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少し甘えるような声で下から顔を覗き込まれる。こんな場面を想像してニヤニヤしている男性は、案外たくさんいるのではないだろうか。まさか、自分がそんな場面に出くわすとは思わなかったけれど。残念ながら、相変わらず僕には何も効果が無い。
「そんな言い方したって無駄だよ」
「えー、他の子だったらやってくれるはずなのになー」
彼女は残念そうにそう言った挙げ句、「ちぇっ」と舌打ちまでしてきた。本当に、なんてやつだ。僕はため息をつく。
「第一、僕に利益がないでしょ?」
「賞金」
彼女は待ってましたと言わんばかりの顔でそう即答した。生々しい言葉に思わず固まる僕。
「賞とったら、賞金出るよ」
「とれると思ってるの?」
「とれるよ。あの写真すごく良いし。何よりモデルが私だからね」
自信満々といった態度でそう言うものだから、「何言ってんのさ」と冷たい視線を送ると、やれやれと大げさに首を横に振って「冗談だよ、冗談。【 】くんは頭硬いね」と返された。いや、あの言い方は冗談とは思えなかったんだが。
「それに、賞の数も多いしね。佳作ぐらいまでは余裕で行くと思うけどなぁ」
「そんなに甘くないと思うけどな」
「甘いとは思ってないけど、この写真ならいける! だから、この通り!」
彼女は両手を目の前でパチンと音を鳴らして合わせて、勢いよく頭を下げた。なぜここまで頼み込むのかよくわからないが、害が無いなら別に良いかと思い、僕は意地を張るのを止めた。
「わかったよ。出せばいいんでしょ、出せば」
「本当⁉」
ねだったお菓子を買ってもらえることになったときの子供のように彼女は喜ぶ。目がキラキラ、あるいはそれを通り越してピカピカという効果音がつきそうなほどわかりやすく輝いている。何がそんなにうれしいのだろうか。
「嘘つく必要ないでしょ。まあ、どうせ通らないだろうし」
「いや、どーだかね! 賞金もらったら佐伯さんとこのワッフルおごってね!」
「それが目的か」
「ばれちゃったか」
そう言いながら、反省する様子もなく笑っている。僕は、彼女のそんな態度に慣れてきたのか、それともつっこむのが面倒になっただけなのか、「まあいいけど」とだけ返した。
「じゃあ応募フォームに必要事項を記入してくださーい」
「はいはい」
彼女から受け取った携帯画面を見れば、個人情報以外の欄は全て埋めてあった。
「出させない手はなかったってわけか」
そんな言葉がこぼれて、画面から視線を戻すと、そこに彼女はもういない。わざとらしく僕から離れて、みゃーこを撫で回していた。
「君って結構強引だよね」
「みゃーこはかわいいねー」
あからさまな棒読み。彼女は少し気持ち悪い声で「うふふふ」と発しながら、にやけている。もちろん、みゃーこを撫でる手が止まる気配はない。彼女に好意を持っている人がいたら、この光景を見てきっと幻滅することだろう。
「無視か」
今度は反応さえないので、呆れてため息をつく。仕方がないので、僕はしぶしぶ応募フォームの入力を始めた。