ああ、愛しの縁者へ
麗らかな春の香り。鼻孔に甘く、脳までとろけそうな、桃色のにおい。
街はずれにある孤児院、花弁の舞う庭先で子供たちが駆け回っていた。まるで我が子を見守る母のような大木の根本に座り込んでいる幼い少年がいる。
「おーい、おーい」
柔らかな長髪を揺らした幼子が、天使のような笑顔で駆けている。心穏やかな風景の中で、少年はたしかな暖かさに微睡んだ。
しかし、その直後。唐突に視界が歪み、まるで灯りが消えたように闇に覆われた。
――引き込まれるように、『記憶それ』の再現は始まる――。
穏やかだった情景が、劇的に変化する。
夜の城。疾悪に支配された空気の中に、二つの影が対峙している。いっぽうは、先ほどの少年が成長した姿だ。
いっぽうも同じ年頃の青年だが、相手の相貌は闇に呑まれて分からない。
地に伏した亡骸の上、その心は恐怖に戦いている。
口内に広がる苦い鉄の味。チカチカと点滅する視界。
甲高い耳鳴りが脳内を侵し続ける。
暗夜に光る二つの瞳。鋭い眼孔から放たれる殺気が刺すように青年の体を貫いていた。
己に向けられた憎悪にもとれるような剣の先。生々しい血液が滴るその様は、相手の恐怖心を駆り立てるのに十分な要素をはらんでいる。
「俺はお前を、ほん――」
その言葉をすべて聞き終える前に駆け出した。相手の殺意をまざまざと背に受けながら青年は走った。やがて、遠のくような意識は、引きずられるように闇の中へと落ちた。
「ッ!」
そこで、彼は目を覚ました。
自分の荒い呼吸が口から出ていっては、素直に耳へ入るほどには静かな部屋。柔らかなシーツの感触、いつもの寝台に横たわっていた事実を認識して、ようやく呼吸が落ち着いた。
一度、深く呼吸をする。
しっかりと上半身を起こしたはずが、とたんに起きた頭痛に頭を抱えた。
朧気な視界のままに瞳を閉じると、脳内の記憶が混雑を始める。
古い記憶の中、森林の中。きょとんとした表情の少女。
その緋色の双眸を思い出した瞬間に、自分の果たすべきものをはっきりと認識した。
滑るように素早く寝台から身を降ろすと、上着を羽織りながら窓の外へ視線をやった。
よく晴れた青空の中で日は高々と上がっている。
目下にあるのは城外の広々とした中庭広場だ。中央に設置された噴水に少女が腰掛けている。それを確認してから男は机に並べてあった二丁の銃を胸元のフォルダーに仕舞い込んだ。
眉間に深いしわを寄せながら、恐ろしげな眼差しで部屋を後にした。
こちらの小説は
2015.初めて書き上げた
(処女作とは今はあまり使わないらしいらしいですが)
自身の処女作であり、長編(完結)作品です。
できるだけ、当時のままありのままに改変せず、
色味を変えず、私らしさとして
なろう様に出したいと考え、
拙いながらも先行にこちらの
ひと文を添えさせていただきます!よろしくお願いします