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「みゃーこ! こっちにおいでー」
優しい手付きで「おいでおいで」とささやきながら、ゆっくりと細い手首を動かす。みゃーこはそれに誘われることなく、僕の近くの日向にゴロンと寝転がった。もちろん、僕はみゃーこの無防備なお腹を撫でてやる。
「【 】くん、ずーるーいー」
「何が」
「みゃーこ、とらないで」
「君のじゃないし」
「でも」
「みゃーこが僕の方に来たの」
「もー!」と大きめの声を上げたものだから、「みゃーこが愛想つかして近寄らなくなるよ」と言ってみたら、瞬時に静かになった。みゃーこはといえば、僕たちの会話なんて知ろうともしないで、気持ち良さそうにごろごろしている。
彼女、一ノ瀬夕陽は、あれからも懲りずに僕の憩いの場に通い続けていた。もう一ヶ月近く経つだろうか。僕は既に彼女を追い返すことを諦め、徐々にその存在を認め始めていた。
「ねえ、そういえば聞いた?」
ムスッとふくれていた彼女は、ふと何かを思い出したようで、目線はみゃーこにあるまま言葉を発した。しかし、主語がないので話のしようがない。
「何のことさ」
「この間ね、そこの家に、留守の間に誰かが入ったんだって」
彼女が指差す家は、ごくごく一般的な一軒家だ。そこに住んでいるおばさんは動物好きで、とても優しそうな人だ。あまり表立っては言えないが、野良猫のみゃーこがこの駐車場に住み着いているのも、おばさんがここで餌をあげることが多いからなのだ。そんな人の家が襲われるなんて、神様というのは薄情なやつなんだなと思う。
「強盗?」
僕がみゃーこをわさわさと撫でながら聞けば、彼女は「それがさー、違うんだよ」と首を横に振って、少し悲しそうに言った。
「そこのおばさんがオウム飼ってたじゃん?」
「インコじゃないの」
「え、あれオウムじゃないの?」
「オウム飼うよりインコ飼うほうが一般的だった気が」
「へぇー、まあどっちでもいいよ。……でね、その鳥さんが死んじゃってたんだって」
予想外の答えに、手が止まった。返す言葉が見つからず、沈黙する。いつもはあれだけうるさいのに急に静まるから、なんだか気まずくなって、それよりはずっとましだと思い、僕は疑問をぶつけた。
「それってさ、おかしくない?」
「だよね。わざわざ留守の間に家に入って、ペットを殺すなんて」
珍しく彼女と意見が合った。まあ、こんな予想が当っても微塵も嬉しくないのだが。
「全く、趣味悪いよねー。ほんと、やめてほしい」
声は元の調子に戻しているものの、作り笑顔が貼り付けられているのは丸わかりだ。そんな顔をしなくてもいいのに、と柄でもないことを考えてしまった。