表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第二話

 あるところに一人の神様がいました。

 その神様の見た目は、老婆の姿をしていました。老婆の姿をした神様に親切な行いをした人間には、ご褒美が与えられました。


「一つだけ願いを叶えてあげましょう」


 そう言って一つだけ願いを叶えてもらえるのです。


◎◎◎


 谷川千春たにがわちはるは電車の揺れに身を任せていた。


――今日も疲れた


 千春は今年、三十になる。恋人もおらず、仕事しかすることがない。自分のことを好きになってくれる人なんて、この先も現れないのだろうと思う。


 そう千春は美しくない見た目をしていた。

 昔から男子に陰で「ブス」と囁かれたり、電車に乗ると向いに座る女子大生が、千春を見てこそこそ耳打ちするのを目にした。


 最初はそういうこと一つ一つに傷ついていたけれど、そんなことをしていたら身がもたないと思った。

 そして、いつからから諦めるようになった。


――私はこの容姿で生きていくしかないのだ


 と。


◎◎◎


 電車の扉が開いて、乗客が乗降車する。

 千春はその様子を何気なく眺めていた。人々が乗り込んだ後のホームに老婆がぽつんと残っているのが見えた。

 腰が曲がっていて杖をついているからか、酷く年老いて見える。この電車に乗るのだろうか。

 足元も覚束ない。


 千春は思わず立ち上がった。

「大丈夫ですか?」そう言って老婆の体を支え、電車に乗せた。優先座席まで連れて行き、座らせる。

 老婆は千春に頭を下げた。


 千春が降りる駅に着いた。

 普通電車しか停車しない不便な駅だ。

 千春は改札を通り、アパートがある駅の南側に向かって歩き始めた。


「もしもし」

 後ろから声をかけられた。びっくりして千春は振り返る。そこには、腰の曲がった老婆がいた。


――どこかで見たことがある……


 はっとする。

 先程、電車で助けた、老婆にそっくりだったのだ。

 でも、こんなところにいるはずがない。いや、同じ駅だったのかもしれない。

 そんなことを思っていると、老婆が言った。


「一つだけ願いを叶えてあげましょう」 


◎◎◎


「へ?」


 状況が飲み込めず、千春は間抜けな声を出す


「あなたは先程、電車に乗るのを手伝ってくれました。そのお礼です」


――やっぱり!! 電車の老婆だったのか


 老婆の顔に刻まれた皺は深かったが、その目には妙な力が宿っている。

 本当に願いを叶えてくれるのだろうか。


 千春はいろんな考えを巡らせながら、ある願いを思いついた。


「どんなことでも、いいんですか?」


 念を押す。

 老婆は深く頷く。

 千春はその願いを口にした。


◎◎◎


 今日は土曜、明日は日曜。

 こんな心弾む休日は、生まれて始めてかもしれない。


 金曜、老婆に願いを叶えてもらった後、千春はデパートに赴き、気が狂ったように服や化粧品を購入した。

 今までそんなことをしなかった。

 だから、貯金だけはやたらとある。


 千晴が老婆にお願いしたこと。それは


――美人になりたい


 だった。


 そして、千春はみちがえる程、美しくなったのだった。

 デパートからの帰り道、知らない男の人に何度か声をかけられた。

 そんなことを人生で経験するなんて、思いもしなかった。美しい千春は、そんな誘いには乗らない。

 これから選り取りみどりになるのだから。自分のことを大切にしてくれる人を見つけるのだ。


 昨日買ったばかりのワンピースを着て、化粧をする。

 鏡に映る自分に見惚れてしまった。


◎◎◎


 月曜日。

 千春は金曜に購入した新しいパンツスーツに身を包み、意気揚々と出勤した。


 いつも通りに自分の机に座ると、みんなの視線がこちらに向いているのが、わかった。


――当たり前よね。こんなに美人になったのだから


 うきうきとパソコンを立ち上げる。

 と、その時、ぽんと肩を叩かれた。振り返ると課長が訝しんだ表情で立っていた。


「誰、君? 谷川さんじゃないよね?」

「いえ。谷川です」


 自分は谷川千春に間違いないから、そう言った。


「不法侵入だよ。後、業務妨害?」


 何だって⁈ いつも通り、会社に来て仕事を始めようとしているだけなのに!


「私、谷川です!」

 必死に訴えれば訴える程、周りが引いていくのがわかる。どうしたらいいの……


◎◎◎


 今、千春はぽつんと部屋にいる。


 あの後、「警察を呼ぶ」と言われて千晴は怖気付いてしまった。それ以降、会社を休んでいる。


 老婆に願いを叶えてもらって、美人になったけれど、谷川千春――ではなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ