公爵令嬢と透明人間になった元王太子
私がこの国の王太子殿下と出会ったのは、城で行われる貴族たちが招かれた社交界でのことでした。父上の言いつけで参加した私は令嬢たちの見栄の張り合いや建前の応酬に疲れ、窓の外から夜の城下町を眺めようと1人でテラスに出たのです。
そこには先客の男性がいまして、振り返った彼はなんとハリー王太子殿下だったのです。
「やあ!君も夕涼みかい?こういう集まりは苦手でね。抜け出してきたんだ。僕は元々次男だし王家を継ぐような柄じゃないのかもしれない」
私は主催者側なはずである殿下のお言葉に思わずクスっとしました。
「そうなのですね、嫌になることもありますよね」
「君は確か、ブラウン公爵のご令嬢のソフィーさんかな?」
「まあ!私のことをご存知で?」
「もちろんさ、君の父上には良い言葉をかけてもらったことがある。僕の父上とも旧知の中だそうだ」
背が高く、とても誠実そうな彼の横顔に私は目を奪われました。
「1年前までは兄さんが王家を継ぐものだと思ってたんだ。しかしある日突然いなくなってしまってね。そこで僕に王位継承の声がかかったわけさ」
彼の兄は、この国の第一王子であり元々国王陛下の座を継ぐはずだったのはその兄のほうだったのです。しかし第一王子は1年前にパッタリと姿を消してしまったようです。そこで消息不明となった第一王子の代わりに第二王子だったハリー様が王太子になったようなのです。
「兄さんは僕のことをいつも見てくれていた。父上も母上も厳しくてね。その割に後継ぎじゃない僕には全くの無関心だった。その分兄さんは僕に優しくしてくれたんだろうな」そう言って笑顔を向ける彼の顔が赤いのはお酒のせいかそれとも……。
ハリー王太子殿下がこんなにも饒舌なお方だとは思ってなくて、私もお酒が入っていたこともあり話は弾みました。
そして社交界の後も彼と何度か会う機会があり、晴れて婚約することが決まりました。
「いやあ!よく王太子殿下を射止めてくれた!さすが我が娘だ!」婚約が決まった時に、父が私にかけてくれた言葉に私は呆れてました。私は彼のことが好きになっただけなのに何か上手くやったと言われているようで少し嫌でした。
公爵である父が所有する領地はこの国の外交に置いて最重要な場所のようです。なので周りからは政略結婚だと噂されましたが、その実私たちはお互い惹かれあっていたのです。
こうして私は王太子妃になり城に移り住みました。ある日、1人で書庫に行き歴史書を漁っていました。この国の歴史や、貢献した人物にまつわる逸話などを読んでおこうと読書に耽っていたのです。夕方になったので部屋に戻ろうとして書庫を後にしました。
書庫の扉を閉めて振り返ると通路には誰もおらず静まり返ってました。しかし五感を研ぎ澄ますと何かの気配を感じるのです。
「なに?誰かいるのですか?」私はとっさに叫んで当たりを見回しました。
「君には私が視えるのか?」
「え?え?」私はキョロキョロと辺りを見回すが誰の姿も見当たりません。
「ここだ、君の目の前にいるんだよ」と目の前の空中から男の声が響いている気がします。
私は目を凝らして目の前に1歩踏み出しました。すると踏み出した足が、何かを蹴ったのです。
「あいてて、私がここに居るんだって」そう言って何かが私の肩を掴むのです。私はビックリして声を張りあげようとしたが、口を何かに塞がれて声が出せません。まるで誰かに羽交い締めにされているように身動きが取れなくなりました。しかし誰もいなくて、その後は何も起こらないのです。
「君を傷つける気は無い。落ち着いたかい?」しばらくして私が落ち着きを取り戻すと口を塞いでいた何かは離れ、私の体は解放されました。
「私は透明で誰にも見えないんだ。見えないのに信じてくれと言ってもしょうがないがどうか私の話を聞いて欲しい」そう言われ私はようやく目の前にいる見えない誰かが私に話しかけてるんだと思いました。
「私の名前は、ダニエル。この国の第一王子だ。君の婚約者ハリーは私の弟だ」突然そう言われビックリして大声を出しそうになり、息を吸い込んだ所で慌てて自分で口を押さえました。
「こ、この国の第一王子?」私はコソコソ話すように声を出しました。辺りに人気はないようですが何も無い所で喋っているのを誰かに見られたくはないのです。
「そう、私のことは話には聞いているだろう?1年前に透明になってしまって以来この王宮内で誰にも見つからずに暮らしているんだ。私はどうやら行方不明で死んだことになったようだがね」彼はそこまでを早口で一気に喋りました。
「透明?信じられない。どうして透明になったのですか?」
「書庫で魔術に関する禁書を見つけて興味本意で見てみたのさ。そしたら体を透明にできるという禁術が載っててね。どうしても使ってみたくて!使ってみたら戻り方がわからなくなってそのままさ。一体どうしたらよかったんだろう。なんだか今君に話したことで少しスッキリしたよ」またもや早口でまくし立てるダニエルこと自称第一王子の声からは、久しぶりに人と会話をした喜びが伝わってきました。しかし何がなんだかサッパリわかりません。目の前に本当に人間がいることは確かなようですが。
「あのー、ダニエル様。ここではなんですからハリーの所へ案内しましょうか?あなたが本当にダニエル様なら話を聞いてくれて力になってくれるのは弟であるハリーだと思いますよ」
そう言って不安の感情に包まれている私はこの場を立ち去りたくなって歩き始めました。今のところ私は薄暗い廊下で1人で喋っているわけなのです。怖くてなってどこか人のいる所に行きたくて仕方ありませんでした。
すると何かが私の右手を掴んだのです。人の温もりを感じる暖かい手が。もちろん何も見えないが触感でわかります。
「待ってくれ、その、怖いんだ。私の声を聞いて君も不安になったろう?今も半信半疑なはずた。だからハリーたちに話すのも怖い。私はもう死んだ人間ということになってしまっているし悪霊や呪いの類いだと思われるんじゃないかと心配で」
そのように言っている声はそうじゃないとでも言いたげでしたが、私にとってもまだ十分安心できるような存在ではないのです。
「あの、もう夕食の時間なので、行かないといけませんわ。夕食を食べた後で私の部屋で話の続きを聞かせてください」
私は夕食を食べている最中も気が気ではなく、辺りをキョロキョロしてしまった。今ダニエル様はどこかにいるんだろうか。さっきの体験は夢でも見てたんじゃないかとさえ思った。食事もろくに喉を通らない。目の前にいるハリーにダニエル様のことを伝えたかったが、なんと言っていいのでしょう。
「あの、ハリー、行方不明になったダニエル様のことなんですが」私が恐る恐る呟くと「兄さんの話はしたくないんだ」と冷たく言われました。最近はいつもこの調子です。会話が弾んでいたのは最初の頃だけ……
ハリーは私と目も合わせず食事を進めると黙って席を経ち行こうとしたので、慌てて私は声をかけました。なんだかこれでは私の方が透明人間みたいですわ……
「ハリー、今夜は体調が悪いから、食後はすぐに休むわ、ごめんなさい」
「そうか、わかった」
ハリーには体調が悪いから部屋で休むとウソをついて、私はすぐに部屋に戻りダニエル様とお話をすることにしました。なんだかハリーに隠れて逢い引きをしているみたいで気が引けました。
夕食を食べ終えた私が席を立つと、すぐ後ろから足音が聞こえてきました。振り返っても誰もいないが足音はするのです。ダニエル様はちゃんとついてきているようです。
こうして、私は部屋に行き、一応部屋の外に誰もいないか確認してから、話の続きをすることにしました。私はダニエル様に、最初から順番に話してほしいとお願いしたのです。
「先程はハリーに私のことを伝えないでくれてありがとう。実の弟であるハリーにも話したくない理由があるんだ。順番に話そう」ダニエル様はそこで軽く咳払いをしたあと話を進めました。
「私はずっと王太子として国王になるつもりで周囲に担ぎあげられながら生きてきた。25年間ずっとだ。そして1年前のあの日、私は書庫で禁書を見つけ、興味本位で透明化の術を使ってみた」
ダニエル様はそこで一旦言葉を切りました。もしお姿が見えるとするなら、今は遠い目をして一点を見つめ、昔を思い出しているのかもしれません。
「透明になってやってみたいことがあったんだ。それは周囲の者の本音を聞くことと、城下町へ遊びに行くことだ」
ダニエル様はそう言ってニヤリと笑みを浮かべているような気がしました。
「透明になった私はまず、この城に仕える色んな人の所へ行き会話を盗み聞きしてみた。すると聞きたくないことを嫌という程聞けたんだ。私や父上への本音が色んな人から聞けたよ。皆私たちを信じて仕えてくれているが、口に出せない色んな不満や希望もあるみたいだった」
そこで、はあ、と目の前の空間に溜め息が漏れる音が聞こえました。なんだか久しぶりに人と話せて嬉しいのでしょうか。溜め息をつきたいのは私のほうなのですが。
「次に街に行ってみた。国民の生活を間近で見たことなんてなかったからね。国民がどんな暮らしをしてるのか興味があったんだ。しかし絶望したよ。国民は重い税に苦しみ飢えていた。農地を持つ領主は農奴を奴隷のように働かせていた。これも王家への莫大な納税をするために起こってしまうことだ。全ては我が王家の圧政によるところが原因で多くの人々が苦しんでいたんだ」
黙って聞いていたがだんだんと辛い気持ちになりました。ダニエル様の口から聞くまで、私も庶民の実情など知りませんでした。いや、知ろうとしていなかったのかもしれません。
「国民は飢えている。私はこの国の現状をなんとかしたいと思った。そして数日ぶりに城に戻り透明化から戻ろうとしたら、その方法が分からないということに気づいたんだ」
「え、その禁書には戻る方法は載ってなかったんですか?」
「載っていたさ。しかし透明化の術のページが破り去られていたんだ。私が透明になる前に読んだ時には破れてなかったはずなんだがね」
「そんな……じゃあ誰かがダニエル様が透明化から戻れないようにするために破ったということになりませんか?」
「タイミング的にそうだろう。しかし誰がそんなことをしたのかがわからない。城の関係者には間違いないんだ。だから私は君のような存在を待っていたんだ」
「どういうことですか?」
「城の者は誰も信じられない。特にハリーはね。君は私が透明化になったあとからこの城にきた人物だからこそ信頼できるんだ」
「ハリーを疑ってますの?」
「実は透明になる前に、書庫に行って禁書を見つけたことをハリーにだけ話していたんだ。それまで禁書の存在は伏せられてたからね。王位継承者だけが見ることができるんだ」
「そんなこと言われても、私はハリーの婚約者ですよ?ハリーのことを疑っているあなたに信頼してくれと言われても困ります」
「君はハリーのことを愛しているのかい」
「当たり前です!ハリーはいつもあなたのことを話していますよ。弟思いのいい兄さんだったと」
「そうか、よく聞いてくれ。ハリーは君を騙している」
「なんてことを!」
「聞いてくれ、あいつは君に隠れて何人ものメイドに手をつけている」
「な、なんですって?」私は突然の言葉に仰天しました。
「君の就寝中や外出中にあいつの部屋にメイドが呼ばれて小一時間出てこないのを私は何度も見ている。それが何人もだ」
「そ、そんな!まさか!部屋の中に入って見たのですか?」
「いや、私は部屋に立ち入ってはいない。なぜならそれこそがあいつのワナだからだ」
ワナ?私はショックな言葉を言われて気が動転しているところに、よくわからないことを言われパニックになりそうでした。
「あいつの部屋の扉は、少し開いただけでもすごい音が鳴るんだ。部屋中に響くような音がする」
「ええ、すごく立て付けの悪い扉ですよね」
「そんなわけないだろう。あれはわざと音が鳴るように1年ほど前に改造している。君が城に来たのは最近だから知らないだろうが。部屋に人が入ってきたことにすぐに気づくために改造したんだ!あいつは私が入ってくるのを恐れているに違いない」
「え?じゃあまさか、禁書のページを破ったのは……」
「ハリーに間違いないだろう。透明になって色んな人から話を聞いて最近になって知ったんだがあいつは私のことを嫌っていたようだ。私がいなければ自分が国王陛下の座につけるからだ。だからあいつは私が透明化しているのを知り元に戻らないようにするためにページを破ったんだ」
私は混乱する頭で必死に考えながら話を聞いていました。ハリーが私を裏切ってメイドに手を出している?想像するだけで胸が苦しくなりました。でも思い当たるフシもいくつかあるのです。まずあの部屋は警備が厳重すぎます。ハリーの部屋へと続く廊下には昼夜問わず警備が1人いて、私であっても部屋に入る許可を得るにはその警備を通さなければいけませんでした。昼間であっても立ち入りを断られることが何度かあったこともありましたし。
「この1年間あいつの周辺を探ってみたが、国のための公務にはあまり力を入れてない。自分の私益を肥やすための立ち回りやコネ作りに必死だった。あいつは私が透明化していることを知っている。なので中々尻尾を掴ませないがね」
目の前にいるダニエル様の表情は見えないが、怒りと苦悶の表情を、浮かべている様な気がしてなりません。
「君との婚約もハリーの策略によるものだろう。君と出会う前からブラウン公爵の所へしょっちゅう行っていたからね」
そうでしたの。私との婚約もハリーの策略の1つ、そんなことって……
「あの、証拠がない中では、どうしても信じられませんわ。だって私はハリーの妻なんですもの」
「私が目の前にいる!いや見えないと思うがいるんだ。それが証拠だ!信じてくれ。ウソでこんなことを言うはずがないだろう?」
「考える時間をいただけますか?」
「わかった。いきなり現れて信じてくれという方が無理だな」
「うふふ、現れてはいませんわ」姿が見えないのに現れるというのは表現はどうもきません。
「おっと、失礼」と彼は微笑を浮かべた気がした。
「君のためだけに言ってるわけじゃない。この国の国民のため、未来のために、ハリーには国は任せられない」ダニエル様は語気を荒らげて最後にそう仰っていました。
私は結局ダニエル様の話を全て鵜呑みにはしませんでした。するとダニエル様は1ヶ月後にまた来ると言い残して姿を消しました。元から消えていたのですが。
それから彼に聞いた情報を元にハリーとの生活を見直してみると、けっこう不審な点が見えてくることに気がついたのです。
まずは周りを異常に気にすること。ハリーの視線はいついかなる時も、360度周囲を気にしていました。そして物音や動きにとても敏感だったのです。見えない物を見ようとしているように、目線を周囲に向けていました。
最近ではハリーは私に婚約当初の愛情は見せることはなく会話はほとんどありませんでした。それはケンカをすることよりも悲しいことでした。そして相変わらず自室に籠り誰も立ち入らせない時間がありました。そんなときにメイドたちの所在を確認すると、所在不明の者が必ず1人はいたのです。
1ヶ月ほど経ったある夜、部屋の扉がノックされた。「どうぞ」と言うと扉が1人でにすうーっと開き閉まりました。
私は20秒ほどたっぷりと間を置いたあと「誰ですか?」と問いかけた。
「すまない、驚かせてしまって」ダニエル様だった。
「驚きませんわ。わかってますもの」
「ハハハ、慣れとはすごいな」
「この1ヶ月、どうしてましたの?」
「ずっと城にいたよ。私が君に付き纏っていては、君の生活動作に不自然さが生まれるかもしれないだろう。その不自然さをハリーに勘づかれないために、君に近づかないようにしていたのさ」
「聡明ですわね。実は私ずっと考えていたことがあり決心が付きましたので、それをお話したくて待っていました」
「それはなんだい?」
「私に透明になる方法を教えてくださいませ」
ダニエル様は一瞬間を置いてから言いました。
「おもしろい、そうくるとは思わなかった」
☆☆☆☆☆
およそ1年前、僕の兄さんは消えた。突然姿を消したのだ。そして代わりに僕が王太子となった。兄さんは消息不明の死亡扱いになったが大好きだった兄さんは必ず生きていると信じて、その行方を今も追っている。
などと言うことは全くない。僕は真相を知っている。兄さんはまだこの世にいるのだ。哀れな亡霊のようになってね。
あの日、兄さんが禁書を見て透明化したことを知った僕は、兄さんを消すチャンスだと思い透明化のページを破って燃やした。それからの日々はとても愉快だった。食料庫から食べ物が無くなったいたり、よく耳を澄ますと物音がそこら中から聞こえる毎日だった。僕は兄さんが元に戻れなくなって城内をウロウロしているのを知っていたがあえて気づかないフリをしていた。
兄さんが僕を探ってくることはわかっていたから自分の部屋の警備を固めて、扉も音が鳴るように改造した。これで透明化した兄さんが入ってきてもすぐに気がつける。兄さんは始めの頃は城内の至る所で痕跡を残していたり、1度僕の部屋に入ろうとして扉を開け、音が鳴り慌てて逃げていったのも知っている。透明になったとしてもなんでも出来るわけじゃない。兄さんは事実上死んだも同然だった。
その後も兄さんの追跡を交わしながら僕は王太子としてうまく立ち回り、着々と地盤とコネを固めていた。僕は確信していた。将来国王陛下となりこの国を統治することを。それが僕の大いなる野望だった。
「フフ、あの日兄さんが消えたおかげで僕は王太子になることができた。そして上手くいっている。このまま全てを手に入れてやる」
これからの思惑に胸をふくらませていると、部屋の扉がすごい音を立てて開き、メイドが1人入ってきた。フードをかぶり顔を隠している。ここまで来るのに顔を見られないためだろう。このメイドとの逢瀬はこれで2回目だ。名前はなんといったかな、覚えていない。
「遅いな、待っていたぞ、こっちへこい。フフフ、今夜も楽しもうじゃないか」
しかしその時、またもや部屋の扉が音を立てて開く。
「な!他に誰かついてきたのか!」僕はメイドに怒鳴って立ち上がり部屋の扉を凝視する。
しかしそこには人の姿は無く扉だけが開いて、そして閉められた。扉の前にいたメイドは驚いて何歩か後ずさって扉から離れた。
僕はもしやと思い、閉まった扉の方をじっと見た。その現象に心当たりがあった。姿は見えないがそこに居るのは透明になった僕の兄さんだろう。
僕は何秒かの間あえて黙っていた。これは僕の反応を試しているに違いない。兄さんは僕が自分をハメたと勘ぐっている。だからここで僕がどう反応するか見ているんだ。
「なんだ、誰もいないじゃないか」僕はそう言ってとぼけて見せてメイドの方を見た。メイドは扉の前と僕の方を交互に見て困惑しているように見える。
「ハリー、久しぶりだな」そして何も無いはずの空中から声が発せられる。本当に兄さんが来た。透明になって!
「その声は!兄さん!」僕は声のする方ではなく周りをキョロキョロしながら見回した。透明になった兄さんが扉の前にいるのは確信していたが、何が起こったか分からないフリをしなくてはならない。
「そう、私だ。ダニエルだよ。やっと会えた」姿は見えないが間違いなく兄さんはそこにいる。透明になってからちゃんと相対するのは初めてなので分かってはいたが緊張した。
「会いたかったよ、兄さん」ついにこの時がきた。
「私もだよ、ハリー。お前に会うためにこっそり忍び込んだんだ」
「忍び込んだって何?姿を見せてよ、兄さん、どこにいるの?」透明人間と話すのは初めてなので、いるのがわかっているが慣れていないからドキドキする。
「目の前にいるじゃないか、ハリー。私はここにいる」
僕は笑いを堪えていた。兄さんは僕を試しているつもりだろう。僕が禁書を見て透明化のことを知っていればスンナリ透明になっている自分を受け入れると思っているんだろう。そうやって僕がボロを出すのを待っているに違いない、浅はか過ぎる。
「あの、ダニエル様って生きてらっしゃったのですか?亡くなったと伺っておりました」その時、壁際にいたメイドが口を開いた。何を言ってるんだ?
「事情があって姿を消していたんだ。それにしてもメイドがどうしてこんな時間に?ハリー、深夜の逢瀬か?バレたら大変なことになるぞ」兄さんにそう言われたメイドは気まずそうに顔を伏せた。
「ハリー様、ダニエル様が生きてらっしゃったならば皆に伝えなくてはいけませんわ。それにしてもお二人共良く似てらっしゃいますね。やはり兄弟ですわ」
「え、ああ?」僕は状況が飲み込めず混乱した。
「お前、兄さんが見えてるのか?」僕は思わずメイドに確認した。
「何を言ってらっしゃいますの?ダニエル様はここにいるではありませんか」メイドはハッキリとそう言った。
なんだって?兄さんがここにいる?そんな馬鹿な。僕には見えていない。
メイドが不安そうに兄さんのいるであろう空間と僕の方を交互に見ている。
「おい、ハリーどうしたんだ?まさか私のことが見えていないのか?」
「いや、そんなはずないよ、兄さん」僕はそう言いながら、棚の方に近づいた。兄さんは本当にそこにいるのか?訳が分からず段々と不安になってきた。
バレないように後ろ手で引き出しからナイフを取りだした。姿が見えないから視線がどこにあるかわからない。ナイフを取り出したことがバレてないかどうかもわからないが、角度的に見えて無さそうだ。やはり透明化はやっかいだ。放っては置けない。兄さんが僕の前に現れた時、どうしようかは僕は既に決めていた。
「ハリー、今は私の代わりに王太子になってるそうじゃないか。しっかりやっているか?しばらく会ってなかったから抱きしめさせてくれ」
「ああ、もちろんだよ、兄さん」こうなったら仕方ない、兄さんを殺すしかない。メイドには見られることになるが、こんなやつどうとでもなる。
僕は兄さんを殺すことをずっと考えていた。兄さんは僕にない物を全て持っていたからだ。兄さんがいては僕はずっと日陰者だった。そして今ようやく全てを手に入れようと言うところでまたシャシャリ出てこられてはたまらない。
コツ、コツ、と足音が近づいてくる。姿が見えないので慎重に引き寄せなくてはならない。兄さんを殺して、メイドも口封じのために殺す。僕は兄さんが歩み寄ってくるのを待った。
「兄さん、会えて本当に嬉しいよ」僕は棒読みでそんなセリフを言いながら、兄さんの位置を確かめようとしていた。
しかし足音が数歩前で突然止んだ。
「兄さん?どうしたの?どうして止まったの?」勘づかれたか?殺そうとしていることを。
「あの、ハリー様?」メイドが声をかけてくる。うっとおしい!今大事なところなんだ。
「ハリー様、先程から独り言をずっと言われてますけど、一体どうしたのですか?」
「は?」お前は何を言ってるんだ?
「なんだと?独り言とはなんだ!僕は兄さんと話しているんだ!」僕はメイドの方を向き喚いた。
「ここにはわたしとハリー様しかいませんよ。それにダニエル様は行方不明になったとお伺いしましたが」
「おい、ふざけるな、お前もさっき言っていただろう?兄さんと話していたじゃないか!」
「わたしがこの部屋に来てから、ずっとハリー様が1人でしゃべっているのを見ていただけですわ。まるで呪われたように……」メイドの最後の言葉に僕は絶句した。
僕は、呪われているのか?兄さんは本当にはいない?さっきの声はなんだ?一体どうなっている?
「ど、どういうことだ?さっきから声がしてたろう?兄さんの声が」
「何も聞こえていませんわ」
「ハリー、何を隠し持ってるんだ?」その時不意に
左の方から兄さんの声がして僕は顔を向けた。しかし部屋の窓が見えるだけだった。
「兄さん!ほら!いるじゃないかやっぱり!兄さん、僕は何も持ってないよ」僕は後ろ手に持っていたナイフを服の下に隠しながら、メイドの方を見た。
「ハリー様!お気を確かに!私には何も聞こえませんわ!」メイドが声を荒らげた。
「だから透明になってるんだよ、兄さんは!兄さん!ふざけないでこっちへ来て僕を抱きしめてくれ!」
「ハリー!お前には私が見えてないのか?」そう言ってまた兄さんの声が聞こえた。
「いや、見えているよ。僕には見えているとも」全く見えてなかったが、何がなんだかわからず僕は叫んだ。一体なんなんだ。僕は心底恐ろしくなり手足が震えてきた。もうワケがわからないよ。
「ハリー様!ダニエル様はどこにいらっしゃるんですか?指を指してくださいませ!」何を言うんだ、このメイドは!こいつから先に殺してしまおうか!兄さんはどこか!そんなのわからない。見えないんだから。
「うるさい!なんなんだお前は!ジャマをするな!」僕はメイドを一喝し落ち着きを取り戻そうと深呼吸した。
「ハリー様、ダニエル様が見えてないんじゃありませんか?」メイドがまたも余計な声をかけてくる。くそ!気づけば兄さんが黙っているからどこにいるのかわからない。
「兄さん!兄さんどこだ?どこにいる?」僕は顔に汗をダラダラと流し、火照っていた。頭がおかしくなりそうだ。
「ハリー、大丈夫か?」その時、いきなり肩を何かに掴まれた。来た!そこだ!肩を掴まれているからすぐそこにいる!やるしかない!
僕は服の下から素早くナイフを取り出し、声のした方に思いっきり突き立てた。
ナイフが兄さんの体に深く刺さる手応えを感じた!
ナイフの先が赤く染まりその周りから血が吹き出した。兄さんの顔のある付近の空間からも血が吹き出す。吐血したようだ。やった!兄さんを刺したんだ!
「ゴフッ!なぜだ、ハリー……」兄さんは目の前でそう言って床に倒れる音がした。透明化されている体からも血は出るようだ。人を刺した興奮と同時に冷静にそんなことを思っていた。
「フフフフ、ハハハハ、ジャマだったのさ、兄さんが!これでこの国は僕のものだ!」僕は感極まって笑いが止まらなかった。そしてその瞬間、頭に強い衝撃が走った。
頭への衝撃と同時に意識が薄れバランスを失い倒れた僕は、壁際に立っているメイドを最後に見た。メイドだと思っていた彼女のフードの下のその顔は妻であるソフィーの顔だった。
「ソフィー、なぜここに……」
☆☆☆☆☆
あれから数時間が経ち夜明けも間近という時に、私の目の前でハリーはようやく目を覚ましました。
「う、うーん、僕は何を、いててて」ハリーは目を覚ますと同時に、痛みに顔をしかめています。動こうともがいていますが手足をイスに縛られて座らされているから動けないのです。
「なんだ?なんで縛られている?ソフィー!これはどうなっている!いてて、頭が痛い」状況を理解しようと必死な彼は鋭い視線を私に向けました。
「ここは僕の部屋か?僕に何をした?ソフィー!なぜ君がここにいるんだ。さっきのメイドは君だったのか」
「ええ、ハリー。声を少し変えていたので気づかなかったと思いますが、さっきのメイドは私ですわ」
「どういうことだ?兄さんはどうした?僕はなんで意識を失っていたんだ?」ハリーはキョロキョロと周りを見渡しています。そして先程ダニエル様が刺された場所を見て叫びました。
「あの血溜まりは……やはりさっきのは現実のことか!兄さんをやったんだ!ソフィー!どういうことだ?何を企んでいたんだ!」ハリーの私を見る目は憎悪に満ちています。これはもうハリーではありませんわ。まさに悪魔のよう。私を愛してくれた彼はもういないのです。いや、最初からいなかったのかもしれません。
「ハリー、あなたの方こそ何を企んでいたのですか!夜な夜なメイドを呼んでは私に隠れて逢瀬を重ねていたのですね!それにダニエル様を殺そうとするなんて!最悪ですわ!私はあなたを絶対に許しません!」私は彼に渾身の思いをぶつけました。
「ふん、君が兄さんと繋がっていたか。どうやら全部バレていたようだな。だがどうする?兄さんは死んだ。あそこに倒れているんだろう?姿こそ見えないがあのすごい量の血溜まりが教えてくれている。死んでも透明化は解除されないんだな」
「あなたは自身の欲望のためなら実の兄も殺せるんですね、悪魔のような人だわ」
「なんとでも言え、だが死体もないし証拠は無いぞ?ここには僕と君しかいない。僕が縛られている状況を君はみんなにどう説明する?上手く説明できるのか?」ハリーは薄ら笑いを浮かべて声を荒らげます。目を覚ましてから現状を把握して余裕が出てきたようです。
「証人がいるわ、あなたは終わりよ」
「証人とは君自信のことか?残念だが僕は生まれた時からこの城にいる王太子だぞ?みんなはどっちの言うことを信じると思う?僕にこんな仕打ちをして、君は反逆罪で牢に入ることになるだろう。今なら見逃してやってもいいぞ。今すぐ城を出てこの国を立ち去ることだ!命が惜しいならな!ハッーハッハッハ!」
醜い、なんと醜い様でしょう。この男と一時でも愛を誓っていたことに私は絶望しました。
「ソフィー!詰めが甘かったな!命乞いをしろ!」
「命乞いをするのは貴様の方だ!」怒鳴り声と同時に何かがハリーの頭に直撃して、ゴツッとすごい音がしました。
「いでえええ!なんだ?」ハリーが後ろを振り返ってもそこには何もありません。
「なんだ?何かが僕を殴った!」
「口を慎め!よくもソフィーを傷つけおったな!」何も無い空間から発せられた声は、私の父の声でした。
「ソフィーよ、お前の言った通り、こやつとんでもない悪党だったな」
何が起こったかわからずキョトンとしているハリーに私は呆れながら説明しました。
「ハリー、あなたも知っているわよね。私の父よ。透明になって今あなたのそばにいるの」
「は?父?ブラウン公爵か?ええぇ?」
「ダニエル様から透明化の方法を聞いたのよ。それで父に相談したら快く協力してくれたわ」
「ええええええぇぇ!」
「さっき貴様を後ろから殴って気絶させたのはワシじゃよ!貴様の行動はずっと見ていたぞ。ワシが証人だ!」父の姿は見えないが、恐らく自慢の力こぶを、強調し腕を曲げていることでしょう。
父は辺境を収める領主でもあり、腕っ節が強いことでも有名だったので、心強い味方でした。恥ずかしながら稀代のひょうきん者でもある
父は、透明になれる方法があると聞くと面白そうだと快く協力してくれたのです。
真相はこうです。メイドに扮した私がまず部屋に入り、その後で透明のダニエルと父が続いて入ったのです。ハリーは透明のダニエルだけが入ってきたように思っていたようですが、実は透明化した父がずっと黙って状況を見張っていたのです。
「ワシは国王陛下とも旧知の中よ!ソフィー、安心せい!ワシが説明すれば陛下もちゃんと理解してくれる。さあオシオキの時間だ。みんなを起こすんじゃ!」
そうこうして日が昇り、夜明けと共に城中の者が叩き起され全員大広間に集められたのです。そこにはボコボコに顔を腫らし、両手を縛られたハリー王太子殿下の悲惨な姿がありました。
集められたメイドや使用人、衛兵たちが、縛られたハリーを見て何事かとザワつく中、私と父は国王陛下に事の顛末を話し始めました。
「ほ、本当にブラウン公爵がそこにいるのか?」国王陛下は私にそう問いかけると
「陛下、ワシの声をお忘れですか?」
「いや、もちろんわかるとも、どんな表情を浮かべているかも見えずともわかるぞ、本当に透明になっておるんだな」
「陛下!メイドたちの声にも耳を傾けてくださいませ!」私はそう言ってメイドたちの方を見ました。
「私たちはハリー様に脅され、無理矢理お相手をさせられました。断ると私たちに罪を着せ牢に入れると脅されたので断れませんでした」メイドが涙ながらに説明しました。
「うーむ、なんと不埒な、いや極悪非道なヤツだ、立場を利用して好き放題やっていたというわけだな、息子ながらその悪業、許すわけにはいかんぞ!」陛下の口調が強くなり怒り心頭の様子です。
「ううぅ」ハリーは陛下の言葉を聞き力なく項垂れています。
「陛下、ハリーは実の兄であるダニエル様をも殺そうとしました」私は追い討ちをかけました。
「なんだと!ダニエルは生きていたのか!そして殺されたと申すか!」陛下はビックリして身を乗り出しました。
「いえ、ダニエル様は生きています」私は声高らかに宣言した。
「えええ!」今度はハリーがビックリして声を上げた!
「父上、私はここに居ります」その時、ダニエル様の声が私のすぐそばから響いた。ダニエル様は生きていたのです。
「おぉ!まさしく我が息子、ダニエルの声!どこにおるんだ?」陛下は辺りを見回しています。
「私はソフィー様の隣に居りますとも」隣からダニエル様の声がする。
「なんで、兄さんが生きてるんだ!死んだはずじゃ?」ハリーが愕然としながらダニエル様の声のする方を見て言いました。
「禁書に載っている自己蘇生の禁術を使った。一生に1度までなら致命傷を負っても生き返ることができるのさ」そう言ってダニエル様がニヤリと笑うのが見えた気がしました。
「じ、自己蘇生だと……」ハリーは口をパクパクさて唖然としているようです。
「父上!ハリーは確かに私にナイフを突き立て殺そうとしました。ハッキリとここに証言します」ダニエル様は陛下に向けて声高らかに言い放ちました。
「ハリーよ!貴様!完全にヒトの道を外れたな!」
陛下がそう言うとハリーは狼狽えて叫びます。
「父上!これは何かのワナです!魔術や呪いの類いです!私はこの女に!ソフィーにハメられているんです!」ハリーが尚も見苦しくもがく様に私は目を覆いたくなりました。
「父上には、僕とソフィーしか見えていませんよね?これは魔術のようなもので、ソフィーがみんなに幻聴を聞かせて、騙そうとしているんです!」ハリーの見事なまでの悪あがきに、そこにいる全員が言葉を失っているようです。
「ハリーよ」陛下が重く口を開き皆が耳を傾けます。
「ハリーよ、貴様に上手く言いくるめられるほど、ワシは甘くないぞ。透明化の禁術があることくらい知っておる。禁書に目を通したことくらいあるのでな」陛下は厳しい表情でハリーを睨んでいます。陛下も透明化の術をご存知だったのですね。
「ハッハッハ!傑作だ!悪あがきもムダに終わったな!」私の父はそう言ってハリーの頭を殴った。ゴツンっとゲンコツの音が響きました。
「愚か者よ、貴様を廃嫡とし地下牢に幽閉する」国王陛下はハリーに向かって言いました。
ハリーは目を見開いて、言葉を失い、絶望の表情を浮かべていました。私はその光景をしっかりと、目に焼き付けました。
ハリーが衛兵に連れられて行こうとした時、ダニエル様が慌てて叫びました。
「ハリーよ!ちょっと待て!透明化を解除する方法が載っていたページはどこにある?」そういえばダニエル様と父は透明化のままです。振り返ったハリーの表情はニヤリと邪悪な笑顔を浮かべています。
「あぁ……あのページは破って処分したから、戻る方法はわからない。お前らは一生そのままだ、ざまぁみろ、ハハハ……」ハリーはそう言って笑っています。
「なんてことだ!私とブラウン公爵はもう元に戻れないのか!」ダニエル様は相当焦っているようです。ダニエル様だけでなく、このままでは父も戻れなくなったということです。
「何!元に戻る方法がわからないのか!どうなるんじゃ!」父も事の重大さに気づいたようです。
「心配せんでも元に戻る方法なら知っておるよ」その時、陛下の口から驚きの言葉が出ました。
「父上、今なんと!」ダニエル様が尋ねます。
「たしか、熊の肝と……馬の鬣と霊芝かな。それらを半日煮込んだ物を飲めば透明化は解除されるはずだ」陛下は記憶を探りながらそう言いました。
ハリーが目と口を大きく空けて驚いている所を見ると調合方法は合っているようです。しかし陛下はどうしてそのことを知っているのでしょう。
それからハリーは地下牢に連れていかれました。そして王の命令で宮廷錬金術師に、透明化解除のための薬作りが命じられたのです。薬ができるまでは2日ほどかかるそうですが。それまでは、ダニエル様も私の父も透明のままです。
「して、ダニエルよ、よくぞ戻ってきた。本当に心配していたぞ。どこで何をしていたのだ?」
「父上、誠にご心配をお掛けしました。この1年、透明になり城の内外を見て回っておりました。恐れながら、この国の国政には改革が必要だと感じました」ダニエル様は、陛下に向けて厳しい言葉を放ちました。一体どんな表情をしているのでしょう。彼の思いは果たして陛下に届くのでしょうか。
「──そうか、ではダニエルよ。いやダニエル第一王子よ。そなたをまた正式な王位継承者とし、この国の未来を任せよう。頼んだぞ」
「は!ありがたきお言葉にございます!」ダニエル様は語気を荒らげて叫びました。
ダニエル様、よかったですね。彼はきっといい王様になることでしょう。
「陛下よ、ワシの娘のことも忘れないでくれ。ハリーが廃嫡されてはソフィーはどうなるんじゃ?」
「おお!ブラウン公爵よ、今回は本当に迷惑をかけた。ソフィーもな、ハリーがとんだ無礼を働いてしまった」陛下はどうしたもんかと視線を右往左往させています。
「陛下、一言よろしいでしょうか」ダニエル様が声を上げます。
「ソフィー殿、私はあなたの勇敢さに胸を打たれました。どうか私の傍でいっしょに、この国の未来を支えていただけませんか」突然のプロポーズに一同は沸き立ちました。
私は突然の言葉に驚き、言葉をつまらせながらダニエル様の声のする方を向きました。一同が私の返事に注目しているのがわかり緊張します。素直に嬉しかったのですが、まず私はダニエル様の顔も知らないのですよ。
「ダニエル様!そういう大事なことは、お姿をお見せになってから仰っていただきたいのですが……」
ダニエル様の、しまったという表情が思い浮かべられるような雰囲気が伝わってきました。
「ダニエルよ、少し気が早すぎたようじゃな」陛下の一言が助け舟になり、一同に笑いが起きてその場は収まりました。
こうして私はダニエル様の姿が見えるようになってから再度プロポーズを受けることを了承し、その場はお開きになりました。
さて、私としてはダニエル様の容姿がどうであれ彼のプロポーズの返事はもう決まっていますの。ハリーの見かけにまんまと騙された私は、もう人を見た目や上辺で判断するようなことはしませんわ。そして王太子妃として聡明で勇敢で美しくありたいと思います。
ところでもし公務に嫌気がさしたら、私も透明人間になってこっそり城の外へ遊びに行こうかしら。ダニエル様ならきっと許してくれるはず……ですよね。
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