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「何でって、一緒に帰るからに決まってるでしょ?」
「は?」
まるで何がおかしいのかわからないとでも言うかのように首をこてんと傾げる。大多数の男はこの仕草で恋に落ちるのだろうな、と僕は思った。
「普通は、またねとか挨拶を交わして別々に帰るでしょ」
「私は【 】くんと帰りたいのー」
食料を詰め込んだりすのように、彼女は大袈裟に頬を膨らませた。
「意味がわからない。別に、僕じゃなくたっていいでしょ?」
そう返せば、彼女は何かに気がついたような、はっとした表情になった。
「確かに」
「否定しないんだね」
僕の日常を崩壊させておきながらあっさりそう言われると、自分から問いかけておいてなんだが、少し傷つく。
「じゃあ、僕は帰るから」
再び歩き出そうとすると、「でも」と彼女が遮った。
「君、すごくおもしろいよ。私、【 】くんのこと、もっと知りたい。だからやっぱり、一緒にお話しながら帰る!」
こうなった彼女を止められる者は、きっといないだろう。彼女とこんなに長く話すのは初めてだが、直感的にそう思った。しかし、僕の方もそう簡単に平穏を諦めるわけにはいかない。
「無理。面倒。パス」
「私だって断固拒否! せっかくのチャンスを無駄にする訳には……」
「僕たち今までほとんど関わりなかったでしょ。それに、僕じゃなくたっていいって、さっき気がついてたじゃん」
「そ、それは、口が滑ったの」
「それ、本心だって認めてるからね」
「違っ、それは、【 】くんが説得力有りすぎるのがいけないの」
「なんて理不尽な」
お互い一歩も引かず、男子生徒と女子生徒の見つめ合いが始まった。いや、にらみ合い、我慢大会と言ったほうが正しいか。でもまあ、何も知らない人間が遠目からこれを見たら恋人と勘違いしているに違いない。「このリア充が」って。
そんな馬鹿なことを考えながらも僕も相手も一切譲ることはなく、三十秒ほどたった頃、みゃーこが静かに喉を鳴らした。まるで「眠たいから騒ぐなら他所でやってくれ」と言っているようだ。
これ以上何をしても状況は変わらないことを察し、ついに僕は諦めることにした。「好きにすれば」とため息まじりに言えば、彼女は喜んで後ろをついてきた。その様子は、しっぽをぶんぶんとちぎれるほどふっている中型犬とそっくりだ。あえて小型犬とは比喩しない。「小さくて可愛い」なんて、誰にも言わせるものか。
こんなふうに思いながらも彼女を力尽くで離れさせようとしない僕もどうかしているな、と自分自身に呆れてしまう。
僕がそんなことを考えているとも知らずに、彼女は呑気に話しかけてきた。これだけの塩対応で、まだ懲りていないのか。
「ねえねえ、【 】くんの家ってどこらへん?」
「近く」
「じゃあ毎日歩いて学校来てるの?」
「まあね」
「話が盛り上がらないねー。冷たいなあ」
口ではそう言っているが、顔はすごくニコニコしている。どうやら、話を止める気はさらさら無さそうだ。
「んー、じゃあ趣味は?」
「特に無し」
「今日の小テストどうだった?」
「ぼちぼちかな」
「ズバリ、何点⁉」
「五十」
「満点、だとっ……」
「君は?」
「十四点」
「馬鹿だったんだね」
「【 】くんは頭いいんだねえ」
「そりゃどうも」
「今度数学教えて!」
「嫌」
「もー、【 】くんは薄情者だってクラス中に言いふらしてやろ」
勘弁してくれという意味を込めてあからさまにため息をつくと、「ため息つくと幸せが逃げちゃうよ?」と返された。
「原因は君だからね」
少し困ったような感じで言ってみたら、彼女は「え、えへへ……」とごまかすように頭をかきながら笑っている。どうやら、彼女の行動が少し強引すぎることを彼女自身理解しており、反省しているらしい。効果は抜群だ。
そう思っていたのだが、彼女は僕の数歩前を歩いてこう切り出した。
「ねえ、君がびっくりするような話をしようか」