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彼女はもう一度僕の手をとった。そんなに号泣されたら、行かないわけにはいかないじゃないか。第一、みゃーこが関わっているのだ。僕と彼女をつないだ、たった一匹の猫が。
「おお、【 】か。お前も野次馬か? だったらさっさと帰れ」
そこにはサッカー部の顧問がいた。どうやら、情報を聞きつけて騒ぐ生徒が多かったから、現場にあまり近づかないよう仕切っているようだ。僕たちも、いや正確には僕しか確認出来ていなかったようだが、そういうやつだと思われたようで、手で軽く追い払うような仕草をされた。
「先生、僕が自主的に来たわけじゃないんです。どちらかと言えば連れてこられた側で」
そう言って自分の背中あたりを指差すと、先生も彼女の存在を認知したらしく、軽くため息をついた。
「【 】、ちょっとこっち来い」
「僕だけですか」
「あー、一ノ瀬はしんどいかと思ってな」
先生が少し柔らかい口調でそう言った。この先生は厳しいが、決して間違ったことをしているわけじゃないし、生徒の気持ちをよく理解していると信頼も厚い。ここにいたのがこの先生で良かったな、と思った。
彼女は先生の言葉を聞いて、僕のワイシャツをきゅっと握った。そして、背中に頭を擦り付けるように首を横に振った。
「一緒に来るそうです」
「……そうか」
「無理はすんなよ」と声をかけて、先生は僕の前を歩き出した。表情は見えない。
「裏口の近くに部室棟があるだろ。そこの前で、猫が死んでたんだ」
先生の言葉に僕は息が詰まる。そして、大きく目を見開いた。先生には、見えていないだろう。僕は黙って話の詳細を聞くことにした。
サッカー部の部員が部室棟に道具を取りに行った際に、それを見つけたらしい。腹部を切りつけられたような跡があったそうで、発見時はまだ血が流れ出ていたという。学校内の人物がその場でやったのか、それとも全く別の誰かが遺体を放棄したのか。「まだ検討はついていないんだ」と先生は語る。
「野良猫らしいが、一ノ瀬が可愛がってたみたいでな。野次馬掻き分けてここに来たんだ。『みゃーこ』って、ずっと泣きながら叫んでた」
みゃーこの遺体は発見されたときのままに残されていて、痛々しかった。腹部からは赤黒い血が水たまりをつくっている。ふわふわしていた三色の毛は、雨水を含んでぐったりとしており、既に色褪せ始めているようにも見える。
「多分、こいつの名前だろうな」と呟いて、悲しそうな、困ったような微笑みで、先生はみゃーこの毛並みを撫でた。つられて、僕もみゃーこに触れる。まさか、こんな形で再び触れることになるとは、思ってもいなかった。雨に打ち付けられ、その体はすっかり冷たくなっていた。
「お前、一ノ瀬と仲いいのか? だったら後は任せるわ」
そう言い残して、先生は僕らが来たときと同じように、他の生徒に声をかけながら戻っていった。先生にはもう聞こえないと理解していたが、僕は「わかりました」と声に出していた。