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後編

「今度の目標(ターゲット)もメンドイのを選んだなぁ?」


 12月になってすぐの()る日。

 オレたちはとある病院にいた。

 今回、目標(ターゲット)となる人間がいるからだ。


 今回の目標(ターゲット)


 安本(やすもと)翔吾(しょうご)

 年齢 13歳

 病名 原発性脳腫瘍神経膠腫 (グリオーマ)

 乏突起膠腫


 いわゆる脳腫瘍。グレードⅡ。

 手術と放射線治療、化学治療を行う。

 5年生存率は約50%。

 死に至る可能性は文字通り五分五分。


 なぜ死期の近い老人じゃないのかって?。

 年を取ると代謝も落ちているから、意外としぶとかったりして、数日ズレたりする。若い人間は代謝が良くて、ちょっとした病気で一気にいったりする。期限間際こそ、子どもなのだ。

 12月は、死神にとっては大事な決算月。

 クリスマス決算日だ。

 そこまでにノルマを達成しなければならない!


「みて!みてぇ!」


 オレが気合を入れ直した時、子供っぽい声が病室に響いた。


「しょうちゃん?どうしたの?」

「みて!これ!」


『しょうちゃん』と呼ばれた少年はベッドにいた。少し痩せてはいるが丸顔の少年。抗がん剤の影響だろう。顔は少し青白く、頭髪を隠すため、緑のニット帽のようなものを被っている。

 少年のいるベッドにはテーブルが1つ。

 その上には鉛筆だのクレヨンだのが散らばっている。しょうちゃんはその上にあった画用紙を掲げた。

 そのまん丸な顔に満面の笑みを投げかけながら。

 もちろんオレらに向かって、ではない。

 死神の姿は人間たちには見えやしないからな。


 画用紙には、電車を可愛らしくタヌキにしたようなキャラクターが描かれていた。

 まん丸とした丸顔。

 まん丸とした両目。

 顔だけしか書かれてないところを見ると、まだ未完成のようだ。しょうちゃんが顔の横に並べると、まるで自画像だ。


 話しかけられた看護師が『上手ねぇ。それは何?』と問いかけた。しょうちゃんはンフフぅと自慢げだ。なんだったっけ?これ。

 名前はたしか……


「みかたん!!」


 そうだ。そうだった。


『しょうちゃん』による紹介タイム。

 本日二回目だ。

 昼夜交代の看護師さんに『みかたん』をご紹介するのが、しょうちゃんの日課となっている。


「みかたんはねぇ、走るのがすっごい速いんだよ?」

「へぇ〜そうなんだぁ〜」

「でね?でね?タヌキだから、色んなのに変身するんだよ?」

「へぇ〜、面白いね!」


 タヌキ?変身する電車キャラ?

 ん〜、キャラデザがよく分からん。

 まぁ電鉄会社のマスコットキャラはどうでもいい。

 大事なのはオレのノルマ。

 クリスマス決算日前に、オレはコイツの魂を回収してノルマを達成する!!


 しょうちゃんの状況と、執刀医の状況と、家族の状況を、上手いこと調整してだな__


「なぁR94号よぉ、一つ聞いてもえぇか?」


 H105号がオレに声をかけてきた。

 おっ?!ついにやる気にでもなってくれたか?


「しょうちゃんってな?」「みかた〜ん、ジャーンプ!!」

「あぁ」        「ぶびゅ〜〜ん!!」

「親いるよな?」    「みかたぁん!へぇ〜んしん!!」

「母親一人だがな。」  「ブヒュン!ピロロロぉ〜!」

「見かけんくないか?」 「みかたん!カッコいい!!」


 あぁもう、うるせぇ。


 パチンッ


 オレが指を弾くと、しょうちゃんに付き合っていた看護師は、『ごめんねぇ』と言って唐突に仕事を思い出したように病室を出ていった。


 というかH105号よぉ…オレが、()()が!用意した資料ぐらい事前に目を通しとけよ。


「父親がいないからな。母親が一人で育てている。仕事で忙しいのでなかなか来れないんだよ。」

「そんなもんかいなぁ?」

「しかも、しょうちゃんは脳腫瘍なんでな。若干知恵遅れ気味なんだ。金がかかるんだよ。」

「そりゃあ、大変やなぁ。」


 のんびりとした声が返ってくる。

 コイツ、人間なら、説明書読まずに機械動かすタイプだろ。

 まったく。

 それはそうと。


「オレは手術日程調整で、主治医の方に行ってくるから、お前は『しょうちゃん』の覚悟でも決めさせとけ!覚悟決まった方が無駄な抵抗無くて回収しやすいからな!」

「メンドイなぁ。ぱ〜っとやって、がぁ〜っで、ええやん?」

「わけわからん…」


 オレは仕事のやる気がまったく見えない相棒に見切りをつけ、主治医のいる部屋に向かって羽ばたいた。


 ◇◇


「もう、無理しちゃダメでしょ?」


 ベッドの『しょうちゃん』に午前番の看護師が優しく声をかけた。『しょうちゃん』はベッドの中から、弱々しく頷く。


 12月10日。

 決算日まで残り2週間。

 ノルマは比較的順調だ。

 残り、この『しょうちゃん』に片がつけば、問題ない。そう、コレが片付けば、な。


「さぁ!しょうちゃんの覚悟は決まったんかいなぁ?」


 H105号の脳天気な明るい声が響く。

 といっても聞こえるのはオレだけだが。

 そしてイライラさせられるのもオレだけ。


「おい、H105号。」

「んあっ?なんや?」

「オレは12月10日に片付ける、手術するって言ったよな?」

「せやったか?」

「……まぁいい。んで、これはなんだ。」


 オレがベッドを指さす。

 ベッドには青白い顔を苦しそうにしている『しょうちゃん』がいた。明らかに体調を崩している。おかげで手術の予定が延期されてしまった。


「なんで体調崩してるんだよ。手術日延びちまったじゃないか!」

「あら、そりゃまた残念なこって。」

「他人事みたいに言いやがって…ったく」


 これで逝ってくれたら楽だが、これは単なる疲労だ。手術日が延びた分だけ、予定日はズレてしまう。


「お前何したんだ?」

「なに?って、覚悟きめさせぇ、言うたやないか?お前が。」

「覚悟?」

「そや?自分のことが分からんでも、最後に好きなことさせたら、覚悟くらい、ちょちょいのちょい!や。」


 H105号はベッド横にある机を指さした。

 そこには散乱したクレヨン。

 そして一枚の画用紙。

 画用紙には胴体が追加された『みかたん』があった。しかしまだ完成ではなさそうだ。画用紙の右上にはちょうど吹き出しのように空白がある。


 H105号が指さすと同時に、看護師も、その絵の存在に気がついたようだ。


「昨晩、こっそり描いてたの?」

「うん……ゴメンナサイ。」

「大丈夫。でも好きだからって無理しちゃだめでしょ?手術があるんだから。」


 しょうちゃんは看護師さんに優しく撫でられた。しょうちゃんはそれでもいいかもしれないが、こっちの都合も考えてくれよ。


「どや。頑張ったから、これでしょうちゃんも覚悟は決めたやろ?」


 パチンッ


 H105号が指を鳴らした。

 しょうちゃんが少し悲しそうな顔に変わった。


「へっ?違ったかいな?」


 パチンッ


 再度鳴らすと、今度は少し困ったような顔に変わる。


「ちゃうちゃう!」


 パチンッ


 しょうちゃんは少し苦しそうに、ベッドの中から笑顔を差しだした。


「これや!これや!」

「ターゲットで遊ぶな。」


 そして何故にドヤ顔?

 お前は死神としての自覚が__いや、もういい。コイツに何を言っても仕方ない。


「クリスマス決算前になんとかするからな?」

「おっ?!仕事熱心やねぇ〜」

「こっちはもういいから、母親なんとかしとけ!」

「メンドイなぁ〜」


 ったく…

 疲れる…この言葉が通じない感…

 とにかくオレの仕事を邪魔しないでくれ。


 ◇◇


「…だからなんでそうなるんだよ。」


 しょうちゃんの体調は戻った。

 主治医を焦らせて、手術を早くさせるように持っていった。無事12月20日には手術ができる、はずだった。


「今日、しじつじゃないの?」

「しょうちゃんのお母さん、今日はどうしても仕事でダメなんだって。昨日連絡があって…ね?」

「そうなんだぁ…」


 看護師さんから言われ、しょうちゃんは残念そうな顔をした。

 ついでに、オレも残念な顔をしたかった。が、もう残念を通り越して、呆れるをすっ飛ばして、失笑するレベルだ。


「おい、H105号。」

「おう?なんや、楽しそうやな?」

「そうだな、もう笑っちゃうレベルだ。」

「おぉ?!そら、ええこっちゃ!」

「笑いごとじゃねぇ!!」


 だいたい、コイツは母親のとこに行ってたはず。調整してたはずだ。

 日程伝えたよな?!

 オレ、コイツにいったよな?!!


「どーしてもこの日しかダメっつー仕事でもあったんちゃうか?知らんけど。」


 知ってるのか、知らないのかどっちだよ!

 ハッキリしろよ!


「母親の日程を調整すんのが、お前の仕事だろが!!」

「お母ちゃん美人さんやで?汗をシットリとかいた働く未亡人、たまらんでぇ〜」

「知るか!!」


 コイツに、コイツに頼んだオレがバカだった…

 こんなことなら、ほっといた方がうまくいったかもしれない。


「ひとつ聞いてえぇか?」

「なんだよ。」

「なんでそんなに急かすんや?」

「はぁっ?!」

「別に、人間の都合で自然に集めればええやん?」


 コイツ!!!

 決算の重要性を1から説明すんのか?!魂の量を一定に保つためとか?そんなところから?


「魂のプールの重要性、1からお前に説明しなきゃいかんのか?第一オレらは死神だぞ?人間がどうなろうが、人間ごときの都合なんて知ったこっちゃないだろうが?!!」

「んーっ、まぁそうなんやがな?」

「だったら!」

「そんなセカセカ成果求めんでも、えぇんちゃうかなぁ〜なんてな?」


 コイツ…いかにもつまらなそうな、どーでもいいみたいな顔しやがって…

 ダメだ。向上心の無いヤツといると調子が狂う。

 やっぱり「人間組」に長いこといると、死神として腐っていくのか?もういい!オレが何とかしてやる!


「H105号!しょうちゃんが体調壊さないように見張ってろ!また!何かしようとしてるじゃないか?」

「へいへい」


 アッチが立てばコッチが立たず。

 アッチもコッチもソッチもドッチもだ!


 もういい!もーーーぅいい!!!

 絶対、決算に間に合わせてやる!!

 意地でもだ!

 このオレが!自分一人で!

 何とかしてやる!!


 ◇◇


 今日は12月24日。

 クリスマス・イブ。

 我々死神にとっての一大イベント。

「魂の決算日」である。


 あれから調整して、手術日をなんとかクリスマスに間に合わせた!!

 キツかったぁ〜~!!

 納期ギリギリ!!

 昨日までのオレを褒めてやりたい!!


「おい!なんとか間に合わせたぞ♪」

「……ん?あっ、あぁ。」


 相棒の頑張りに、その反応だと?!

 ったく!

 あっ、コイツ!

『ねむっ』とか小声で言いやがった!

 くそっ。

 まぁそんなことは今はどうでもいい!


 泣いても笑っても、ここでの仕事によって、オレたちの評価が確定する。

 そして!!

 H105号(こんなやつ)とはおさらばだ!


 しょうちゃんを見る。

 画用紙を胸に抱えて、キョロキョロ見回していた。

 緊張…はしてなさそう。むしろ楽しそうだ。

 これから死ぬってのに何だろな?

 あぁ、それは知らないのか。

 にしても、なぜにこうキョロキョロしてるんだ?

 慌ただしく周りで準備する看護師さんたちに話しかけたそうだ。


「しょうちゃん?どうかしたの?」


 看護師の一人が気がついて声をかけた。


「お母さんは?」

「もうすぐ来るって言ってたよ?」

「そっか。」

「それなぁに?」


 看護師がしょうちゃんの持つ画用紙を指さした。しょうちゃんは満面の笑みだ。「へへんっ」と自慢げに画用紙を看護師に見せびらかした。


「じゃーん!!」


 画用紙には『みかたん』の絵がある。

 いつも通りだ。

 そして以前空白だったフキダシにセリフがあった。どうやら完成したようだ。

 書き込まれたセリフ。

 手書きの文字が加わっていた。


【おかあさん ありがとう!】


 キレイな字ではない。

 バランスも悪い。

 最初に『おかあさん』を大きく書いたもんだから、最後の『と』と『う』は、他の字より小さめだ。

 どうしても『おかあさん』と叫びたかったのかもしれない。

 気持ちを込めて。

『手術頑張るから』

『もし上手くいかなかったとしても』

『これまでありがとう』と。


「おうおう、ついに完成したんやな?」


 H105号がしょうちゃんの持ってる絵をひらひらと指さした。まさかコイツ…


「お前、これのこと、知ってたのか?」

「これか?描いとったのは、知っとったで?」

「なんで言わなかった?」

「人間の事情は知ったことちゃうんやろ?」


 H105号は、顔を隠すように、ふいっと背中を向けた。表情は見えない。しかし声色はどこか自慢げだ。

 声色までムカつくヤツだ。


「まぁ何とか手術日に間に合ったし。えぇんちゃうか?覚悟は決まったやろ?」

「お前、そのために調整を?」

「ワイが?まさかぁ。んなわけあらへん、あらへん!」


 H105号は背中を向けたまま、右手をヒラヒラと振った。

 どこまでも喰えない。

 H105号は、落ち着いたのかこちらを向いた。顔はボケッとした元の顔。微かにニヤけが口元に残っていた。


「まぁ母親が見れたら泣いて喜ぶやろな?」


 H105号はパチンッと指を弾くフリをした。

 まったく、お人好しにもほどがある。

 そんなヤツに感化され始めたオレもどうかしている。

 オレも少し腐ってきたのか?

 まぁもうどうでもいいや。


「なぁH105号。手術成功すると思うか?」

「なんや、成功してほしいんか?」

「まさか、バカ言え。」


 全くだ。バカは休み休み言えと。

 オレは、オレらは死神だぜ?

 魂を回収するのが仕事だ。

 オレは気を引き締め直した。

 手術に向かう準備をしているしょうちゃんを見た。ふと周りも見る。

 そういえば…


「母親はまだなのか?間に合せるなら…まあもうどっちでもいいが…」

「さぁ?仕事で遅れてるんとちゃうか?」


 普通こういう場合、母親は時間に間に合うものじゃないのか?何か理由でもあるんだろうか。そういえば、昨日もコイツは母親のとこにいたよな?


「お前、母親んとこいたんだろ?調整しなかったのか?」

「なんでやぁ、そんなメンドイことするかいな。」


 H105号は、またも背中を向けた。

 顔を隠すように。

 なんだ。コイツ…

 コイツ、こんなんだっか?こんなヤツだったか?

 不思議そうな顔をするオレを無視して、H105号は話を続けた。


「まぁ夜勤明けさかい?今頃、高速飛ばしてるんかもなぁ?」


 背中を向けているので表情は見えない。

 声色もさっきより落ち着いている。

 コイツはいったい何を言って__


「まぁ事故には気をつけな、なぁ?」


 そういうと、H105号は指を鳴らした。


 パチンッ

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