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「マナちゃん! よかった、今日はまだ寝てなかった」

 僕が帰路につこうとした時、バタバタと落ち着かない足音とともに、そんな声が聞こえてきた。曇天をひっくり返すくらいの、明るい声。

 振り返れば、同じクラスの一ノ瀬夕陽がこちらに駆け寄ってきているではないか。

 僕は面倒なことに巻き込まれるような気がして、すぐに立ち去ろうと思った。しかし、時既に遅し。

「あれ、【    】くんだよね。何してるの?」

 彼女が悪気もなさそうに首を傾げるから、僕は仕方がなくその場に留まることにした。

「何って、癒されてただけだよ」

 僕が単調にそう答えると、彼女は肩を揺らしてくつくつと笑いだした。

「癒されてるのにそんな真顔で言うなんて、おかしいよ。それ絶対癒されてないでしょ」

 「じゃあ人に対しておかしいと言うことはおかしくないのか」という台詞をぐっと飲み込む。僕のこういう思考は、男友達には「ドS」で通っているらしいが、いつ他人を傷つけるかわからないから、容易に発するのは良くない。

「そういう君は何しに来たの」

 一応そう聞くと、彼女は目をぱっと輝かせた。

「私はね、マナちゃんに会いに来たの! ねー、マナちゃん」

 語尾にハートマークがつきそうな口調で彼女はみゃーこに語りかけたが、みゃーこはそっぽを向いたままだ。なんだか、昔の僕と少し重なる。

 ふと、ここで一つの疑問が浮かんだ。

「その猫、マナっていうの?」

 僕がたずねると、彼女はちょっぴり寂しそうに首を横に振った。

「ううん、私が勝手にそう呼んでるだけ。先週からずっと声かけてるんだけど、なかなかこっち見てくれないの。ツンデレってやつかな?」

「違うと思うよ」

 このままではみゃーこをとられてしまいそうな感じがして、できるだけ素っ気なくそう言ってみれば、彼女は「どうして?」とまた首を傾げた。

「猫は人間よりよっぽど人間を見てるから。今は慎重に君を見極めているんだよ」

 彼女は「へえ、なるほど」と興味深そうに頷いている。その様子に少し気分を良くした僕は、その猫をみゃーこと呼んでいることを話してやった。すると、彼女はあっさりみゃーこ呼びに変わった。どうやら、マナという名前に執着はなかったらしい。

「それにしても、【  】くんがみゃーこに癒されてたなんて、意外だなー」

 「猫とか本当似合わない」なんて言いながら、彼女はくすくす笑っている。

「ちなみに、それはどういう意味?」

 彼女に貶されているのだとしたらなんとなく癪なので、一応そう聞いてみる。

「えっ、えーと、あれだよ、ギャップ萌えってやつ?」

 そんな僕の心情を察したのか、彼女は言い訳を口にしたが、ぎこちないにもほどがあるだろう。まあ、悪意はないとわかったから、この件に関してはこれ以上触れないことにする。

 話が途切れ、僕が本来求めていた日常の静けさが訪れる。近くの道路を行ったり来たりする車のエンジン音。少し遠くから響いてくる野球部員の声。それから、みゃーこの喉の音。変わらないはずのこの風景における違和感は、そう、紛れもない彼女の存在だ。

 帰ろう。これ以上ここに残っても、僕の平凡が戻ってくることはないのだから。

「じゃあ、僕は帰るよ」

「えー、もう帰っちゃうの?」

 僕が歩き出そうとすると、「残念だな」なんて呟きながら、彼女も立ち上がる。

「ちょっと待って。何で君まで立ち上がるのさ」

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