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「ところで、いつだったら写真撮ってもいい?」
笑いがおさまったところで、僕は彼女に訊ねた。これでもお願いしている身分だから、ある程度は彼女の予定に合わせようと思っていた。しかし、彼女からは予想外な言葉が帰ってきた。
「え、今日撮るんじゃないの?」
ぽかんとした顔で「違うの?」と言われて、戸惑った。今日はだめ、なんてことはないけれど、なんとなく心が落ち着かなかった。すると、彼女はばっと天を指さしてはきはきと言った。
「思い立ったが吉日! でしょ?」
そして自信ありげににかりと笑った。そんなふうに言われたら、別の日にやろうだなんて言えるわけがない。彼女に頼んだ時点で、これは決まっていたことなのかもしれない。
「君でもそんな言葉知ってるんだね」
しかめっ面で「馬鹿にしてる?」と聞いてくるものだから、目線をそらして「してないよ」と言った。彼女は納得していないようだったが、言い返す言葉が見つからないらしく、やがてため息をついて諦めていた。
蝉の声がじわじわと脳に染み入る。夏は日が長く、じっとりとした暑さが肌にまとわりつく。まだ本格的な暑さではないはずなのに、今の段階でこれなのかと考えると、先が思いやられる。夕焼けを見るにはまだ早いから、どこかで時間をつぶそうということになった。けれど佐伯さんがいる喫茶店はもう閉店時間を過ぎていたから、僕たちは近くのコンビニで涼んで待つことにした。
安いペットボトルのジュースを購入して、店の端のイートインスペースに二人並んで座った。そこで話した内容で、特に印象的なものはない。この前のテストのこととか、担任の長すぎる話のこととか、夏休みの予定のこととか。本当に、くだらないことばかり語った。でも、これといって何かあったわけじゃないのに、とても楽しい時間だった。あと、時折彼女の正直で子供っぽい笑みが見れたのが、とても嬉しかった。何気ない平穏が戻ってきたことにしみじみしたり、これが世間で言う青春ってやつなのだろう、なんて考えたりもした。彼女とすれ違っていた期間を踏まえて、僕は笑い合える時間があることの幸せさを実感した。
「もう六時半だ。そろそろじゃない?」
「そうだね。行こうか」
透明なガラスの向こう側には、暗闇が迫り始めていた。彼女は一足先に席を立ち、自動ドアの方へ歩いていく。たかりたかりという彼女の靴の音につられ、僕もコンビニを後にした。