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 僕がこの世界に来て最初に発した、所謂「うぶ声」というのは、母が言うにはどうも遠慮したような声で、一般的な赤子のようには泣き叫ばなかったらしい。

「あの時は大変だったのよ。大丈夫か、ちゃんと呼吸しているか、って」

 ふと気になって聞いた時、母は苦笑いでそう話してくれた。

 振り返ってみると、僕は自分のために泣いたことが無いかもしれない。怪我をしても泣かない。いじめられても動じない。駄々をこねることもない。今考えると、僕は随分と奇怪な子供だったように思える。そんな僕が涙のような水を目から落としたのは、友達が同情して欲しそうな顔をした時と、世間が感動しそうなシーンでカメラを構えている人がいた時くらいだ。

 しかし、それは僕に感情がないからではない。単純に、泣けないのだ。多くの人は嬉しい時、悔しい時、悲しい時、辛い時なんかに泣くらしいのだが、あいにく僕にはそういう飛び抜けた感情を持った経験がない。嬉しくても泣くほどではない。悔しくても大抵のことはそんなものかと思う。悲しい時は落ち込んでも仕方がないとすぐに切り替える。では辛い時はどうかと言われるのだが、残念なことに僕は辛いと思ったことがない。無論、身体的なことは除いてだ。この世界が辛くない訳がないじゃないか。辛いのは、当たり前。そういう考えがいつからか定着していただけなのだ。

 かといって、泣けないことを悲観的に見ることはない。むしろ、人前で顔面をぐしゃぐしゃにするようなこと、恥ずかしくてたまらない。きっと、穴があったら入りたくなるような思いになるのだろう。恥をかかない、そういう意味では合理的な感情の仕組みだと僕自身は思っている。

 僕は確かに泣かないけれど、証明の仕方はわからないが、感情は少なからずある。でも、その起伏を表に出すことはめったにないから、人間関係もいたって良好だ。周りに合わせて適当に生きていく。結局それが一番楽なのだ。

 そんな調子で今日も学校を終え、部活もないから、校門を出て学校裏の駐車場に寄り道する。ここには、僕の唯一の癒しがある。

「みゃーこ、元気?」

 みゃーこというのは、ここに住みついている野良猫の名前だ。最初は僕が勝手に呼んでいて、あの頃はずっとそっぽを向いたままだったのだが、今はこうして返事をするかのように喉を鳴らしてすり寄ってきてくれる。僕とみゃーことの付き合いは、かれこれ三年になる。

 三色の毛をまとった少し汚れた体を優しく撫でてやれば、みゃーこは大人しく僕の近くに座った。そのまま数十分程みゃーこを撫でまわし、眠たそうな表情になったのを見て、僕は静かにその場を去る。これが、日常だ。

 しかし、そんな日常にずれが生じるのは以外と簡単なことで、それは唐突に訪れる。

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