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埋葬ノンフィクション

 神社の前を通り、裏に向かう。


 ルリが先行し、俺はポケットに手を突っ込みながら後に続いた。木の枝を踏んづけて、ぽきりと折れた。草むらの影に隠れていたカラスが、(しゃが)れた声で鳴いた。


 あの頃、軟らかい土につけた足跡が、今でも残っているような気がした。地面に目を滑らせれば、簡単に見つかりそうだ。

 しかし、冷たい風が吹いて、まるで「現実を見ろ」と言われているようだった。


 神主はいなかった。あれから時が経って、当時の神主さんはもう亡くなったかもしれない。一応、音を立てないように歩く。


「懐かしいね」ルリが言う。

「そうだな。久しぶりだ」


 うっそうと葉を伸ばした樹木が、俺たちを取り囲んでいる。神社裏の遊び場は、驚くほどなにも変わっていない。ボール遊びも鬼ごっこもした。今でもできそうだ。俺たちの年齢じゃ、ちょっと狭いだろうか。


 ルリはざっと見渡して、空気を吸い込んだ。


「嘘だよね」


 俺を見る。


「なにが」

「ここ、兄さんは最近来たばかりでしょ」


 俺は鼻で笑い、大げさに溜息を吐いてみせた。


「どうして、そんな嘘をつく必要があるんだよ?」


 ルリは感情のない眼差しで俺を射貫いた。


「それより」俺は話を逸らそうとした。「ルリ、俺の日記読んだだろ」

「そうだね。読んだよ」


 反論してきたら言い返そうと準備をしていた。簡単に認めるから、拍子抜けだった。


「どうして」

「その前に。わたしは一個、認めたよ。次は兄さんが認める番」


 俺はわざとらしく、肩をすくめた。



「ああ、来たよ。最近ね」



 ルリは地面に目を落としながら、歩き出した。それは徘徊する、という表現が相応しい。


 俺は焦っていない、といえば嘘になるだろう。鼓動は速く、この場からすぐにでも立ち去りたいと願っていた。

 神主がやって来て、子どもの頃みたいに、俺たちに「家に帰れ」と叱って欲しかった。夕暮れのチャイムが、鳴って欲しかった。


「西田くんっているでしょ」

「大学で指差しただろ」

「わたし、大学で授業なんて出てないの。アイデンティティとなんとかなんて、大嘘。本当は、別のことをしてたの」


 ルリは半笑いでこっちに目をやる。自分でも、あまりに馬鹿らしい嘘だと思ったのか。


「西田からメッセージが来たんだ。恋人と名乗る女から、真相を教えて欲しいと問い詰められた、だってさ。それは、誰なんだろうな?」


「つい」ルリは悪戯っぽく舌を出す。が、目は笑っていない。「つい、恋人って言っちゃった」


「問題はそこじゃない」

「うん、そうだよね。西田くんには悪いことしちゃった」


 どのような方法で訊ねたのか、と聞くことはしなかった。


「西田くんには教えたんでしょ? わたしが死んだって。日記に書いてあったよ」

「ああ」

「西田くんに訊いたよ。……兄さんの嘘つき」

「まだ俺が、嘘をついているって?」


 ルリは徘徊をやめる。その場でうずくまり、地面に触れる。ぺたぺた、と冷たい地面を触りながら、しゃがんだ姿勢で歩く。


 ある一点で、止まる。


 それから、手で土を掘り出した。

 一箇所だけ、柔らかくなっている地面を掘る。綺麗な指と爪が汚れてしまっても、まったく気にしていない。


「やめろ」


 俺はやっとの思いで声に出した。


 やめろ。やめてくれ。


「ランドセルを埋めたときも、父さんがこうやって掘ったよね。道具を使えばいいのに。意味分からないけど、とにかく父さんは怒ってたし、細かいことを気にしなかったのかな。『瑠璃花も掘れ!』って、わたしまでやらされた」


「やめろってば」


「ランドセルを埋めた跡、残ってるかな? まあ、どうでもいいか」


「やめろって言ってるだろ!」


 ルリは一瞬、動きを止めた。けど、また掘り出す。

 やがて、わずかな空間が現れる。色の混じった土だ。


「わたしが死んだのは」


 俺はもう、声を出せなかった。



「わたしが死んだ原因は、事故じゃない。殺された」



 土の中から、物体が覗く。

 色は、肌色。


「お腹にナイフを突き立てられて、血がまるで泉みたいに溢れて、死んだ」


 腐臭がする。

 指が出てくる。腐ってボロボロだ。

 次に、手首が。

 そして、顔。


「これも日記に書いてあったね。凄い汚い字で。涙の跡もあった」

「恥ずかしいな。そういうの」


 半ば、諦めきった気持ちで、俺は言った。


「犯人は絶対に許さないって、書いてあった。わたしがいじめられて、兄さんがクラスメイトを、ランドセルで殴ったこと、思い出したよ」


 ルリはじっと、そいつの顔を眺める。


 ()()()が、土の中から出てきた。


「なんだか、懐かしいな。わたしの職場の、上司だよ。知ってるよね?」

「当たり前だろ」

「わたしの、ストーカーだった人」

「心当たりがそいつしかないから、もし違ったら、どうしようかと思った」


 鼓動が収まりつつあった。大きな絶望感があるかと思ったけど、案外、普通の心持ちだ。心のどこかで予期していたからかもしれない。


 地面の下に隠したものは、いつか暴かれる。どんなに工夫を凝らしても、きっと見つかった。


 ルリは、ようやく目に感情を表した。それは、怒りだ。


「ねえ、兄さん」

「なに?」


「復讐なんて、死んだ被害者は望んでいない、なんて。小説や映画だとよくある台詞だよね」

「これは現実だよ」

「現実で、生き返ったわたしが言うけど」


 ルリは、息を大きく吸って、吐いた。



「本当に、望んでないんだよ」


「……知らなかったな」


   ***


 あの夜、俺はこいつの家に行った。


 適当に鎌をかけた。あっさりと自白したから、自白させるため準備した道具が無駄になった。どうしてここまであっさりと、と呆れ半分、驚き半分だった。


 突発的な犯行ではなかった。しっかりと計画を立てていたらしい。

 まだ勢いの方がマシだと一瞬だけ思ったが、そんなわけはない。


 いくつもの「何故?」が頭に浮かび上がった。


 何故、こいつはルリを殺した? 

 付きまとうほどの想いを寄せていたのなら、どうして自ら手が届かない場所へ、彼女を追いやったのか。


 何故、殺した女の、実の兄に白状したのか? 

 正直になった方が、安心できると勘違いしたのだろうか。


 何故、こいつはのうのうと生きているのだろうか? 

 自首もせず、自殺もせず、どういう神経をしていたら生き続ける選択を選べるのか。


 俺は考えて、納得できる結論を導き出した。


 こいつはダメな人間なんだ。



 きっと、生まれた瞬間から、ダメ人間の烙印を押されていたに違いない。幼少の頃から否定され続け、大人になっても頭の中に犇めく罵詈雑言が消えてくれない。だから気が狂ってしまった。神様がこいつを、ダメ人間として作ってしまったんだ。


 そうでもなかったら、()()()()()()()。 



 次の瞬間、俺はこいつを家の中に突き飛ばした。こいつは不思議なことに、戸惑いと怯えが混じった目をしていた。


 俺はマウントポジションを取って、顔面を殴った。


 右頬を殴った。左頬を殴った。

 鼻血が飛び散った。元々醜い顔が、さらに酷くなった。

 歯が折れて、まるでトンカチで埋め込むのに失敗してしまった釘のようになった。


 抵抗しようとしたから、指を折った。体を捻って逃げようとしたから、腹を殴った。

 やがて口から血を吐いた。俺の服やら手やらに付着して、不快な気持ちになった。


 こめかみを殴った。

 喉元を殴った。

 あばら骨を殴った。

 手が疲れてきたから、立ち上がって蹴飛ばした。

 呻き声が耳障りだから、喉を踏んづけた。何度も踏んづけたら、気味の悪い空気の音だけしかしなくなった。

 何度も蹴った。

 蹴る方が楽だった。


 両目を潰したところで、ぴくりとも動かなくなっていることに気づいた。



 どれが原因で死んだのかは分からない。



 こいつの車に運んで、トランクに隠した。どこかに埋めよう、と思い至って、すぐに神社の裏を思い出した。



 鍵を拝借し、運転した。

 車で死体を運ぶ途中、心の中で叫んでいた。

 すべてが上手くいきますように。


 一人で、孤独に祈っていた。訴えていた。



 家に帰って、手を洗う。

 その後すぐに、靴についた土と血を掃除した。


 すると、生き返ったルリが、玄関に現れたのだった。


  ***


「思えば、もっと早く気づけたはずだ。お前が日記を読んだこと」

「そう?」

「たとえば、アキラのこと。お前、アキラが俺の恋人かって、疑ったよな」

「ああ」


 ルリはきっと、俺の言いたいことを察した。


「アキラって名前、よく女って分かったよな。男っぽいのに」

「うっかりしちゃった」


 ルリは、再び土を、そいつの上にかぶせた。

「いいのか」と尋ねると、「うん」と首肯する。


「兄さんの罪を、告発するのが目的じゃないから」


 ルリはさっと土を蹴り、穴を埋めた。

 その瞳からは、涙が伝っていた。拭うこともせず、黙って跡を消している。俺も、黙ってそれを眺めている。


「わたしが怒っているのは、別のことなんだよ」


 ルリの声は、怒りか悲しみか、震えている。


「なんで、そんなことをしちゃったの?」

「殺人のこと?」


 俺はわざと、とぼけてみせた。

 ルリは首を横に振る。だろうな、と思う。


「なんで?」

「なんでだろうな」

 


「なんで、()()したの?」



 俺は少し考えて、笑ってみた。このまま二人で、嘆きあっているのは嫌だから。

「悲しかったからだよ」

 それから、続けた。


「死ぬほど」


次話、最終回です。

よろしくお願いします。

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