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3話 変な部活③




 たとえばあなたが、高校に入学したてで、はじめての文化祭を前に胸おどらせていたとする。


 帰りのホームルームで、あなたは早速クラスメイトたちから意見を募った。大多数の希望はお化け屋敷。それはそうだ。僕だって、文化祭と言ったらそういうことをするイメージがある。せっかく高校生になったんだから。中学生の頃にはできなかった、ちょっと大掛かりなものをやってみたい……そんな気持ちを、あなたは多くの生徒たちと同じように、抱えていたことだろう。


 クラスメイトたちが部活に行ってからも、あなたはまだ、教室に残っていた。


 友達数人と。そのなかにはきっと、クラス委員長もいるだろうし、ひょっとすると、あなた自身がそうなのかもしれない。学校行事に参加する意欲の強い人は、えてしてそういう、責任のある役職についているものだから。


 そして、話し合っていた。

 これからどうやって、文化祭を進めていこうか、と。


 出し物決めのじゃんけんに勝ったら、どんなふうにお化け屋敷を、この教室のなかに広げようか、ということを。


 あなたたちは話し合う。

 暗幕を作ろう。カーテンをどこかから持ってくる必要がある。それから、順路を作ってみなくちゃいけない。近くのホームセンターまで、何度か買い出しにいかなくちゃいけないかも。どんな幽霊や、妖怪を出してみる? ……あなたたちの会話は、この新しい高校生活における興奮と混じって、どんどん盛り上がっていく。(まだ、じゃんけんで勝てると決まったわけでもないのにね。)


 そのうち、だれかが言った。

 あなたかもしれないし、あなたの友達なのかもしれない。

 そのことは、どっちだっていいんだけど。


「実際、この教室って、歩いてみたらどのくらい広いんだろうね。」


 ふつうに考えたら、ただ机のあいだを縫うように、歩いてみるだけだったかもしれない。


 きっと僕も、自分が中学校にいたころだったら、そうしたと思う。


 でも、あなたたちは、それだけでは満足しなかった。


 なぜなら、日早高校の教室には、大きなロッカーが備え付けられているから。


 教科書も、資料集も。

 全部そのロッカーのなかに詰め込まれていて、ひとつひとつの机の中身は、たいていの場合、ほとんど空っぽで。


 動かそうと思えば、かんたんに、動かせてしまうからだ。


 あなたたちは机を押したり引いたりして、動かしていった。

 実際にお化け屋敷を作ってみたとき、どういう風に順路を作るか……気の早いことに、その場で机を壁に見立てて並べることで、シミュレーションしてみた。


 きっとあなたたちは、そのうち、自分のバッグをどこかの机の上に置いただろう。

 だって、そんな風に物を動かすんだったら、肩にかけたり、床に置いたりしているのだって、邪魔になる。


 そしていまこの時期は、まだ新しいクラスの春のうち。きっと、机のうえに置かれたバッグのなかに、『自分たち以外のだれか』の持ち物が紛れ込んでいることに、気づかないことだってある。


 机は動かされた。

 そして、それを動かしているうちに、バッグもまた、本来あった机の上から、動かされた。だって、上にものが乗っている状態で動かすよりも、上に乗っているものを横にどけてから動かす方が、ものを落とす心配がなくて、安全だから。


 それを何度も繰り返して……満足したあなたたちは、帰りの電車に間に合うように、教室を後にすることにした。


 後片付けは、すごく簡単だった。

 だって、どうせ机の中には、だれも、なにも入れていないはずなんだから。


 日早高校では、机も椅子も新品同然で、入れ替わったところで、だれも気にしたりはしないんだから!


 そして最後に、あなたたちみんなが気がついた。これから帰ろうと、みんながバッグを持ち上げたとき、ひとつだけ、余っているものがあったことに。


 でもだいじょうぶ。

 今度は、気がついたのは全員だから。


 だれかひとりくらいは、そのバッグがだれのものなのか……覚えている人が、いたはずだ。


 そのだれかひとりは、覚えているとおりに、そのバッグを、持ち主の机のところに置き直した。


 そうして、状況はできあがる。


 机はすっかりシャッフルされてしまったのに。

 目印になる、その席の人の荷物だけが、残されてしまった状況が。



QQQ



「く……、」


 どういう経緯を辿ったのか。

 いちばん後ろの机の引き出しに、たんまりと入っていた猫缶を片手に、わなわなと震えながら、後輩くんは口をもごもご、なにかを言いたそうにしていて。


 だから、僕は。


「どうぞ。言っていいよ。」

「くっだらねーーーーー!!!!」


 まあそうだよね、と。

 僕もいっしょになって、うなずいた。


 その横で埜井さんは、口元にシャーペンの頭を当てながら、ぼうっと天井をながめている。

 たぶん、この話をどうやったら漫画に使えるのか、考えているんだろう。(僕は、いくらなんでも使いようがないと思うけど……。)


「いや、でも、すんませんした。いっしょに探してもらっちゃって。」

「いや、全然いいよ。べつに僕らがいなくたって、君も教室のなかを探すくらいのことはしただろうから。どうせ、そのうち見つかっただろうし。」

「……どうかな。頭に血が上ったせいで、『盗まれた!』ってことしか考えらんなくなってたし……。」


 いやでもほんと、と。


「ありがとうございました。」

 と、後輩くんは頭を下げた。


 というわけで、どういたしまして、と僕も頭を下げて。

 一件落着。


 なんだけど。


「……うーん……。」

 埜井さんの方は、まだ試合の途中らしい。


「なにか使えそうなところはあった?」

「……ものがシャッフルされるって話は面白いかなと思ったんだけどね。でも、ネタ明かしでこれだとちょっと拍子抜けかなあ。よくスパイものなんかだと、荷物が入れ替わっちゃって……っていうスタートがあるけど、謎の形式によって『それを全体のストーリーのどこに置くか』っていうのを考えなくちゃいけないのかも。」

「もののシャッフルかあ……。」


 うーん、と僕も、同じように首をかしげて。


「やっぱり、ものがシャッフルされた意図……ホワイダニットに着目する方が、話としては面白いのかな。今回の場合は『猫缶を盗む目的』なんて高校一年生にはほとんどないだろうっていう『ホワイダニットへの繋げられなさ』から『偶然と不注意が犯人』っていう結論にしたんだけど。」

「あ! そういうことだったんだ。……うーん。なるほどね。動機が成立しないからそもそも意図はなかった、っていうのは面白い……面白いんだけど、うーん……うーん……。その『動機のなさ』ってどんな状況っだったら面白くなるのかなー……。」


「……あのー。」

 後輩くんが、控えめに。


「いったいなんの話を……先輩たちって、ミス研かなにかか?」

「あ、ううん。ちがうちがう。ごめんね、置いてきぼりにしちゃって。」


 その疑問に、埜井さんの思考もようやく現実側に戻ってきてくれたらしい。

 笑って、ペンを持った手を軽く振りながら、彼女は、


「散歩部です。」

「さん……?」


 後輩くんの目線が、僕らの足元に向かう。


 言いたいことはわかる。

 歩いてないじゃん、って。


 去年から、さんざんクラスの友達から言われてきたので、今さらもう一度言われなくても、わかる。


 いまの僕たちのふるまいを見たあとなら、「いやどう見てもミス研(ミステリー研究会)じゃないか。」と思うのも、痛いほどよくわかる。


 でも、実際、僕たちはそうじゃない。


「ふだんの活動は、土曜日なんだ。きょうは、ええっと……、」

「番外編みたいな感じだね。」

「あ、そうそう。」


 はあ、と。

 わかったような、わかってないような、という顔でうなずく後輩くん。


「それは、どういう……?」


 訊かれれば、僕らは顔を見合わせて。


「歩いて……。」

「埜井さんの漫画のネタを発見する部活。」

「たまたま今は私で、漫画で、ってだけだけどね。ほんとうは、だれがなんのネタを探してもだいじょうぶ。」


 まだまだわからない顔の後輩くん。

 ということで、僕らは散歩部がどうやって立ち上がって、現在はどういう形を取っているのか、懇切丁寧に、噛みくだいて、一から十まで説明することにした。


「ええっと、それじゃあつまり……。」


 そして、その結果。


「文化系の人が、たまに歩いてるだけの部活、ってことすか。」

「そうなるね。」

「そうなっちゃうね。」


 うなずいたら、なんだか自分でも「なんなんだこの部活は。」という気持ちがわいてきてしまった。

 となりを見ると、やっぱり埜井さんも同じ気持ちなのだろう、同じような顔をしていて。


 一方で、後輩くんは。


「……それって、この日早高校に残された、伝説の『意味のわからない変な部活』ってことじゃないすか。」


 そう、なぜだか。

 わなわなと、肩をふるわせながら。


「まあ、たしかにそのとお――、」

「あの、俺!!」


 僕の言葉をさえぎって、大声で、後輩くんは言った。


「動画配信して有名人になってちやほやされるって夢があるんす! で、そのために部活を設立して、部費を使いながら活動してみようと思ったんすけど、生徒会に却下されて! でも、あれっすよね! 文化系ってことなら俺の活動もその『散歩部』の――、」


 そこまで言ってから。

 なぜだか急に。


 ピシッ、と。


 後輩くんの顔が、凍りついた。


「……? どうかしたの?」

「ああ、いや……。」


 僕の質問にも、目をそらしてしまって。


「なんでもないっす! いや、ほんと、先輩がたありがとうございました! どっかでバイト先でも探して、地道に活動していきたいと思うッス! うっす! よろしくっす!」


 急にたたみかけるように彼は言うと、さらに「おつかれっす! さよならっす! お気をつけてっす!」と帰りのあいさつ三段活用を披露して、かばんと猫缶をつかんで、ぴゅーっと教室から飛び出して行ってしまった。


 残されたのは、僕らふたり。

 なんの縁もない、一年生の教室で。


「……なんだったんだろうね。」

「ね、ね~! なんだったんだろうね!」

 僕がつぶやいてとなりを見れば、埜井さんも困ったようにうなずいていた。


 勢いのある後輩くんだった……、で片づけてしまっていい話なのか。

 もう少し考えてもいいような気がしたけれど。


「と、とりあえず帰ろうか。添観くん。」

「ああ、うん。そうだね。」


 しかし僕は、目と鼻の先につるされた『埜井さんと平日にいっしょに下校する』というすてきなイベントを前に、冷静さを保ってくれはしなかった。


 教室を出る。

 きっと、シャッフルされたままだろう、机と椅子に、背を向けて。


 そのとき僕は、だらしなくにやけてしまいそうになる顔を、埜井さんに見つからないよう、そっと手で、押し下げて。


 ひょっとすると、と思った。


 もしかして、後輩くんが、あのあと「散歩部に入りたいです。」と言い始めそうだったから。

 埜井さんとふたりきりの部活ではなくなってしまいそうだったから。


 それで、ひょっとして、僕は彼をおびえさせるほどの怖い顔を、無意識のうちにしてしまっていたのだろうか。


「……まさかね。」

「え!? 添観くん、なに?」

「ううん。なんでもないよ。」


 もしそうだとしたら。

 悪いことをしたから、彼に今度、なにかをおごってあげようか。



 …………やっぱり、猫缶がいいのかな。

 人でも、食べられるようなやつ。




(3話・了)



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