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ああ、愛しの縁者へ(3)

 その頃、魔王の娘である、ネージュは、まだ誕生もしていなかった。


 戦争という体験をしてなかった彼女にも、父親(ちちうえ)が挑んだ戦というものは肌で感じられていた。領土を勝ち取り、生存権を主張したところで両者の溝が塞がったとは思えないからである。


 特に差別的だといえば、隣接する真聖王国スウェアである。人間の国王が治める、まさに人間の為の国だ。


 そこは、魔人たちの頭を悩ませる存在であった。

 表向きは友好な同盟関係を結んではいるが、切っ掛けさえあれば、またいつ戦争が始まってもおかしくない。


「……はぁ」


 出窓に腰掛け物思いに耽っていたネージュの思考はそこで遮断された。


 何故ならば、音を立てて盛大に開かれた部屋の扉から、息を切らしたグラースが、髪を振り乱して競歩で迫って来たからだ。


「騒々しいぞ、グラース」


 大したことではないだろうと、ネージュは顎に手を付いて窓の外を眺める。先ほどまでいた噴水広場で庭師が忙しそうに木枝を切りそろえている姿が窺えた。


「ゼェ、シルが、逃げま、した」


 グラースは苦しそうに息を吐きながらそう言った。

 よほど急いで来たようだが、部屋に入る前に駆けるのをやめた辺り流石は元騎士といったところか。


 ――ネージュが十五歳の誕生日を迎えた日。

 グラース。本名をネルフ・オルギネスという人間は魔王城へとやって来た。


 十八歳という若さで友好関係の象徴として、強制的に魔国へ派遣されてしまったという哀れな者の一人なのであった。


 魔人と瘴気の恐怖に心折れて次々に聖国へと帰還する騎士たちの中で、グラースという男の母国への忠誠心は強かった。


 唯一、彼は任期を全うして三年もの月日が流れると、当初はぞんざいだった態度もいつの間にやら緩和をし、主であるネージュにに忠誠を誓うようになっていた。


 「まぁそれはいいのだが、未だに聖城へ戻ろうとしないのは考えものである」とネージュは思っている。


 そこまで考えてから口を開いた。


「――シル? 聞かない名だな」


 しばらくハァハァとしていたグラースだが、神妙な様子で息を整えながら答える。


「違います。ネージュ様の下女のことですよ?」


「ああ、ならば、ゼーシルか。で、逃げたとはどういうことだ」


 ネージュが目を細めると部屋の中に、今度はリヒトの声が響いた。


「無断で城から外出している。迷いの森、近辺での目撃情報がある」


 いつの間に現れたのか、扉にもたれるように立っている彼は面倒くさそうな表情だ。


 グラースにも言えることだが、いくら側近の従者とはいえ「ノックもなしに女性の部屋へ入ってくるのは非常識ではないか?」とネージュは思った。


 一方で、生真面目な雰囲気と堅い表情を浮かべたリヒトが「迷いの森は国境付近だったか」と呟いた。

 グラースが「脱国だろう」と強い口調で続く。


 室内に不穏な空気が漂い始める。ネージュはぐぬぬと唸り声を上げた。


 ゼーシルといえば、応急で古くからに使えていた召使いたちの一人娘。ネージュより二歳年上の女だった。


 身分こそ違えど、ネージュとは姉妹のように育ったようなものであり、自分に黙って城を出て行くとは考えられない。


 最近の彼女の様子で気になるところや、その仕事に関して不満の声も聞いたことがなく。

 息苦しい王宮暮らしに嫌気がさしならまだしも、国まで出て行く必要があるだろうか。ネージュは静かに考察する。


 その内心を悟ったかようにリヒトが言い放つ。


「それを確かめに行く。準備しろ」


 それを聞いたネージュの脳内には「面倒なことになった」という文字が浮かぶようであった。怪訝に眉を潜めながら、最後の希望にとグラースの顔を見つめたが、その淡い期待に反し、彼も「真相を確かめるのだ」と意気高騰といった様子だ。


 ひとり気乗りしないネージュは、状況への落胆と、重要な時に主の思いをくみ取れない部下への失望の念を抱いていた。


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