3冊目 2ページ
「君は、何を基準に『生きてる』って言うと思う?」
初めにそう聞いてみた。彼女は顎に手を当てて、「うーん」とわざとらしく首をひねった。が、数秒後には「わかんない!」といい笑顔で返された。「じゃあいいや」と僕は諦めて話を続けることにした。
「僕にとってその基準は、『泣くこと』なんだよ」
「じゃあ君は泣いていないってことか」
「そうなるね」
どうやら、ものわかりは良いらしい。僕が首を縦に振ると、彼女は「なるほど」と小さく呟く。そして彼女は口角を上げてこう言った。
「じゃあ、私が君のこと泣かせる!」
僕は思わず口が開いたままになってしまった。声も出ない。あまりにも突拍子もないことを言うものだから、呆れて「あのさ」と聞き返す。
「君、自分が何言ってるかわかってる?」
「だから、君を泣かせるんだって」
「そこだけ切り取ったら変人だと思われるよ。……ってそうじゃなくて。泣かせるってどういうことさ」
「文字通りだよ」
「じゃあどうやって泣かせるのさ」
「これから考える」
自信満々な様子でそう答えた。僕は彼女と出会ってから何度目かわからないため息を漏らす。
「第一、君に僕を泣かせるメリットはないだろ」
僕が疑問をぶつけると、彼女は「確かにそうかも」とこぼした。本当に、後先のことを何も考えていないらしい。毎度のことではあるが、僕に反論できないのが悔しいようで、彼女は頬を膨らませて黙り込んだ。一応、睨んできているようなのだが、全く怖くない。
「だいたい、メリットとかデメリットとかそういうことばっかり考えるのってどーなの?」
ふてくされながら聞いてくるのに、「自分の損得を考えるのは当然のことでしょ」と僕はさらりと返す。
「もてないよ」
やけくそか、なげやりか。そんな言葉を僕に投げつけてきた。あいにく、僕にダメージはない。
「別に恋人は居なくてもいいし」
僕の答えを聞いて、彼女は「きぃぃぃぃっ! むかつく!」と奇声をあげ始めた。店内に人がいなくてよかった、本当に。
「【 】くんはもてそうだもんねー。そうだよね、もてる人にはわかんないよねー」
そう言いながら、腕を組んでそっぽを向いてしまった彼女。僕は別にかまわないと思っていたのだが、彼女がちらちらとこちらの様子を伺ってくるので、仕方がなく声をかけてあげることにした。
「いや、別にもてないし。もてたくもないし。というか、そういう君こそ彼氏の一人や二人居そうなのにね」
「嫌味?」
「そんなわけないだろ。容姿は整ってるよねって話」
「褒めてる?」
「褒めてるよ」
最後に小声で「一応」と付け足したのだが、どうやら彼女は気が付かなかったらしい。何はともあれ、彼女の機嫌が戻ったから良しとしよう。
そういえば、本題の僕を泣かせるという話はいったいどこへ行ったのだろうか。