混迷モーニング
「やっぱり、最初は光だったよ」
唐突に、ルリは不思議なことを言い出した。
「なにが?」
「聖書にもあるじゃん。ちょっとだけ読んだことあるんだけど、一番始めに書いてあること。神は『光あれ』と言った、みたいな」
「ああ、創世記」
「神様が世界を創ったとき、7日かかったんでしょ?」
正確には6日で、7日目を休みにした、とかだったはずだ。俺もちらりと読んだだけで、詳しくはないのだが。
「1日目は、光を創った。世界の最初は、光」
「それで?」
「わたしが生き返った最初も、光だった。目を瞑ってたと思うんだけど、急に、瞼の中にぱっ、って光が。だから、同じなんだって思った。世界ができたときも、人が生き返ったときも、最初は、光」
俺は「ああ」とか「うん」とか、要領を得ない返答をして、天井を仰いだ。
─2日目─
朝起きて、寝ぼけた眼を擦る。
当たり前のように妹がいる。現実味は相変わらず、ない。しかし、目の当たりにしている以上、受け入れざるをえない。
ニュース番組を垂れ流しながら、食パンをかじる。外から朝日が強く射し込み、ルリの横顔を照らしていた。
「一ヶ月くらいじゃ、世界は変わらないね」
「いや、案外変わっちまったよ」
「どんなふうに?」
「あ……こんなふうに」
まるで俺の声に呼応するかのように、ニュースの内容が切り替わった。
『今、世間を賑わせている滅亡予言!』
「な、なにこれ?」
ルリが死ぬよりも前から、話題自体にはなっていた。だが、勢いを増したのはここ最近だ。
『あと数日後、世界は滅亡する』と遙か昔に、偉大な予言者かなにかがメッセージを残したらしい。多くの人間がデマだ、笑えないジョークだと馬鹿にしていた。俺もご多分に漏れず鼻で笑っていた。
しかし、ある有名人、それも強大な影響力を持つインフルエンサーが、なにをとち狂ったのか真実だと騒ぎ立てた。そのせいで、喧噪は苛烈に広まった。
「思慮が足りない。それとしょうもない承認欲求だ。取り上げる方も、どうかしてる」
「どうやって滅亡するの?」
「知らないよ。どうせ隕石とかじゃないの」
「信じてる?」
「全然」
オカルト否定派だから。しかし、オカルトな現象が昨日、起きたばっかりじゃないか、とも気がついた。妹を見て、複雑な気持ちになる。
「ソラ兄さんの、日常が知りたい」昨日、ルリは言った。だが退屈な日々が過ぎるだけで、面白みは皆無だろう。
「兄さん、大学行ってる?」
「いや」俺は簡潔に答えた。
「そっか……」
「ん……」
大学生活の終わりを、半年後に迎える。にも関わらず、単位はボロボロ。大学に顔を出さなくなったのは、三年生の終わり頃からだ。
ルリはなにも言わなかったが、寂しそうな顔をしていた。
「今日はこれから、バイトに行ってくるよ」
「バイトしてたんだ?」
「ファストフード店のね。ルリは?」
「わたしは仕事して、たよ。知ってるでしょ?」
「そうじゃなくて、ルリはその時間どうする? って意味。ついてくるわけにもいかないだろ」
死んだことになっているのだから。
ルリは高校を卒業してから、すぐに就職した。都内でプログラマーとして働いている、いや、働いていた。望んだ進路なのかは分からないのだけれど、気楽で、結構充実しているらしい。
「んー。じゃ、待ってる」
「暇じゃないか」
「大丈夫だよ」
ルリはわずかに俯き、なにか考え込んでいるように目を伏せた。ひいき目かもしれないが、ルリはかなり容姿が整っている。持ち前の人当たりの良さもあって、異性にモテていた。だから、ストーカーに悩まされていたこともあったのだが。
ふと、ルリは窓の外に視線を向けた。鳥でもいたのだろうか。ベランダを注視している。
「どうした?」
「妙に陽が射し込むなぁと思って」
「そうか」
「カーテン引かれてないの?」
この部屋にカーテンはない。以前はあったのだが。
「壊しちゃったんだよ」
どうせボロボロだったし、という理由でゴミに出した。そのせいで、朝は日光が強く射し込む。アパートの二階だから、余所の家の窓から丸見えだし、どうにかした方が良いとは思う。けれど、別に構わないかとも思っている。
「兄さん、そういうところ、あるよね」
「は? どういうところ?」
「普通壊さないでしょ、ってものを壊しちゃうの。覚えてる? 小学生だったとき、ランドセルを壊して、お父さんに怒られたでしょ」
俺は少し考えて、噴き出してしまった。つい昨日のように記憶が蘇る。ルリも微笑んでいたけど、改めて鮮明に思い出したようで、やがて大笑いに変わった。
「それでバレないようにって、ランドセルを埋めて隠そうとしたんだ。兄さん、これならバレないだろって。すぐにバレたんだけどね」
「そうだったな」
「どこに埋めたんだっけ?」
「覚えてないなぁ」
「覚えててよぉ。せっかく面白い思い出なんだから」
面白い思い出、ねぇ。人の気も知らないで。
やがて息を整えて、ルリは言った。
「あーあ、あれは死ぬほど良かったなぁ」
「あれは……理不尽だったよ」
俺は不満を露わにした。が、すぐに笑ってしまう。
ほぼ毎日投稿する、予定です。