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反発ブレイク

  ─3日目─



 普段、どこで暇を潰しているの? 

 ルリはそんなことを知りたがった。特に面白いことはないぞ、と前置きをして、数駅先のショッピングモールに向かうことにした。

 それでもルリは、無邪気に喜んだ。


「一応、顔は隠しておけよ」


 マスクと帽子をルリに渡す。万が一でも、知り合いに会ったら面倒だ。もしくはニュースを見て記憶している人。死んだはずの人間が悠々と街を歩いていたら、人は驚くなんてものじゃ済まない。



 駅前に人が集まっていた。ただ事ではない雰囲気だ。何人かはプラカードを手に持って、口々になにかを叫んでいた。声量だけは大きく、統率が取れていない。そのため、ただ喚いているだけにしか聞こえない。


 プラカードを観察すると、『人類は変わらなくてはいけない!』だの『大自然の怒り』だのと書かれていて、これもまたフワフワとして判然としない。


「世界滅亡の関係かな?」

 ルリは声を潜める。


「あんなことをしても、変わらないだろ」


 俺たちは目を合わせないようにして、改札を抜けた。


「でも、ああいうのも良いと思うよ」

「どこが?」

「意味なんかなくても、ずっと訴え続けるの」

「迷惑なだけだ」


「世界中の人たちがプラカードを持って、『世界滅亡、反対!』って主張し続けたら、世界は平和になるよ。隕石も災害も『分かりました。今回はなにもしません』って、どこか消えてくれる。たぶんね」


 そんな馬鹿なこと。と言おうとしてから、俺はルリの顔を見た。

 人が生き返るなんて奇跡が、実際に起きた。ならば、災害がこの世から消える奇跡も、起こったって不思議じゃないのかもしれない。


「でも、できることなら現実的なことを訴えて欲しいけどな。世界平和なんてことじゃなくてさ」

「そうだね」

 ルリは苦笑して、彼らの話をやめた。



 ショッピングモールは多種多様なジャンルの服屋が揃っている。俺はまったく詳しくないため、ルリが片っ端から入店していくのを眺めて、外で待っていた。待っている間は手持ちぶさただったが、はしゃぐルリを見ているだけで満足だった。


 しかし、妹はなにも買わなかった。


 映画でも観るかと提案をしても、面白そうなものがないからやめとく、と拒否される。本当にこんな調子で、ルリは満足なのかと不安になった。


 ゲームセンターも勧めてみた。案の定、あまり感触は良くない。昔からあまり行ったことがないし、期待はしていなかった。

 だが、急にルリは、なにかを思いついたように表情を変えた。



「あ、クレーンゲームやりたい!」と唐突に指を差した。「兄さん、ちょっと財布貸して。取ってくるから!」


 渋々、財布を渡す。ここに来る前、それなりに渡しておいたのだから、それを使えばいいのに。俺の無言の文句を無視して、ルリはゲームセンターの人混みに紛れていった。

 多少のワガママは許すと俺は誓った。しかし、財布のダメージは、多少で済まない可能性がある。



 十分ほど経過し、ルリは露骨に肩を落として帰ってきた。結果は聞かなくても分かった。財布の中身を覗くと、百円玉だけではなく、千円札まで姿を消していた。ルリは軽い調子で手を合わせ、謝罪した。多少のワガママだ、と思いながらも、呆れる。


 なにも手に入れず、そのくせ金だけは減らし、俺たちは帰途についた。

 まるで退屈な休日だ。しかし、俺たちはそんな休日を過ごしている場合ではない。


 沈む陽を眺めていると、焦りで身を焦がす気分がした。


  ***


「明日、大学に行ってもいい?」

「え、なんで」

「興味があるから」


 ルリは悲しげに、おまけに上目遣いで俺を見る。流石に断れなかった。

 甘い、と思われるだろうか。


 違う。


 甘いとか、そういうことではなく、この頼み事だけは断れないのだ。


 心拍数が上がる。また、息が詰まりそうになった。

 お互い無言で、家に帰った。



 就寝前、棚から日記を取り出した。最近は書いていなかった。

 高校生の頃から習慣化しようとして、日記をつけ始めた。書くことがないときは、一行くらい。なにかあったとしても、せいぜい五行程度だ。ルリがソファで寝息をたてていることを確認してから、()()ほど前のページを開く。


 その日は、十行も書いてあった。


  ─半年前─


「進路はどうするの?」

 発端はルリの発言だった。


 まるで母親かのような物言いだったけど、俺が高校二年生になった年に父親が、大学生になった年に母親が死んだから、残されたルリが言うのは当然かもしれない。


「あんまり兄さんの口から、そういうこと聞かないよね」

 ルリの声色に糾弾する様子はない。どちらかというと淡泊な印象を受けた。


「別に」


 触れられたくない話題だったから、ついぶっきらぼうな返答をした。でも、それは不味かったと思う。自分自身で想定していた以上に刺々しく放たれた声は、ルリを怒らせた。

 きっとルリは不満をため込んでいたのだろう。それもそうだ。両親は死に、残った家族は進路も決まっていない。


 結果として、未だかつてないくらい、酷い喧嘩をした。


「一回、大学についていってもいい?」

 おそらくは気持ちを落ち着かせて、ルリは訊ねた。


 冷静さを失っていた俺は、にべもなく突っぱねた。駄目に決まってるだろ、とか言った気がする。


「遊んでばっかりなんじゃないの?」


 遊んでいる方が、まだ良かった。そのときすでに、俺は大学に行くことが少なくなっていた。

 妹は、実情よりもマシな想定をしている。惨めになり、まったく醜いことに、声を荒げて言い返した。


「忙しいんだよ! お前は大学に行ってないから、分からないだろうけど……!」


 ルリが大学に行けなかったのは、親が死んで、経済的に不安定になったからだ。ルリは自分の意思で就職することを決めた、ように装っていた。本当は学びたいことがあったのだろう。

 分かっていたはずなのに、俺の口からは心ない罵倒が飛び出した。


 それからのことは、よく覚えていない。ルリはなにも言わなかった、と思う。黙って、けど俺を睨み付けて、俺の部屋から出て行った。

 勢いよく閉められたドアは、汚れた部屋の、汚れた空気をかき乱した。


 数日経ってから、俺は電話で謝った。とことん謝った。そして、正直に打ち明けた。大学に行っていないことを。


 それでも気は晴れない。上っ面だけの謝罪の気がして、なにを言っても無駄なのだと理解した。


 電話の向こうで、ルリは笑っていた。無理をしているのは声だけで容易に分かった。


「兄さんにあんなこと言われたの、辛いんだからね」

 冗談めいた言い方だったけど、本心だったはずだ。


「死ぬほど、辛かったよ」痛々しい笑い声だった。


 ***


 その数ヶ月後、本当にルリが死ぬなんて、誰も想像していない。


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