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「【 】くん、見て。みゃーこが、ついに……」
瞳をキラキラと輝かせながら、彼女は震えた声でそう言う。彼女とここで出会ってから約二ヶ月。彼女はようやく、みゃーこを撫でることに成功していた。
「そうかい、良かったね」
僕が軽くあしらうのを気にする様子もなく、彼女は「みゃーこ」と「可愛い」の二種類の言葉を連呼している。完全に、自分の世界に没頭しているようだ。
その様子を観察していると、しばらくして彼女の手の動きが落ち着いた。みゃーこのもふもふを堪能し終えたのか、と思うと今度はスマホをポケットから取り出した。そして、それを僕に差し出す。
「ねえ! 写真撮って!」
「なんで僕が」
「そこに君がいるから」
「『そこに山があるから』みたいなノリで言われても困るんだけど」
「いいでしょ? 私、自撮り出来ないから。めっちゃぶれるの。だからさー、頼むよぉ」
「あーはいはい、わかりましたよ」
しぶしぶそれを受け取ると、僕はしゃがんでスマホを構えた。そして、カシャ、カシャと二回シャッター音を響かせた。
「はい、どーぞ」
「ありがと。みゃーこかわいい……じゃなくて、これみゃーこだけの写真じゃん!」
「違った?」
「わざとでしょ」
「わざとだね」
「もー! 私が、みゃーこをなでてる写真ね! わかった⁉」
「はいはい、さすがに二回も同じことしないから」
彼女から再びスマホを受け取り、画面をのぞく。しゃがんで二回、今度は立ち上がって三回、シャッター音が鳴った。
「これでいい?」
そう言って彼女にスマホを返した。画面を軽やかな手つきで何度かなぞった後、「ばっちり! ありがとねー」と満足げに笑った。こういう時にしっかりとお礼を言える人は、悪いやつじゃないと思う。
「それにしても【 】くんって写真撮るの上手だね」
感心したようにそう言いながら、彼女は立ち上がった。
「そう? 普通でしょ」
僕がさして気に留めない素振りを見せると、「そうかなー。才能あると思うんだけど」と腕を組んで悩まし気な顔になった。
「あ、じゃあさ、試してみようよ」
「またいきなり」
彼女の唐突っぷりはどうにかならないものか。そうは思いつつも、とりあえず彼女の話を聞いてみることにした。
「最近、ネットから応募できる公募って多いじゃん? だから、それに参加してみようよ。あ、ほら、これとかどう?」
そう言って彼女はスマホの画面をずいと僕に近づけた。「そんなに近づけなくてもちゃんと見えてるから」とこぼして、僕はスマホを手に取り詳細を確認した。
どうやら、動物と人の絆がテーマの写真を募集しているらしい。ネットの応募フォームから応募できるらしく、これが時代の進歩なのだろうな、なんて思う。
「へえ、こんなのあるんだね」
「さっき【 】くんに撮ってもらった写真、ぴったりだと思わない?」
「まあ、条件的にはあってるんじゃない?」
スマホと一緒にそんな言葉を返した。彼女の質問に「はい」なんて答えたら、今後も彼女に振り回されていくのが目に見える。だから僕は、せめてもの抵抗としてそう答えた。
「やってみる気、ない?」