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「夏休みが恋しい」
まだ夏らしさが残る青空で彩られた窓際。彼女は僕の前の席へ座り込んだかと思えば、こちらの机にべたっと頬をつけたなんともだらしのない体勢で、そんな言葉を放った。
「君、まだそんなこと言ってるの。もう九月だけど。それも終わりの方」
僕が呆れたようにそう告げると、彼女はあからさまにため息をついて、言葉を続けた。
「テストが憎い」
「終わったことはどうしようもないからね。諦めなよ」
というのも、少し前に第二回定期考査が終わり、先日その結果が返却されたのだ。僕は、まあ、ぼちぼちだ。大体七割は超えているし、悪くないはずだ、と思う。彼女は相変わらず数学が苦手なようで、解答用紙を返される際に先生が真っ黒なオーラをまといながらいい笑顔をしていたのを覚えている。
「【 】くんが憎い」
「八つ当たりしないでくださーい」
僕がそっぽを向くと、彼女は軽く舌打ちをした。なんて理不尽な。
「【 】くんは頭良いもんねー」
「別に良くはないよ。日頃の行いでしょ」
「うわっ、正論かましてきた」
彼女はぶすっと頬を膨らませて、またすねてしまった。机の垂直抗力と彼女の重力に挟まれてぶよぶよと動く頬は、なんだかバランスボールみたいだ。
「それで、御用は何ですか」
帰り支度をしながらそう問えば、「それ、女の子に言わせる気?」と睨まれてしまった。別に、怖くもなんともないけど。
「男の子は鈍感だから言ってくれなきゃわかんないんです」
「【 】くんってほんと意地悪だよねー」
ぐだっとした体勢のまま盛大なため息をつかれた。以前彼女が言ったように「ため息つくと幸せが逃げるよ?」と伝えてみれば、いつか見えていたふさふさの尻尾が再び現れ、寂しそうに下がった。そして、椅子の背をぺしんぺしんと力なく叩いている。本当に、なんてわかりやすいのだろう。ここで勝手に帰ると、僕は確実に恨まれる。女の恨みは怖い、なんて言葉を馬鹿にしてはいけない。そう思って、僕は仕方がなく彼女に話しかけた。
「帰るんでしょ?」
「……うん!」
元気な返事が返ってくると同時に、尻尾がパタパタと力強く左右に揺れているのが見えたのは、きっと言うまでもないだろう。