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君と英雄ポロネーズ  作者: 裏耕記
第一章 始まりの春
12/50

12th Mov. やる理由とやらない理由

「ピ、ピアノの演奏を聴いたのは生まれて初めてだったけど、こんなに凄いなんて思わなかったよ」


 自分の発言で凍り付かせた現場を、何とか修復しようと試みる。


「そ、そうだな! 音が身体を揺さぶるって言えば良いのか? ビリビリ響く感じが凄かった!」

「普通にピアノ習っていても、あのレベルになれる訳じゃないのよ? つむぎが特別なの」

「そ、そんなことないって。きっと、この歳までやってれば出来ることだよ」


 みんなの協力もあって、凍りついた会話の歯車が回り始めた。


「何言ってんの。いつも謙遜しすぎだけど、今回は本当に凄かった。私、涙がこぼれないようにするので精一杯だったんだから」

「それ見て、私も泣いちゃったよぉ~」

「すげえよな。人をそこまで感動させることが出来る高校生が世の中に何人いるんだって思っちまった。なあ?」


 そんな風に同意を求めてくる中野。全く同意だ。

 発表会のホールに入ったときは300人のキャパの大きさに驚いたけど、伏見さんの演奏を聴いて思うのは、もっと大きなホールの方が良かったということ。

 あれほど素晴らしい演奏をたった300人のためなんてもったいない。もっと多くの人に感動を与えられる演奏だったんだから。


 それが僕の目の前に座る小柄で普通な女の子がやったんだから、凄いとしか言いようがない。僕と同じ年の高校生なのに。何か一つのことに熱中して、成し遂げて。それが人を感動させる。


「僕にも出来るのかな。あんな風に人の心を動かすことが」

「出来るよ。野田君にも」


 自分で言っておいてアレだけど、即答で返事が返ってくるとは思わなかった。むしろ独り言というか、つい口から出てしまった羨望の声だったのに。


「出来るのかな? 何でもかんでも普通な僕に」

「野田君は普通じゃないし、大丈夫だよ!」


 僕って普通じゃないの? 無個性で平均的なモブだとしか思えないけど。

 それに普通じゃないから大丈夫って褒められてはいないよな。伏見さんの笑顔と言葉のギャップに悩む。


「僕は面白みの無い普通の人間だよ。とてもじゃないけど、人の心を動かすことなんて出来ないよ」

「そんなことないよ。さっきの言葉、嬉しかったから。私の心、ちゃんと動いたよ?」


 さっきの言葉って、あの人生でこんなに綺麗な人見たことないってやつのことだよね。今思い返しても、プロポーズみたいな言葉にしか聞こえなかったよな。


 ん、ちょっと待って……。それで心が動いたって……、それって……もしかして、もしかするのか。


「……伏見さんの心を動かせたの?」

「うん! 恥ずかしかったけど、すっごく嬉しかった。毎日、眠る時間削って練習して良かったなって。私の演奏が野田君にも届いたみたいだしさ。去年までとは違って、中野君や野田君が見に来てくれるってことになってから、必死に練習したんだもん」


 ……もしかすると、もしかしなかった。そりゃあそうだよな。そこまで沢山話をしたわけではないし、遊びに行ったわけでもない。ただのクラスメイトより、ちょっと仲良くて、ピアノの発表会を見に来るくらいの関係。


 それなのにあんなプロポーズみたいな言葉を言っている僕ってヤバくないか……。

 伏見さんは、ギリギリ好意的に受け取ってくれているから大丈夫か。


 いや、そうじゃないと困るんだけどさ。伏見さんの演奏を聴いて、ちょっと舞い上がり過ぎていたのかもしれない。


「頑張ってきたんだなっていうのが、ちゃんと伝わったよ。それと、ひたむきに打ち込めるものがあって羨ましいなって思ったし。何よりピアノを演奏出来るのって格好良いよね」

「そうなんだ……。もしさ、野田君さえ良ければなんだけど、そんなに気に入ってくれたのならやってみない? ピアノ」


「えっ? ……さすがにそれはどうかな。やってみたい気持ちは少しあるけど、今からやったところで、たかが知れてるだろうし」

「私もさ、プロの演奏家になりたかったけど、ダメだろうなって中学生くらいから感じててね。だんだん、ミスなく当たり障りない演奏をするようになってたの。だから発表会の演奏も今年で最後かなって思ってて。だけど、野田君たちも来てくれるってなったから、自分の限界に向き合ってみたんだ」


「そうなんだ」

「そうなの。だから今日の演奏が、みんなの心に届いたって言ってくれて嬉しかったの。必死に練習して、自分なりの表現が出来て、それがみんなに響いて。それって素敵なことだと思うの。でもそれは、プロじゃなくても出来たんだよ。だから、いつ始めるかじゃないと思うんだ。どれだけ気持ちを込められるかなんだよ、きっと」


「それはそうなのかもしれないけど……」

「野田君は発表会の前半から見てくれていたでしょ? 他の子たちの演奏を聴いて、どう思った?」


「知ってたんだ」

「うん、出番までは会場のお手伝いとかしてたからね。見ず知らずの子の演奏でも、真剣に聴いてくれてたね」


「そっか。うん、みんな真剣で頑張ってたから。もちろん、技術は人それぞれで、あの場で練習通りの実力を発揮出来る人と出来ない人がいて。それでも熱意はちゃんとあって、同じ曲でも弾く人で違って聴こえて。それに思っていた以上にみんなレベルが高かった」

「やっぱり。見ず知らずの人の演奏で、そこまで感じられるなら向いてるよ、野田君」


 音楽が僕に向いているなんて思ってもみなかった。だけど、友達に君はコレが向いているなんてハッキリ言われたこと、人生で一度も無かった。それだけハッキリ言われると心が動いてしまう。


 ――――いや、嘘だ。


 彼女の演奏を見て、聴いて、僕は魅了されていた。

 あの舞台で光り輝く君に。人に感動を与える演奏に。


 ただ単に、僕はやらない理由を探していて、やる理由を外《他人》に求めていたにすぎない。


「そろそろ料理も来るだろうしさ、この話はそれくらいにしたら? 野田もちょっと考えたいのかもしれないしね。そうだ、悩むくらいなら、一度、無料体験受けてくれば良いんじゃない? 考えるのは、それからでも遅くないでしょ」

「そうだね。そうしてみようかな」


 神田さんの折衷案というか、現実的な提案に少しほっとしていた。

 だから、こんなに素直な返事が出たんだと思う。


「じゃあ、お母さんに伝えておくね! 野田君もおうちの最寄は立川駅だよね! 立川校で良いかな?」

「うん。じゃあ、それでお願いします」


 こうして無趣味で平凡な僕は、高校一年生にしてピアノを習い始めようとする少し変わった男子高校生になった。

『君と英雄ポロネーズ』 

第一章 始まりの春 了


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