最終話
あるところに一人の神様がいました。
その神様は見た目は、老婆の姿をしていました。老婆の姿をした神様に親切な行いをした人間には、ご褒美が与えられました。
「一つだけ願いを叶えてあげましょう」
そう言って一つだけ願いを叶えてもらえるのです。
◎◎◎
『キキ、ハク! うるさいっ!』
電話の向こうで茅子が叫ぶ。
その声が思ったより大きくて、蒼はスマホから耳を遠ざけた。木曜日の午後十時。茅子から電話がかかってきて、かれこれ二時間が経つ。
明日は朝一で来月号の打ち合わせがあるから、そろそろ電話を切りたい。蒼は茅子に聞こえないようにスマホを顔から離し、溜め息をつく。
茅子は小学生の頃からの友達だ。地元に残っている子の中でも、唯一連絡を取る友達。
しかし、蒼は茅子の存在を煙たく思うようになっていた。四年前に茅子が出産して以来、今日のように突然電話をかけてきては、ずーっと子育てや預けている保育園や仕事の愚痴を聞かされる。
確かに結婚し家庭を持っている茅子の方が、何かとストレスが多いにちがいない。それでも蒼だって毎日仕事で疲れている。
週に二回はかかってくる茅子の電話に、蒼はうんざりしていた。
蒼はタウン誌にイラストを載せる仕事をしている。
昔から絵を描くのが好きだった。でも、美大や芸大に入って、絵を本格的に勉強するような才能はない、とわかっていた。
でも、絵を描くのは、やはり好きで、イラストの公募を見つけてはチャレンジした。そして、今のタウン誌の仕事に就けたのだった。
◎◎◎
結局、茅子と電話を切ったのは、午後十一時を過ぎていた。その後、打ち合わせの資料に目を通し、お風呂に入りベッドに入ったのは、深夜の二時頃だった。
寝不足なのは明らかで、どことなく頭がぼんやりしている。
――サイテー
そう思いながら蒼は駅に向かった。
駅前にあるコンビニでお昼を買う。駅前だからか、いつ来ても品揃えが豊富なのが、蒼は気に入っていた。
ハムとレタスのサンドイッチと、野菜ジュースを手にレジに並ぶ。蒼の前には腰の曲がった老婆が並んでいた。久々に腰が曲がった老人を見た、と思う。
老婆のレジの順番が来た。
どうやらセルフレジに戸惑っているようだった。
バイトらしき定員は、コーヒーマシンの前にいた客に呼ばれて近くにいない。
蒼は知らず知らずのうちに、老婆に声をかけ、セルフレジでの会計を手伝った。老婆は蒼に深々とお辞儀をすると、ゆっくりとした足取りでその場を去った。
蒼はコンビニを出ると、駅の改札口に向かうエスカレーターに向かって歩き始めた。
「もしもし」
後ろから声をかけられた。びっくりして蒼は振り返る。そこには、腰の曲がった老婆がいた。
――どこかで見たことがある……
はっとする。
先程、コンビニでセルフレジを助けた老婆にそっくりだったのだ。
でも、こんなところにいるはずがない。いや、老婆も電車に乗るところだったのかもしれない。
そんなことを思っていると、老婆が言った。
「一つだけ願いを叶えてあげましょう」
老婆の顔に刻まれた皺は深かったが、その目には妙な力が宿っている。
◎◎◎
「……残酷な願いでもいいんですか?」
蒼は軽く息を吐いてから尋ねた。老婆はゆっくりと深く頷く。
それを見て、蒼は決心した。
「鬱陶しい友達がいるんです。その子と縁を切りたい」
蒼は俯いて老婆に告げた。
あれから一年。茅子から電話もメールもなくなった。
突然の電話と長話というストレスから解放されて、蒼は嬉しかった。
しかし、今、そのことを後悔している。
蒼がイラストを描いていたタウン誌が、予算の見直しで打ち切りになった。仕事がなくなった。もともと少ない報酬だったので、貯金もない。
日々の暮らしがやっとだった。
こんな時、昔、読んだ本の内容が蘇る。
それは、シングルで生きていくための知恵が紹介されたものだった。
――何もかもさらけ出して、頼れる友達が必要。
お金に困った時、「そんなこともあるよね」と受け
入れてくれるような友達を大切にしておきましょ
う。
蒼にとって、その友達は茅子だった。
茅子なら、蒼が困っていたら駆けつけてくれたにちがいない。以前、仕事が見つからず苦しかった時期に、相談に乗ってくれたのが、茅子だった。
そんなことを今更、思い出す。
蒼は頼れる友達を失ってしまった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。