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7冊目 3ページ

 彼女はもう一度僕の手をとった。そんなに号泣されたら、行かないわけにはいかないじゃないか。第一、みゃーこが関わっているのだ。僕と彼女をつないだ、たった一匹の猫が。

「おお、【  】か。お前も野次馬か? だったらさっさと帰れ」

 そこにはサッカー部の顧問がいた。どうやら、情報を聞きつけて騒ぐ生徒が多かったから、現場にあまり近づかないよう仕切っているようだ。僕たちも、いや正確には僕しか確認出来ていなかったようだが、そういうやつだと思われたようで、手で軽く追い払うような仕草をされた。

「先生、僕が自主的に来たわけじゃないんです。どちらかと言えば連れてこられた側で」

 そう言って自分の背中あたりを指差すと、先生も彼女の存在を認知したらしく、軽くため息をついた。

「【  】、ちょっとこっち来い」

「僕だけですか」

「あー、一ノ瀬はしんどいかと思ってな」

 先生が少し柔らかい口調でそう言った。この先生は厳しいが、決して間違ったことをしているわけじゃないし、生徒の気持ちをよく理解していると信頼も厚い。ここにいたのがこの先生で良かったな、と思った。

 彼女は先生の言葉を聞いて、僕のワイシャツをきゅっと握った。そして、背中に頭を擦り付けるように首を横に振った。

「一緒に来るそうです」

「……そうか」

 「無理はすんなよ」と声をかけて、先生は僕の前を歩き出した。表情は見えない。

「裏口の近くに部室棟があるだろ。そこの前で、猫が死んでたんだ」

 先生の言葉に僕は息が詰まる。そして、大きく目を見開いた。先生には、見えていないだろう。僕は黙って話の詳細を聞くことにした。

 サッカー部の部員が部室棟に道具を取りに行った際に、それを見つけたらしい。腹部を切りつけられたような跡があったそうで、発見時はまだ血が流れ出ていたという。学校内の人物がその場でやったのか、それとも全く別の誰かが遺体を放棄したのか。「まだ検討はついていないんだ」と先生は語る。

「野良猫らしいが、一ノ瀬が可愛がってたみたいでな。野次馬掻き分けてここに来たんだ。『みゃーこ』って、ずっと泣きながら叫んでた」

 みゃーこの遺体は発見されたときのままに残されていて、痛々しかった。腹部からは赤黒い血が水たまりをつくっている。ふわふわしていた三色の毛は、雨水を含んでぐったりとしており、既に色褪せ始めているようにも見える。

 「多分、こいつの名前だろうな」と呟いて、悲しそうな、困ったような微笑みで、先生はみゃーこの毛並みを撫でた。つられて、僕もみゃーこに触れる。まさか、こんな形で再び触れることになるとは、思ってもいなかった。雨に打ち付けられ、その体はすっかり冷たくなっていた。

「お前、一ノ瀬と仲いいのか? だったら後は任せるわ」

 そう言い残して、先生は僕らが来たときと同じように、他の生徒に声をかけながら戻っていった。先生にはもう聞こえないと理解していたが、僕は「わかりました」と声に出していた。

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