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雨でしみったれた空気が蔓延する中、今日もなんてことのない授業を六時間受け、そうしてようやく僕たち学生は解放される。帰りのホームルームが終わり、僕は席を立つ。窓の外をちらりと見たが、まだ雨が止む気配はなさそうだ。心なしか、登校時より強まっている気がする。
また水浸しになることにため息をつきながらも、僕は教室を出た。足取りは重い。雨音が響く廊下で、二人組の女子生徒とすれ違った。普段は特に気にすることはないのだが、今日は他人の言葉に敏感になっているようで、彼女たちの会話が自然と耳に流れ込んできた。
「ねえ、裏口のほうでなんか騒いでたよね」
「うん。サッカー部の人が部室に行ったときに何か見つけたんだって。うるさくて詳しくは聞こえなかったけど」
「えー、何それ。そこが一番重要じゃん。しっかりしてよー」
「ごめんって。じゃあこの後見に行く?」
「人だかり出来てたら面倒だからパス」
「なーんだ、つまんないの」
あはははは、と女子高生らしい甲高い笑い声を残し、その二人組はどこかへ行ってしまった。僕は悪意の無い言葉に安堵し、階段を降りた。
その後にすれ違った他の生徒も、皆同じような話をしていた。しかし、結局肝心な部分についてはよく知らないようだった。事情に首を突っ込む気はないけれど、ここまできて真相を知れないのもなんだかもどかしい。そんなことを考えながら昇降口で靴を履き替えていると、雨水を散らす音が近づいてきた。
「【 】くん」
顔を上げれば、そこには彼女がいた。と、すぐに僕は異変に気づく。
「なんで泣いてるの」
いつもなら「女子にそんなこと言ってるともてないよ」とでも言いそうなのに、今日は「大変なの」と小さく一言こぼしただけだった。何かが、おかしい。
「どうしたのさ」
「来て」
彼女は弱々しく僕の腕を引く。勿論、そんな力では僕を動かすことなんてできない。これでも僕は男なのだ。ましてや、外は豪雨だ。頭では行ったほうが良いもわかっていても、体は多少抵抗があるようで、すぐには動いてくれない。
「雨降ってるんだけど」
「いいから」
「僕をわざわざ濡れさせたいの?」
「早く」
「せめて要件だけでも話してよ」
僕がため息混じりにそう伝えると、その言葉に重ねるように、彼女はか細く震えた声で言った。
「みゃーこが」
それきり、彼女は何も話さなかった。あとは嗚咽だけがこぼれて、雨の中に消えていった。