勇者は死なない
空を見上げていた。いや正確に言えば、その眼はこの大空を超えた先にある「宇宙」という名の深淵を覗いていた。
「いつまで死んでんだよ、エセ勇者さまぁ」
まぁより正確に言えば、死んでいた。
死因は鈍器による頭部の損傷及び、出血多量による失血死だ。
突然だが、「死」という概念は曖昧だとは思わないだろうか。
ある高名な治療術師は言った。命の象徴たる心臓の鼓動が停止した瞬間が「死」であると。
しかしはるか東方の地の霊峰に住む仙人は、一度止まった心臓を再び動かす「蘇生術」を操るらしい。
またこの世には、あまりにも辛い体験をしたことで、心を閉ざしてしまう者がいる。生きる活力を失い、ただ肉体が朽ちていくのを待つのみなど、もはや死んでいると同義ではないだろうか。
様々な死が存在する中で、この世界には「不死性」という権能によって、生死の理を捻じ曲げてしまう存在がいくつも確認されている。
その最たる例は、「闇の支配者」「血の君主」「夜の王」など数々の逸話とともに語られる伝説の存在。
そう「吸血鬼」である。
彼らは古の血の呪いによって生み出されたとされているが、その血はかつて神々の戦いによって流された、本物の神の血である言われている。
またこの世界の始まりの時代から存在し、魔法使いたちが操る魔術の根源であり、源泉である「精霊」も同じ不死性を持っている。
そして人類の祈りと儀式を経て、神々から祝福を受けた「勇者」も不死性を持つ存在の一つである。
再生が始まる。
虚空を彷徨っていた意識が覚醒する。
陥没した頭蓋骨が形を取り戻し、失った血が体を駆け巡る。
もし痛覚があったなら、どのように感じるのだろうか。
そんな馬鹿みたいな発想が浮かぶほど、自らの体が起こす非現実な現象に、俺はあまりにも無感動だった。慣れというものは怖いものだ。
勇者は不滅である。人類の敵を打ち破り、課された使命を全うする。
されども俺たちの勇者パーティーは勇者を失った。
決して死なないと言われた勇者は道半ばで倒れ、再び立ち上がることはなかった。
しかし不死性は受け継がれたのだ。勇者の弟子に。