは聞いてるんだけど』

『お母さん情報ってチート過ぎんだろ! そんな有力情報があるなら、素直に従っとけ』


『チートって……。案外、音楽関係のものって多くてさ。決めきれないんだよね』

『普段使いできて高すぎないものが良いんじゃね? 付き合ってるわけでもないし』


 付き合ってるわけじゃない。中野の言葉は反論のしようも無い事実。

 もちろん僕だって、そう認識している。

 でも何となく、胸にわだかまりを感じた。


『そうだね。日用品辺りが無難かな』

『あって困るものじゃないって方向性でいくと、文房具あたりか?』


『文房具なら邪魔にもならないか』

『無難にいくならな。あとは野田だからこそ、気が付けるものなんかも良いと思うぜ? 伏見の困っていることとか、好きなものとか』


 僕だから気が付けること……。それが難しい。

 確かに一緒に過ごす時間も増えた。最低週二回は図書館に集まって、宿題やって、お昼を食べて帰る。ただそれだけ。だけど、僕にとっては楽しみな時間であり、大切な時間でもある。


 そうやって一緒の時間を過ごすようになれたことで気が付けたことがないか……。

 彼女の筆箱はポーチみたいなんだけど、ギッチリ詰まっている。カラフルなペンやキラキラしたシャープペンシル。なぜか消しゴムは三つも。


 ……シャープペンシルとかは迷惑になりそうだな。むしろ大きめの筆箱の方が良いかな? いや、すでに結構大きくてバッグの容量を圧迫していそうだから、それも良くなさそうだ。


 あとは……、そうだ。休みの日はコンタクトじゃなくて眼鏡をしているんだよな。普段の天真爛漫さから、眼鏡をかけて勉強している真面目な顔にギャップを感じた記憶がある。多少見慣れた今でも、見惚れてしまうこともあるし。


 思い返せば彼女の眼鏡ケースは結構年季が入っていた気がする。眼鏡ケースならば、それほど高いものではないだろうし、相手に気を遣わせない程度のプレゼントになるかな。


 あまり考えたところで他に良い案が出るとも限らない。音楽関係のデザインの眼鏡ケースを探してみることにした。


 ※


 八月も半ば。

 そろそろ夏休みの終わりが見え始めるころ。

 それは宿題の締切期限も意味する。


「野田君は良いなぁ~。もうほとんど終わってるでしょ?」


 彼女は不満であると分かりやすいくらいに顔に出して僕に文句を言う。

 それでもランチ後のデザートを食べる手は止まらない。


「おかげさまでね。でも、ここまで順調だったのは、伏見さんとの勉強会のおかげだよ」


 図書館では他の誘惑も無くて宿題が捗る。

 中学生の時は家でやっていたので、ダレる時期もあったし、ここまで順調に終わらない。

 週二での勉強会は、良い習慣になっていて、家での勉強も捗っていた。


「それなのに私のこと放っておいて、授業の予習と復習してるもんね。野田君は私のことなんてどうでも良いんだぁ~」

「ちょっと人聞き悪いって! 代わりに宿題やってあげるわけにもいかないし、目の前でゲームされても嫌でしょ? 仕方なくだよ」


「仕方なく勉強して、学校でも良い成績取っちゃうんだよ、きっと。入学当時は私と同じくらいの成績だったのに悲しいな……」

「そうは言うけど、伏見さん進学しないんでしょ? 僕は進学するから成績が良いには越したことないし」


 伏見さんは進学しないことに決めた。

 ついこの前、ランチをしている時にポロっと告げられたのだ。

 やりたいことが見つからない僕は、とりあえず少しでも良い大学に行って、その間に何かやりたいことを見つけようと思っていたから衝撃だった。


 早々と自分の道を決められた彼女を羨ましくも感じた。


「そりゃあピアノ講師として働く許可をお母さんから貰えたけどさ。結構怖かったよ。お母さん」

「進学しないから?」


「ううん。進学はそこまで気にしてないみたい。どうせ音大出たって就職に苦労するんだから、それは良いって。でも、進学しないっていうのはある意味リスクだから、それを決めた自分で責任取りなさいって」

「責任を取れか。どうやって取ったら良いのか、見当もつかないな。結先生が言いそうなことだけど」


「進学しないことで降りかかる不利も全部自分で背負えって意味みたい。本気の目をしてたから怖かったけど、対等の大人として扱ってくれているみたいで、ちょっと嬉しかったの」

「そうか。ピアノ講師として働くって決めたんだもんね。そこには高校生だとか年齢なんて関係ないってことかな」


 結先生は、高卒だろうと大卒だろうと社会人として働きだしたら、年齢や学歴を言い訳に出来ないって言いたかったんじゃなかろうか。

 講師として働くということは、講師としても働いている結先生と同じ仕事をするということ。


 自分の選択により生じる責任は、自分で取れ。その代わりに大人として扱う。

 少し羨ましいようでいて、少し怖い。

 今の僕にはそこまでの決意を持てないだろう。


「たぶんね。野田君は今後どうしたいとかあるの?」

「今はまだ見えてこないんだ。だから目の前のことを一生懸命やろうかなって。それが勉強とピアノって感じ」


「野田君は、案外先生とか向いてそう。面倒見が良いし」

「面倒見が良いのかな? どっちかというと周りに無関心で一人の世界に浸っていることが多かったよ?」


「最初はね! でも最近は変わってきている気がするの」

「そうかな。もしそうだとすると、伏見さんのおかげかもしれない」


「え~! それは大げさだよ! どちらかと言うと、私の方こそかな。またピアノが好きになれたし」


 全然大げさなんかじゃない。

 僕の人生観を揺るがすほどの出来事は、君がもたらしたものだ。


「伏見さんはピアノやっている姿が似合っているよ」

「確かにね~。私からピアノを取り上げたら、ただのダメダメ女だもん」


「いや、そこまでは思ってないけど……」

「そこまではってことは、ちょっとは思ってるってことじゃん!」


「いやいや! 伏見さんはピアノが凄すぎるから! そういう意味で!」


 腕組みをしている彼女は、それで不満を表しているらしい。

 その仕草を見るに、僕の弁明に効果は無かったように思える。


「……ちょっと納得いきませんな。罰として次回のランチは野田君にご馳走してもらいましょう。それで許してつかわす」


 また変な言葉を……。伏見さんがその言葉の意味を理解しているかは怪しいところなんだよな。

 だけど、失言の代償が限定的になったのはありがたいことだ。何より話しておきたいことがあったので、渡りに船とも言える。


「あのさ、そのご馳走する食事なんだけど、次回のランチじゃなくて別の日でも良いかな?」

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