桜餅は仏滅に
長女がまだ お腹にいる ひな祭りの頃
予定日は4月だし、今ならまだ歩いて行けそうなので私は、大きなお腹を抱えて
20分ほど歩いて実家へ行った。
母や弟と2時間ほどお喋りをして過ごし、そろそろ夫が帰ってくるからと帰り支度を始めると、母は、お土産を持たせてくれて車で送ると言う母に、大丈夫だからと断って歩いて帰った。
実家の近所には美味しい和菓子屋さんがあって、そのお店を通り過ぎようとした時に信号が変わったので、待っている間に桜餅と今川焼を二つずつ買って帰った。
家に着くとお茶を飲みながら、 桜餅と今川焼を半分食べてから買い物に行き、夕食の支度を始めた。40分ほどすると夫が帰って来て、私は 実家に行ったことや実家の様子を、ひとり言のように話しながら夕食の支度をしていると、急に 胸がムカムカしてきた。
トイレに駆け込んだものの暫く出られそうもないので、
夫に
「夕食の支度はとても無理だから
今日は 近所のお蕎麦屋さんに
出前を頼んで食べて」と お願いし、そう言ってまたトイレに走った。
私は大きなお腹を抱えて狭いトイレの中で、死にそうなほど辛く
それでも夫は、背中をさすってくれるでもなく
私はずっとトイレから出られなかった。
そんな私を横目に夫は、呑気に水割りを飲みながらお蕎麦屋さんのメニューをみていて、暫くすると夫が、トイレで辛い思いをしている私の背中越しに
「俺 かつ丼ときつねうどんでいいや」と言った。
私は振り向かずに後ろに居る夫に左手で、『分かった』の合図をして、
様子を見て急いでお蕎麦屋さんに出前を頼み電話を切った。
次の瞬間、お腹の子どもが生まれて大きくなったら、
私は、この人とは別れるかもしれないと直感した。
お蕎麦屋さんのメニューを、老眼鏡を使って見るような年になるまで一緒にいたら、こんなことも笑い話になったでしょうが、結婚したばかりの20代の私がこの出来事に、一生 蓋をしておけるか自信がなかった。
私のこの日の経験と記憶が、私たちの未来に影を落とすことを
あの人は気付かない。
この12年後 私たちは別居した。