前編
幹線道路というのは、物寂しい。
特に夜ともなると大型トラックくらいしか通り過ぎなくなる。通り過ぎる騒音はけたたましいのに、寂しい気配が漂う。
トラックの爆音と排気ガス。
通り過ぎる轟音が逆に人出の少なさを際立たせてしまう。
しかも灯りは少ない。
昼間は太陽の光だけでなく、道なりの店舗に反射した光で煌々としているのだが、夕方を過ぎ日も暮れると、一気に景色が反転する。
すでに閉店した店舗からの明かりはほとんどない。
道を照らすのは、50mごとにある暗めの街灯と、遠くから輝くラブホテル街。
それから10分に1回、高速に向かうトラックのヘッドライト。
特に冬ともなると、車のライトは冷たい空気に絞られ鋭く細くなる。光の線ははみ出すことなく、車道に刺さり、すぐに消え去っていた。
現在11月末。
時刻は夜9時すぎ。
まさにそんな季節と時間帯。
幹線道路のワキ、街路樹の近くでオレたちは待機していた。
「おい、おいって。」
オレは隣にいるヤツに声をかけた。
予想通り、すぐには返事は返ってこない。
辺りにはオレの言葉だけが虚しく響く。
黒いスーツに黒いネクタイ。
もし人がオレたちを見たら、お通夜帰りとでも思うかもしれない。
いやオレのオールバックに固めている髪を見たら、そっち系だと思われるかもしれない。
しかしオレたちはこれから仕事だ。
オレはネクタイを締め直した。
誰かに見られるわけではないが、気合を入れるためだ。
「おい、もうすぐ予定時刻だぞ!」
「えぇ〜、もうメンドイなぁ。」
オレの相棒から、ようやくのっそりした返事が返ってきた。
こちらの反応も予想通りとはいえ、イライラする。
ため息とともに、ソイツを見ると、ネクタイは緩み、スーツはシワだらけだ。
髪の毛も乱れている。
本来は整っているはずの顔立ちも緩みっぱなしだ。
お前は仕事帰りの飲んだくれリーマンかよ。
オレの諦めのため息に合わせるかのように、コイツはアクビを一つ合わせてきやがる。
ったくよぉ…
「だから、ちゃんと仕事しろよ。」
「えー、やっとるやないかぁ。目標連れてきたで?」
「それはオレが段取りしたやつを、ここまで誘導してきただけじゃないか!」
さも『仕事やってますよ?』発言に神経を逆撫でされる。オレは自分で自分を無理やりなだめた。もうすでに時間はないからな。
「いいか?オレがトラック運転手の意識を失わせるから、お前は目標をちゃんとタイミングよく飛び込ませろよ!」
「今回の目標は?35歳男性、童貞、無職のヒキニート、人生に嫌気さしてるヤーツで?方法がトラックかいな。お前、アイツの魂を異世界にでも転生させる気か?」
オレの相棒H105号は、笑いながら自分の黒い羽でパタパタとあおぎだした。まったく何が面白いんだか。
そうこうしているうちに、1台のトラックがオレたちに向かって近づいてきた。
2トントラック。今回の仕込み案件だ。
街路樹の上からは、運転手の様子もハッキリ見える。乗っている運転手は、ハンドルを握ったままウトウトとしている。
昨晩までに仕込んでおいた。
直近の勤務で夜勤を続けるように誘導した。
昼間も近くの工事の音で深く寝れないようにしておいた。もう眠気はバッチリだ。
パチンッ
オレが指を鳴らす。
これでほんの少しだけ運転手の意識を変える。ほんの少しだけ、緊張を緩めてやる。
直後、運転手は一気に眠りに落ちた。
「ほら!眠りに落ちたぞ?さっさといけよ。」
「へいへい。R95号さんよ。」
H105号がトラックの向かう先で、信号待ちをしている男性に、文字通り飛んでいった。コイツが男性を一歩前に踏み出させたら、今回の案件は終了だ。
トラックがオレを過ぎて男性のもとに向かう。スピードはそのままだ。
トラックの行方を見やると、男性のいた信号手前で、急ブレーキが聞こえた。
直後、衝撃音が鳴り響く。
確認すると、待っていた男性の魂が召喚されるのが見えた。これで今日の仕事は終了だ。
「いや〜いつ聞いてもいい音でんなぁ〜。」
H105号が笑いながら近づいてきた。
ったく…何をのんきに。お前、ほとんど何もやってないじゃないか。こんな仕事のできないヤツとなんでオレは組まされてるんだ?
「おい!さっさと次にいくぞ!」
「おーい、ちょっとは余韻にひたっていこーやぁ?」
遠くから聞こえるサイレンを指さしH105号が、にへらと笑う。それを無視してオレは次の現場に向かって翼を羽ばたかせた。
そう、オレたちは人間ではない。
オレは死神、R95号。
相棒は、H105号。
魂の管理人だ。
◇◇
「死神」
そう聞いて何を思い浮かべるだろうか。
死を司る唯一無二の存在。
大鎌を持ち黒いローブと邪悪なオーラを身にまとう。
そんなところだろう。
しかし実際は、そんなイメージとは真逆。
残念ながら、オレのようなリーマン的死神がワンサカいる。
ちょっと考えてもみてほしい。
地球上には生命が数多くある。
地球上の生物種約170万種。
そのうち昆虫が約100万種。
さらにその一つ一つの種に大量の個体が存在するのだ。
生命が数多くあるのなら、同様に死も数多くある。そんな死を司る『死神』が一人であるはずはない。一人でなんとかできるはずはない。だから死神も上から下まで数多く存在している。
そしてオレら死神は、担当生物ごとに組分けされている。
「プランクトン組」
「昆虫組」
「魚組」
「鳥組」
「爬虫類組」
「哺乳類組」
……等々
それぞれ族別、種別に分かれ、担当ごとに魂の回収を適切にかつスムーズに行うのが、死神の仕事だ。
もし担当の種に捕食者がいれば、捕食者を増やせばいい。捕食する側であっても、今度は捕食される側を調整すればいい。もちろんどちらも適度に調整するんだけどね。そこが死神の腕の見せどころだと言ってもいい。
増えすぎても減りすぎても良くない。
魂のプールは適切な量に保たねばならないのだ。
さて、適切な量があるということは、担当ごとに決められた回収すべき量、つまり『ノルマ』がある。
死神は、毎年各期ごとにノルマが達成されたかどうかで評価される。ノルマ達成率と達成量により順位づけされ、ランクが上下に移動するのだ。
ちなみに、オレの担当は「人間」だ。
人間担当のランク?
高そう?
んなわけない!
ほぼ最下層だ。
人間の下はバランスを取り損ねた絶滅危惧種の担当くらいだ。
魂に貴賤はない。数の多寡が全てを分ける。
総人口約70億人と聞くと多そうに聞こえるが、プランクトンの数を想像してみてほしい。人間の魂の数は圧倒的に少ないのだ。
さらに人間は長生きになってしまった。
もともと30年くらいで償却できたはずなのに、いまやその倍以上待たなければ魂は回収できない。詐欺もいいところだ。
そうそう、人間はもう一つ面倒なことがあった。
人間は無駄に意識を持ってるので、死に導くのでも『原因』が必要なのだ。色々な因果関係をうまく組み合わせないと『死ぬ理由がない』といって、死に抗ってしまう。まったく面倒なこと、この上ない。
だから、人間担当の死神は、バディという相棒をもつ。二人で協力して、うまく因果を組み合わせて、死に導いていく。協力は必須だ。個人で対応可能な組より、その評価は半分になる。
面倒さは他より多いのに、数も評価も他より低い。人間担当を希望するやつなんているわけない。
しかし!しかし!
数は多くなくても、ノルマさえ確実にこなしていけば、上のランクの担当組に異動できる!
オレは早く上のランクにいきたい!
こんな『人間組』なんてまっぴらごめんだ!!
オレは早く上のランクへ行くんだ!!
今度のクリスマス、魂の決算日に!!
見事!残りのノルマを達成して!!
統計処理だけでデカい顔してやがる「プランクトン組」にひと泡吹かせてやる!!
さて今回の目標は…