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「俺にはな、彼女がいたんだ。あいつに殺された、大事な恋人が。彼女は、まだ二十歳だった。俺のすぐ隣で、彼女は殺されたんだ。あいつはカバンからいきなり包丁を取り出して、彼女の腹をぐさりと一息に刺した。俺はどうしようもなく不甲斐なくて、情けないことに、守ってやることができなかった。その後、救急車が到着して、彼女は病院に運ばれた。が、もちろん、命は助からなかったというのがオチだった。それで、悲しくて、悔しくて、とにかく辛かったわけだ。そんなわけで、あいつのことをとにかく調べまくってたら、ある日、この子を見つけたんだ。あいつと血のつながった妹。その時は、これは復讐するしかないと思ったね。俺は彼女を失くし苦しんでいるっていうのに、あいつは檻の中でのうのうと生きてやがる。だったら、あいつがやったのと同じ過程をそっくりそのまま辿って、あいつの大事なオンナノコを殺してやろうって。まあ、八つ当たりと言ってしまえばそれまでだな」
今度は、その話を聞いていた彼女が語り始めた。
「やっぱりそうだったんだ。【 】くんには、まだ言ってなかったよね。私ね、お兄ちゃんがいたの。お母さんは、事件があってから『あなたにはお兄ちゃんなんていないわ』って隠してたつもりだったらしいから、私も言いふらすことはなかったけど。でも私、お兄ちゃんとはそれなりに仲良しだったんだ。だから知ってた。私のお兄ちゃんはね、殺人衝動が押し殺せなかったんだって。もしかしたら、二重人格にも近いものだったのかもしれない。本人がときどき、苦しそうにそういうことを私に言ってたの。最初は、蟻とか蝿とか、小さなものから殺していった。けれど、段々とそれでは満足できなくなっていく。そうしたら、今度は一回り大きなものに手を出す。それを繰り返して、ずっと生き物を殺して生きていたんだって。私はその時、まだ五歳くらいだったけど、お兄ちゃんが家でこっそり泣いてたのは覚えてるなぁ。そしてとうとう、人間への殺人欲求が抑えられなくなった。このときは多分、理性はその獣に食い散らかされてていたんだと思う」
衝撃的な内容とその情報量に、僕は言葉を失った。自分はひどく混乱しているということだけが明白だった。そんな僕の心中を察してか、彼女は「隠してるつもりはなかったんだけどね。ごめん」と謝り、静かに目をふせた。