龍剣
かつてある小人は龍を殺したくて仕方がなかった。その理由は定かではないが、彼の人生はまさしく龍殺しであったといえよう。だが悲しいかな、小人には力も知恵も足りなかった。彼はしかし諦めなかった。手先の器用だった彼は、とある魔具を生み出すに至った。それは禁忌であり、邪法の類であったが確かに龍を殺す道具であった。
それが龍剣である。龍剣は龍の魂を束縛し、その魂が摩耗し消え去るまで強力な力を発揮し続ける。
「じーさん今なのか」
「ああ、すまないが私はここまでのようだ」
師匠が張った多重結界がきしむ音が鳴り響く。
この結界は第10位位階魔法「メテオフォール」を受けても解除されないほどの強度を誇るが、今はなんとも頼りない音を響かせている。
結界の外で攻撃を加えている存在のことを考えると嫌になってくる。
「アレを頼む」
師にそう言われた俺は、僅かな葛藤とともに懐から禍々しい短剣を取り出した。
「弟子に自分を殺させるなんて、ひでぇ師匠もいたもんだな」
そう言って俺は師の心臓に短剣を突き刺した。
日頃、妹弟子に冷血だのなんだの言われてるが、俺でもこれは,,,くるな。
ドゥーーーン
一際大きな衝撃とともに、結界の割れた音が響く。そろそろ結界がもたないらしい。
「あの子を頼んだ、二人で力を合わせて生きていきなさい」
「あいつはあんたに懐いていたから、俺は恨まれるだろうな」
「大丈夫さ、あの子は聡い。それにこうなることはあらかじめ決まっていたことだ。きっとわかってくれるさ、アフターケアは必要だがね」
「あふたー?、こんな時まで訳のわからん言葉を使ってくれるなよ」
「ははっ、すまないな,,,あまりにも長い時間を生きたせいで、少しボケてしまったみたいだ」
そう彼が言った瞬間、胸から体中に亀裂が広がり崩壊が始まった。
師の短剣に対する抵抗力がついに尽きてしまったらしい。
「ボケたなんて,,,そいつは笑えない冗談だぜ」
俺は崩壊していく師の体を見て、ようやく別れが来たことを実感した。
この男ならまた何とかしてしまうんじゃないか。そんな希望を俺はまだ心の中で抱いていたのかもしれない。
「さぁ、もうそろそろ結界ももたない。一思いに抜いてくれ」
「あぁ、あいつのことは死んでも守るよ」
「ありがとう、その言葉を聞いて、安心して逝けるよ」
俺は短剣をつかんだ。短剣は血を吸うように微かに脈動している。
「さらばだアルトゥール、我が愛しき息子よ」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか視界が急にぼやけた。最後ぐらい父親の顔をしっかり見させてくれよ。
「へっ、泣けるぜ、じゃあな師匠」
震える声でそう告げた俺は、一気に龍剣を引き抜いた。
龍剣を引き抜いたと同時に結界は破壊され、視界が白に染まった。
こうして1000年を生きた竜人の先代勇者は命を落とした。
そした魔王すら恐れ手が出せなかった、五大災厄の一角「黒穴」はこの世界から消滅した。
龍剣もまた役目を終えたかのように、その形を崩壊させ塵となり消え去った。
過去の怨念が晴らされたかのように、呪物にしては潔い結末だった。
あとに残されたのは、仲の悪い弟子二人。そして勇者が残した聖剣だけであった。