拾った
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ゴブリンとかいう醜い生き物の痕跡を辿っていると、聖女を見つけた。
聖女は泥の中で眠っていた。
こんな場面を人に見られるとあらぬ嫌疑をかけられかねないので、人目につかない場所に移すことにする。
連れ帰った先はフィールドワークの拠点。
しばらくすると、聖女は目を覚ました。
水を一杯くれてやったが聖女は首を振るばかり。
代わりにひと言、こうつぶやいた。
「死なせて」
死なせて。
それはつまり、楽にさせてくれということだ。
彼女の気持ちは痛いほどわかる。
なんと言ってもこの拠点は、俺が固有魔法で作り出した簡易ホーム。内部には風呂にキッチン、リビングに寝室と、長期間のフィールドワークを快適に過ごすための設備が万全に備えられている。
このような空間にいれば、快適な生活をしたいと思うのは当然だろう。
だがしかし。
相手が悪かったな。
何を隠そう、俺は重度の天邪鬼。
人の意図を読み解く能力に長け、しかし決して汲み取らない悪魔的存在。
俺がこの拠点で快適に暮らす中で、彼女には死んだ方がマシだと思えるような苦痛を味わってもらうことにしよう。
そうだな。まずは熱湯地獄と行こうか。
嫌がる彼女を無理やり、狭い空間に閉じ込める。
蛇口をひねると加熱された水があふれ出る装置が取り付けられた空間である。
そう、この閉鎖空間で、彼女にはこれから加熱された水を嫌というほど浴びてもらうのだ。
しかもただ浴びるだけではない。
彼女には自らの手で熱湯を浴びてもらう。
なぜならばその方が効率的に上下関係を叩き込めるからだ。俺が直接手を下すまでもない、取るに足らぬ存在なのだということを彼女に自覚させるのだ。
俺は加熱された水の出し方を教えると、一人狭い部屋から抜け出した。地獄のような責め苦を味わうなどごめんだからな。
浴室――じゃなくて閉所空間から熱湯がタイルの床で弾ける音がする。その部屋を抜け出すためには熱湯を浴びるしかないと自覚したのだろう。
賢い奴は嫌いじゃない。
この調子で徹底的に上下関係を叩き込んでやる。
熱湯の流れる音がやんだタイミングを見計らい、扉越しに、彼女に追加の指示を出す。
指示内容は――薬漬けだ。
そう。彼女が今いる閉所空間には、界面活性剤といういかにも劇物そうな成分を主とする薬品が備え付けられている。
彼女には体中いたるところまでその薬品を塗りたくってもらう。
理由はその方が愉快だからだ。
扉の向こう側から「どうして」という問いが投げかけられる。計画の全貌を告げて絶望に叩き込むのもいいが、ここはあえてはぐらかす。
俺が何を考えているかわからない方が恐ろしいだろう?
恐怖は調教におけるもっとも効果的な感情の一つだ。利用しない手はない。
リビングで暇をつぶしていると、すっかり泥汚れの落ちた聖女がやって来た。もともと着ていた泥だらけの衣装は洗濯中だ。その間彼女には、娘のために買った衣服を着せることにする。
聖女という立場ある存在から、一市民と変わらない格好に落ちる。彼女からしてみればアイデンティティが奪われたことに他ならない。
くくく、俺は狡猾な男。
心の折り方の十や百は心得ているのだ。
熱湯地獄、薬漬けの虐待が済んだところだが、まだまだ彼女に休息を与えるつもりはない。
次は、体の内側への虐待だ。
彼女がすすんで熱湯を浴びる中、俺は米を沸騰した水でべちょべちょにしたものに、鳥の卵をぐちゃぐちゃに溶いた、まるでこの世のものとは思えぬ餌を用意していた。
生命を侮辱するかのような食い物を、これまで命は尊いものですと叩き込まれてきたであろう、年端もいかぬ娘に食わせるのだ。
熱湯地獄、薬漬けを耐えしのいだ彼女も、この責め苦は耐え難いものがあったらしい。
ぼろぼろと涙をこぼし、顔をみっともないくらいぐちゃぐちゃにして、咽び泣いた。
意外だったのが、きちんと用意した分を完食したことだ。命を無駄にはできないという精神だろうか。
次からはもう少し量を増やしていいかもしれない。
彼女はここまで3つの虐待を凌いできた。
なかなかしたたかな精神の持ち主らしい。
だが、それならそれで俺にも策がある。
放置プレイ。
そう。
この簡易ホームに彼女一人を取り残し、俺は一人でフィールドワークに向かうのだ。
彼女は俺の意図に気づいたようだ。
あくまで助手という体を装うように「私もお手伝いします! ……いえ、お手伝いさせてください!」と言っていたが無視だ。
テメエみたいな足手まといを連れて行く余裕はねえと断ってやった。
くくく、せいぜい己の無力さに打ちひしがれるといい。
……やられた。
俺がフィールドワークから戻ると、拠点は黒煙で塗れていた。何があったのか。問うまでもない。
「ひぐっ、その、ごめんなさい……、私、何か恩返しがしたくて、でも、料理に失敗して、ひぐっ」
なるほど。
これは先刻、俺が彼女に食わせたどろどろのダークマターに対する意趣返しというわけか。
確かに、この簡易ホームのキッチンは火加減の調整が難しい。俺は細かい味付けがわからん。飯は食えればいいという主義だ。
そこに目をつけて、さも失敗してしまった風を装っているのだろう。
面白い。
何の抵抗もなく躾けられるだけの動物など調教のし甲斐が無いからな。これくらいの反骨精神があった方が虐めがいがあるというものだ。
だが、あと一歩詰めが甘い。
これでは俺の作戦の焼き直しにすぎない。
立案者の俺からすれば、この作戦の穴も分かっている。
「うめえな」
ただ一言、そう言ってやればいい。
くくく、失敗作をうまいと言われるのは屈辱だろう。せいぜい羞恥にもだえ苦しむがいい。
ここで大事なのは、きっちり完食することだ。
言葉で上っ面を取り繕っただけでは意味がない。
きちんと食べきり、態度で「うまい」と示してやるからこそ精神にダメージを与えられるのだ。
俺の予想通り、彼女はすっかり赤面していた。
今日一日ですっかり調教は進んだように思える。
だが、それは誤った目算に過ぎない。
というのも、俺が煙草に火をつけると止められたからだ。煙草は嫌いだったかと問えば、俺の体が心配だからだと言う。
人の心配をするだけの余裕があるということだ。
どうやらまだまだ虐めなければ上下関係は仕込めないらしい。
さて、違和感に気づいたのは、出会ってから数日たった日のことだった。
あの日から彼女は、俺がフィールドワークに向かっている間に食事の準備をしている。
最初の一回を除いて、彼女が料理を失敗することは無かった。彼女の料理の腕前は確かだ。食えればいいの精神で生きてきた俺でも分かる。
だが、どうして彼女は俺に手料理を振る舞うのか。
答えに気づいたのは、なんと7日も経った頃だった。
気づけば俺は煙草をやめていた。
煙草を吸うと舌がばかになる。
それを本能的に忌避したのだろうか。
いや、これは彼女の作戦に違いない。
一杯食わされたというわけだ。
まったく、とんだ悪女がいたものだ。
もっときつく虐めてやらなければいけないかもしれない。
なんて、考えていた日のことだった。
王国の兵士たちがこの森にやってきた。
同業者がゴブリンの巣でも見つけて討伐に来たのかと思ったが、話を盗み聞きしてみるとどうやらそうではないらしい。
兵士らの目的は、聖女だった。
なるほど。
俺の気が緩む一瞬の隙を狙い、救助の要請を飛ばしていたわけか。なかなかやる。
急いで簡易ホームに向かうと、そこに聖女がいた。
王国の兵士たちに、取り囲まれて。
……なるほど。
どうやら、ここでゲームオーバーらしい。
俺は懐から煙草を取り出した。
それから、兵士らに押さえつけられた聖女に向かってこう口にした。
「火ぃ、くれねぇか?」