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「まぁ、そんなわけで。いつかはこうなるだろうなって気はしてたの。おじさんもこれだけ辛い思いしてたんだから、仕方ないよね。命は平等なわけだし?」
そうやって彼女が笑うものだから、僕は何も言えなくなるのだ。早く逃げてこいとか、それでいいのかとか、怖くないのかとか。彼女の目に宿る強い意志は、そんな生ぬるい言葉じゃ到底動かせない。
「私は、元々死んでたわけだし。ちゃんと死んだら、輪廻転生できっと戻って来るよ」
ああ、なんて普段と変わらない笑顔なのだろう。助けなければいけないのに、一歩も足が動かない自分が情けなくて、惨めで仕方がない。
すると、彼女は男にぼそぼそと話しかけ、突然何かを僕に向かって投げてきた。震える手に必死に信号を流し、僕はそれをキャッチする。
「それ、【 】くんが持っててよ!」
恐る恐る手を開けば、日の光が反射して、金色が神々しく輝いていた。とても眩しい、眩しい光だった。
「おじさん、もういいよ」
「そうかい。じゃあな、嬢ちゃん」
彼女のどこか安心したような声を合図に、ずぶり、という音が聞こえた。いや、あまりにショックな現場で、実際の音はよくわからなかったけれど。しばらくして、彼女の体から魂が抜けて、ガクンと身体が落ちていった。あっけなく崩れ落ちた彼女だったものは、いや、もしかしたらまだ意識は残っていたかもしれないけれど、ピクリとさえ動かなかった。少し離れた場所で、僕はただただそれを見つめていた。
ふぅ、と息を吐いて、包丁を持ったままの男が近づいてくる。こちらは身構える心の余裕すら持ち合わせていないというのに。
「そんなにびびらなくてもいい。ボウズは殺せねぇからな」
「嬢ちゃんに脅されちまったんだわ」と気が抜けたような口調で、そう付け加えた。
「……おじさん、どうするの?」
男はちらりとこちらを見て、それから海に目を向けた。
「どうするも何も、既に警察を呼んである。俺の予定はこの復讐だけだったからな。だから、それが終わったとなれば、俺の人生も終わったに等しいもんだ。ボウズは、警察に話をするでも、黙ってこの場を去るでも、好きにしたらいいさ。俺は一切手出ししねぇから」
男は遠い目で、海を見つめていた。それを見て、ああ、終わったのだな、と思った。僕は夢の中にいるようなふわふわした気持ちのまま、すれ違うパトカーを横目に、一言も発さずに家へ帰った。