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プロローグ
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その男は木陰で寝転がっていた。
時折、
夏の温暖な微風が吹き、緑の芝が彼の足元を掠める。
「くすぐったいなぁ」、
「ふふっ、本当ですね」。
男の隣では妖美な妻が、麗しい太陽のような微笑みを浮かべていた。
男の耳に入るのは、遠くの方から聞こえる子供達の楽しそうにはしゃぐ声だ。
男の手元には、妻の持って来た一冊の本がある。
黒布製の表紙に、金色の刺繍が施された重厚なそれは、
『――聖者達の物語』。
男の妻が、ころころと甘えるように身を寄せるので、
男はひとつ、咳払いをして、意識をそらした。
綴りには年期があり薄汚れが目立つが、繊細な文字細工は未だ健在である。
男はその中へと、
そっと意識を下ろしていった。