Ⅲ 僅かなる旅路(3)
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ほかに誰かいるのかは分からなかったが時折、美しい歌声がするので、もしかしたら誰かいるかも知れないとは思っている。
「では、もう少しだけ、ここにいましょう。何かの話をいたしましょうか?」
「うん!」
ハルトはヘルツの知らないことをいろいろ教えくれた。
とりわけ彼の話してくれる物語が面白くて大好きだった。
「今日はどんな物語?」
「ではヘルツのお気に入りをお話し致ましょう」
「勇者のお話だね」
ハルトが語る物話は作られた寓話らしい。それでもこの暗闇しかないヘルツにとってはどれもこれもが新鮮である。
たまに想像しがたい話もあるが、「勇者の物語」は、まだ単純で分かりやすい。
――『とある街に住む平凡な少年が、ある日。聖なる剣を携えて、悪の魔王を討ち滅ぼしに行く』という本筋だった。
旅の途中で仲間が増えるのだが、そこがヘルツはとても好きである。
しかしそれとは対照的に、話の最後がどうしても気にいらなかった。
「ヘルツはこの話の最後がお嫌いですか?」
静かに話を聞いていたヘルツは、そう尋ねられてドキリとする。ハルトが静かに言う。
「大抵は魔王が倒されると皆、喜ぶのですよ」
「うん、分かってる。でもボクは勇者が旅をしてるところが一番好きだなぁ」
小さく頷きを繰り返す彼の嬉しそうな表情を見てから、ハルトはゆっくり腰を上げた。
ヘルツは一気に寂しい気持ちに支配されたが、ぐっと堪えた。ハルトが手を振ると、明かりが遠ざかって行く。
こんな生活がもう何年続いてだろう。幼い頃からここにいるので、自分の年齢も分からない。
だが、そんなヘルツにも分かることがあった。『外には知らない広い世界が広がっていること、何故か自分はそこから弾かれてしまっていること』。
「ボクはきっと悪い子なんだね。だからここにいないといけないんだ」
ヘルツはどこかお話の魔王と自分とを重ね合わせていた。魔王も闇を愛し、そして独りぼっちなのだ。
――そこまで話をして少年、ヘルツは一息付いた。
テーブルを挟んで座っていた男の方を見ると、盛大に涙と鼻水を流している。
それには彼も驚いて、「何故泣くのですか?」と男に尋ねた。
「いや、だってよ。それは暗い部屋にいたってレベルじゃあないぜ。しかも部屋ってか、牢屋じゃねぇか!」
そんな男の様子を見て、ヘルツは微笑んだ。自分の為に泣いてくれたのかと思うと、何だか心が温かくなってくる。
「しかし、なんで閉じこめとく、必要があるんだろうな。君が魔人だからか?」
「魔人では駄目なのですか?」
ヘルツはきょとんとして問いかける。
「うーん、人間はずっと魔人と争ってきたからさ。人と魔人は相容れないのかもな。まぁ、この国はそういう残忍な事をする奴が結構いるんだぜ。軽い罪でも拷問にかけたりとか、すぐ処刑しちまうし」
「処刑っ!?」
「あ、ごめんごめん。俺はそんなことしないよ。平和と博愛主義なんだ。綺麗なお嬢さんは特に」
そういうと男はにっと笑う。そこで違う部屋で遊んでいたミッテ、ロッテが「お兄ちゃん」と寄ってきて男の裾を引っ張る。
「おなかすいたの~」
「あそんでほしいの~」
どうやら二人の意見は対立している様だ。男はやれやれと呟いて立ち上がった。
「さて、じゃあ、そろそろ夕飯にしようか。続きは飯食ってからにしようぜ」
「やった~!」
「あそぶのは~?」
「え、っと食ってからな。ロッテ」
男はくしゃくしゃとロッテの頭を撫でた。
「あ、ヘルツ。うちは貧乏なもんで、食事はあんまり期待しないでくれ」
「えっ。……はい」
男はニッと歯を見せて恥ずかしそうに笑う。食事と聞いて思わずヘルツは目を反らした。




