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10冊目 3ページ

 一人になった空間に、はあと息を吐き出す。それと同時に全身の力も抜けて、再びぐったりと椅子にもたれかかる。今度はギシシという音がした。

 まさか「カメラ」なんて言葉が僕の口から出るとは。弟はそんなこと考えもしなかっただろう。いや、事実僕も思ってもみなかったけれど、彼女にさんざん言われて興味を持ってしまったのだろうな、と大方見当はつく。僕は彼女に甘いのだろうか。いや、そんなはずはない、断じて。だって、数か月前に初めて話したのに、こんなにも影響を及ぼす存在になってしまうなんて、誰も考えられるはずがないだろう。もし過去に戻れたら、そのときの僕に「彼女と一度関わったら二度と遠ざけられないと思え」と忠告してやらなければ。

 それにしても、と僕は別の話題に思考を移す。まあ、話の中心の人物は変わらないのだが。

「彼女はいったい、何者なのだろうか」

 漫画の一コマにありそうなセリフを唱えてみる。独り言が増えたのも、きっと彼女のせいだ。あんなにしつこく話しかけてくるから、僕の会話の量も必然的に増えて、口の周りの筋肉を持て余しているんだ。ああ、また前の話に戻ってしまった。

 最近、彼女という存在について考えることが増えた。ただの知り合い、クラスメイト、友達、親友、恋人。どれもなんだか当てはまらなくてもやもやするのだけれど、結局ゆっくりしている暇なんてなくて途中で考えが止まっていた。どうせ暇なのは事実だし、この際だから考えてみよう、と僕は思い切った。

 彼女はなんて人なのだろう。そして、僕は彼女をどう思っているのだろう。彼女へのこの想いを言葉にするなら、恋というのはふさわしくない。かといって、友人というにはもう深くなりすぎている気がする。甘ったるいわけではなくて、でも心に染み渡る温度を持っている。現実のもので言うならば、そうだ、ミルクティーのような。そして、ふっとある一文字が脳内に浮かび上がった。

「母、かな」

 我ながら、彼女に似つかない言葉が出てしまったものだ。同級生に「お母さんみたい」なんて言ったら、彼女でなかったとしても抗議されるのは目に見えている。なんて考えつつも、「母」を繰り返し声に出してみる。母、お母さん、マザー、母。すると、ドアの向こうから足音が聞こえて、僕はピタリと言葉を止ませた。今の声が弟に聞かれていたら、変な誤解をされそうだ。あとで弁解しに行こう。でも、うん、やっぱり「母」だ。しかし、なぜこうもしっくりくるのだろうか。しばらく頭をひねったが、答えが見つかる気配は一切なく、僕は考えるのを諦めた。きっと、何かの思い過ごしだったのだろう。

「ははっ、あんな人が母親だったらなんて、とてもじゃないけど考えられないや」

 そう呟いて、僕は天井を仰いだ。

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