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彼女は静かにしゃがみこんだ。うつむきながら、アスファルトを細い指でゆっくりとなぞっている。きっと、少し前の僕と同じような心持ちなのだ。でも、彼女は僕とは違う。もういないものをまだ探し続けているようで、とても見ていられなかった。
「この前まで、ここにいたのに。あったかかったのに」
「そう、だね」
嗚咽を交えながらも、彼女は話すのをやめない。会話を止めたら、壊れてしまう。そんな気がするのに、僕は彼女の助けになるような言葉が何一つ思い浮かばなかった。
「なんで、気づけなかったのかな」
「ヒントなんてないよ。神様が、決めたことだったんだ。仕方ないさ」
僕には、誰かが物語の中で語ったような陳腐なセリフしか言えなかった。彼女はアスファルトの上をなぞっていた手をぐっと握りしめた。次第に、言葉に熱がこもっていくのがわかる。
「みゃーこが私に残してくれたもの、私は残してあげられたのかな」
「大丈夫だよ」
「ありがとうも言えてないのに」
「今からでも届くさ」
「なんでこうなっちゃったのかな」
「未来予知なんて誰にも出来ないよ」
「私、どうしたらよかったのかな」
「僕たちがどうにかできたことじゃないよ」
「でも、私……」
彼女はぼろぼろと涙を絶えず落としていく。先程から、彼女の言葉は自分を責めるものばかりだ。何も、彼女のせいではないのに。しかし、その理由を聞いてはいけないのだ、と僕は思う。それを知るには、彼女の心のもっと深いところをまさぐる必要があるだろうから。
僕が思考に浸って少し冷静になると、すぐに異変に気がついた。彼女の息が少し不規則なのだ。多分、精神不安定からくる過呼吸の前兆だ。相変わらず不器用な僕には、この状況の打開する最適解が見つからなかった。だから、彼女の頬を両手で支え、視線を合わせた。
「いい? あんまり自分を追い詰めるもんじゃないよ。さっきも言ったけど、今回のことは何も君のせいじゃないし、僕たちが変えられたことでもない。後悔の檻に囚われてちゃ、僕らは前に進めない。それはきっと、みゃーこが望んでることじゃない」
一息で言い切り、じっと彼女の目を見つめる。彼女は、僕の言葉にはっと息をのんだ後、薄く息を吐き出した。だんだんと呼吸が落ちついてきたのを見て、「わかった?」と僕が聞けば、彼女はこくんと頷いた。そして、最後の涙が一筋の跡を残して消えた。