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いつも通りの学校の授業が終わり、僕は校門を出ようとした。そのとき、携帯がかすかに震えたのを感知し、僕は足を止めた。いつもなら家に帰ってからまとめて確認することも多いのだが、なんとなく今日はそんな気分になったので、僕はメールボックスを開いた。
「嘘、でしょ」
こんなありきたりなセリフしか出てこなかったが、それが自分の心情を表すのに最も適しているような気がした。
「何がー?」
突然後ろから声をかけられ、思わず「うわっ」と情けない声が出る。彼女はそれを聞いてくつくつと笑った。
「あのさぁ、びっくりしたんだけど」
「ごめんって。そんなに驚くとは思ってなかったんだよ。それで、何があったの?」
「教えるから、とりあえず歩こう。ここは邪魔でしょ」
「え、【 】くん、もしかして私と二人きりになりたい……」
「わけないでしょ」
彼女がふざけるのも毎度のことなので、僕はあっさりそう告げて先に歩き出す。彼女は「もー、つまんなーい!」と言いながら小走りに僕の影を追ってきた。
僕たちはいつもの駐車場に着き、ようやく話を始める。
「はー、やっと教えてもらえる!」
「君、我慢って言葉知らないでしょ」
というのも、ここにつくまでの間、彼女はずっと「教えてー」とか「まだー?」とか「早くー」とか、そんな言葉を絶え間なく僕に浴びせ続けていたのだ。
「そんなことないですー。いいから、早く教えて!」
「わかった、わかったから」
僕がずいと携帯を彼女の顔に近づけると、彼女はなんとも言えないしかめっ面を浮かべた後、不思議そうにそれを受け取った。そして、まじまじと文面を目で追い始めた。
「えっ、ほんとに?」
彼女は大きく目を見開いてそうこぼした。一応「ほんとに」と返事をすると、彼女の口角はみるみるうちに上の方へ引っ張られていった。
驚いたことに、僕を引き止めた一件のメールには、あの写真が佳作を受賞したと書かれていたのだ。
「冗談のつもりだったんだけど」
「応募させといてひどいこと言うね、君」
「やったー! ワッフルだー!」
「抜かりないね」
僕の言葉はどうやら彼女の耳には届いていないらしく、ごきげんな様子で「ワッフル」と何度も唱えている。
そこへ、タイミングよくみゃーこがやってきた。もちろん、彼女はみゃーこの背中を撫で始める。テンションが高いらしく、撫で方がいつもより少し荒っぽい。
「みゃーこ、佳作だって。賞金だって。ワッフルだって。おごりだって」
「それ半分は君の願望じゃないか」
「みゃーこもモデルになってくれたのにごめんね。ご褒美におやつでもあげられたらよかったんだけど」
少し残念そうに、申し訳なさそうに彼女はそう言った。対してみゃーこは「気にするな」と伝えるように一鳴きして、気持ち良さそうに目を閉じ、彼女の手に身を委ねた。人の敷地で野良猫に餌をやるというのがどれだけ迷惑なのかを僕は知っている。彼女もそれを理解していたようで、みゃーこには悪いが、助かった。
少しの沈黙のあと、何事もなかったように彼女は笑顔を見せた。どうやら、いつもの調子に戻ったようだ。
「ワッフルいつ行くー?」
「君はそれしか頭にないみたいだね」
「そんなことないよぉ。で、いつなら行ける?」
「……明々後日、とかなら、多分」
「よし、決まりね。絶対忘れちゃだめだよ! 絶対!」
「はいはい。じゃあまた明々後日」
僕が家の方へくるりと方向転換すると、「ちょっ、ちょっと待ってよ!」と慌てて引き止める。
「もう帰るの⁉」
「まあ、今日は君のテンションに振り回されて疲れたからね」
「疲れたって、いつものことでしょ。何を今更」
「開き直ったか」
「ていうか、明日も会うでしょ?」
「明日のことなんてわかりませーん」
「あ、そういう逃げ方ずるーい!」
そんな言い合いをしながら歩いていたら、結局二人で帰ることになってしまった。いつもこうして流されてしまうのは、僕の良くない癖だなと思う。
何気なく駐車場の方を振り返ると、みゃーこと目があった。みゃーこはこちらに向かって「にゃあ」と鳴いたが、その声が何を意味するのかは僕にはわからなかった。僕が眉間にシワを寄せると、みゃーこは呑気に欠伸をして、どこかへ歩いて行ってしまった。