第185話 趣味 (レーナ視点)
私にこれといった趣味というものはない。
何かに熱中することはある。
魔法、調べごと、料理。
でも、それは一時的なこと。
命令だから、仕事だからやっているに過ぎない。
それ自体を本気で楽しんだことはおそらく無い。
別に、私は不器用とかではない。
アルスのように私も大抵のことは卒なくこなせる。
ただ、これまで、自分が心からやりたいと思えるものはなかった。
身分はルイ様の奴隷ではあるが従者として比較的自由にさせてもらっているし、何をやっても大抵何も言われない。
奴隷にしては贅沢な環境にいるが、でも、自分の楽しみが見つけられなかった。
普通に生活していて友達と遊ぶのももちろん楽しい。けれど、そうやって自分と向き合わずに逃げていたからこそ、いざ一人になったときに自分が本当に好きなものを見つけられず苦労している・・・
休日に編み物をやってみた。
お手本通りのものが綺麗にできたが、そこまで楽しめなかった。
次の休みにはクッキーを作ってみた。
ルイ様やいろいろな人に食べてもらい喜んでくれたが、しっくり来なかった。
体を動かしているが、それはあくまで仕事のため。
ダンジョンに潜りたい気分でもなく、食べ歩きも好きではない。
そんなある日、突然奥方様が屋敷にいらっしゃり、どうしてか私達をお呼びになった。
訝しみながらも行ってみると、そこにはルイ様もいた。
「実は最近南の方で『コスプレ』と呼ばれるものが流行っているのよ!」
「コスプレ!!!」
「あら、ルイは知っているの?」
「い、いえ」
しどろもどろになるルイ様。
「まあいいわ。そのコスプレというのは、自分とは違う別の者になりきることを言うのよ!」
別の者になりきる???
「そう、さっきも言ったようにアルスは学園祭の時と同じメイド服を着なさい!」
「え!?」
目を丸くして見開くアルス。
「新人のテラよね?」
「あ、はいニャ」
「貴方はセバスが着ているようなタキシードを着なさい!」
「ニャ!」
テラちゃんが耳を逆立てる。
「レーナはルイが着ている服を着てね!」
「え、あ、はい」
ルイ様の服装か。
白いシャツの上から青いウエストコート。
下はスラッとしたズボン。
まだ、アルスとテラちゃんに比べれば普通の服装だ。
「あ、レーナはちゃんと男装すること」
「・・・・!!!!だ、男装ですか」
「大丈夫、全員分は揃えてあるわ!」
流石奥方様。準備がいい。
「そ、それで母上」
「ん?何、ルイ?」
「どうして僕が、その〜〜犬なんですか?」
こんなに嫌がっているルイ様は初めて見たかもしれない。
「それは決まっているわ!お仕置きよ!」
「だとしてもです!息子をそんな風に犬扱いするなんて、親のすることじゃありません!」
渾身の叫びで訴えかける。
でもその言葉はすぐに、目を細めた奥方様に返される。
「貴族の屋敷を燃やしたり、学園で暴れたり、勝手に隣国を荒らしたり」
「うぐっ」
「それは子供がやることかしら?」
「うぐっ」
「貴方の知らないところで私たちも尻拭いをさせられてるのよ」
「うぐっ」
ルイ様が撃沈する。
まあ、全て事実で的を得ているからね。
さて、コスチュームに着替え終わった私達は見て、奥方様は満足げに頷く。
「やっぱり似合ってあるわ、アルス!可愛いわよ」
「うっ、ありがとうございます」
前回と同じように髪を纏めてしっかりと化粧をし、カチューシャまで付ける。
中々の出来で、正直胸の厚みがない以外は女子にしか見えない。
一方でテラちゃんは、スラッとしたスレンダーな身体(他意はない)に細身のタキシードがよく似合い、凛とした表情で立つ姿は様になっている。
その手(義手)にはエレガントな白い手袋を付け、美しい所作で奥方様にお茶をお出しする。
「ありがとう、テラ」
「い、いいえ!とんでもございませんニャ」
そして私はというと、胸の膨らみを布でなんとか押さえて着ている。
「やっぱり似合うわね、レーナ!」
「ありがとうございます」
「品のある感じで、しかもその茶色の短髪も相まってかっこよさがにじみ出ているわね。貴方の乗馬姿を見た時から、この子は男装が似合うとピンと来ていたのよ!」
ニッコリとおっしゃる奥方様。
最初は何で私が男装?と思ったが、鏡に映る自分の姿を見るのもなかなか楽しい。
いつもの自分を隠し、新たな自分を演ずる。
コスプレ、面白いかも!
「・・・で、どうして僕はこんな雑なんですか!」
「語尾にわんを付けなさい」
「くっ、・・・わん」
「よしよし、いい子いい子」
頭を撫でられて屈辱的な表情を浮かべるルイ様。
ルイ様は犬のタレ耳のカチューシャに犬の手型の手袋、鼻のてっぺんは黒く塗られている。
「さあ、貴方たちはその姿で一日過ごしなさい」
「「「そ、そんな〜〜〜(わん)!!!!」」」
私以外はみんな落胆の声を上げた。
この日以来、私に新しい趣味が出来たのだった。




