3話 変な部活①
どうにかできるはずだと思っていたことができないというのは、とても悲しいことだった。
「えーっ! ダメなのかよ!?」
「逆に訊きたいんだけど、なんでいけると思ったんだよ。すっとこどっこい一年坊。」
俺はいま、生徒会室にいた。
そして目の前にいるのは、市立日早高校の生徒会長。ポニーテールで、俺よりふたつ上の学年、つまり三年生。
入学式で在校生挨拶をしているのを見たときから思っていたけれど、きりっとした感じの人で、そしてその印象にたがわず、はっきりきっぱり、そいつは言った。
「『ブラックバス部』だか『バスストップ部』だか知らないけど、ダメ。」
「『バズ部』だっつの! SNSとか動画投稿サイトでバズるのを目的にした部活! 同じくらいの年なんだから、んなジジイババアみたいな言い方すんなって!」
はいはい、と生徒会長は、めんどうくさそうにうなずいた。
本当に、わかってもらえてるんだろうか。俺の、この熱意が。
「どこがダメだっていうんだよ。頭ごなしに言われたって、納得できないぜ。」
「じゃあお前、もう一回言ってみ。部活として承認された場合の、部費の使い道。」
「当面は、撮影用の猫の飼育費と、その横に立つ俺の猫コスプレのためのグッズ費と、一緒に食べる用の猫缶費にあてる。」
はあーっ、といやみなため息を、生徒会長は吐いた。
そして、ふるふると頭を振ると、俺が提出した『部活動承認申請書』を机の上ですーっとスライドさせて、突き返してくる。
「面接は以上になります。慎重な検討の結果、誠に残念ながら、『バズ部』設立に関する申請については、意に添いかねる結果となりました。大変恐縮ですが、どうぞ市立日早高校部活動会則に対するご理解をいただけますと幸いです。……おら、冷やかしは帰れ帰れ。」
「ビジネスみたいにやるんだったら、最後までちゃんとやれよ!」
「こっちも文化祭準備があるから、いちいちお前みたいなオモシロ人間の相手、してらんないんだよ。OBOGに講演依頼とかしなくちゃいけないし……。つーかお前はもうちょっと生き物を飼うってことについて真剣に考えろ。生物部にでも顔出して教えてもらえ。」
生徒会長が、しっしっ、と俺に向かって手の甲を振る。
すると、横からぬっと別の生徒会役員たちが出てきて(たぶん、それぞれ副会長と書記だ。まだ生徒会役員として就任して数ヶ月も経っていないはずなのに、すっかり飼い慣らされている。)、俺を羽交い絞めにすると、ずるずるとそのまま、部屋の外へと引っ張っていこうとした。(そして恐ろしいことに、このふたり、絶対に柔道部だろうというくらいにいかつい体格をしている。)
「ま、待ってくれよ! だって、日早高校は意味のわからない変な部活がたくさんあるって、そう聞いて受験をがんばったのに……!」
「残念ながら、意味のわからない変な『部活』がたくさんあったのは、もうずっと昔の話だよ。古いやつは、意味がわからなくて変だから、人が集まらなくてほとんど絶滅したし。新規立ち上げは非公認の『同好会』扱い。ま、同じような生徒を集めてなんかする分には、もちろん学校も許可してるから。部費の支給はできないけど、めいっぱい高校生活を楽しんでくれ。」
「そんな! それじゃあ今日の昼休みに、ホームセンターで買ってきちまった猫缶の代金は……!」
「自腹に決まってるだろ。」
「学校あてで領収書を切ったんだぜ!?」
「燃やしとけ。」
そうして。
ぺいっ、と。
俺は、生徒会室の前に打ち捨てられて。
ばたん、と無慈悲に、ドアは閉じた。
QQQ
俺の目的は、いたって単純。
人気者になって、ちやほやされたい。
俺はいまどきの若者だから、SNSや動画投稿サイトをしょっちゅう、スマホで見ている。そして、そこに映るたくさんの『テレビに出たり、出なかったりする』人気者たちを、夜寝る前とかに、よく見ている。
中学二年生のある日のこと。
俺は、ただ見ているだけじゃなく、見られる方にも回ってみたいと、ふいに思った。
けっこう、顔は悪くないと思う。(というか、かなり良い。その証拠に、前に東京に行ったときは、二回行って二回とも、芸能事務所ってやつからスカウトを受けた。なんだか東京って怪しいイメージがあったから、その場では走って逃げちまったけど……。)
だから、素材はとりあえず、十分。
あとは、どういう風に人気者になるか(こういうのを、『バズる』って言ったりする。……ちょっと意味がずれちゃってるか?)っていう、戦略の問題だった。
色々考えてみた結果、動画の投稿の方をメインにしてみることにした。SNSは、どこでどういうステップを踏めば人気者になれるのか、結局よくわからなかったからだ。
その点、動画の方は、色々な人気のカテゴリーがあって、それに合わせてちゃんとやっていけば、堅実に人を増やせるように見えた。(『堅実』って言葉が、すでに若者っぽくないって意見はノーセンキューだ。若者にもいろいろある。)
だから俺は、さらに考えを進めた。
どんな動画を出したら、人気になれるのか。深く、深く、考えてみることにした。
そうして辿り着いたのが、
『かわいい猫の隣で、猫耳のコスプレをしながら、猫缶を食べ比べする』
というアイディアだった。
考え付いたとき、俺は自分に眠るとてつもないプロモーションの才能に気がついた。生徒会長は全然取り合ってくれなかったけれど、でも、これは完璧な戦略なのだ。訊かれたら、だれを相手にしたって俺は、胸を張ってこの理屈を説明できる。
①かわいい猫がいる。(かわいい動物は人気がある。)
②かわいいコスプレがある。(かわいい人間は人気がある。)
③猫缶を食べ比べしている。(食べ物の動画は人気があるし、激辛だったり、大きな魚だったり、ふだん食べないようなものだと、さらに人気が増す。)
完璧だ。
このうちのたったひとつでさえ、運がよければ人気者になれるっていうのに、重ねて三つ。一流の野球選手は三割の打率だっていうし、三打席まとめて打てば、まずまちがいなく、ヒットになる。
あとの問題は、それをこなすための資金だけ。
それも、この日早高校で、部費をもらえれば、なんとかなるはずなのに。
「ならなかったな……。」
ちょっとくらい、くれてもいいのに。
校舎も、机も椅子も、新品みたいにぴかぴかの、リフォームしたばかりの学校みたいな感じなんだから。
金だって余って……いや、むしろ、そのリフォームで金を使い切っちっちまったのかな。
はあ、と肩を落として、俺は廊下を歩いていた。
外は雨。俺の気分と、だいたい同じような感じ。
でも、落ち込んでばかりいたってしかたないってことも、わかっている。
あんな風にきっぱり正面から断られてしまった以上、人気者になるためには、また別のやり方を考えなくちゃならないのだ。
「いいアイディアだと思ったんだけどなあ……。」
「え?」
「えっ?」
そんな風にひとりごとをつぶやいていたら、急に後ろの方から、声が聞こえてきた。
びっくりして振り返ると、上履きの色が青色……つまり、二年生の、女子生徒が立っていた。その人もその人で、振り返って、おどろいた顔をしていた。
「あ、ごめんね。話しかけられたのかと思って……!」
「ああいや、俺の方こそすんません。」
ひとりごとの声が大きすぎて、その先輩への呼びかけみたいに聞こえてしまったらしい。
ぺこ、と俺は頭を下げてから、それをきっかけに「いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないぞ。」と決意を新たにして、歩きだした。
これからどうするかを考えなくちゃいけない。
当面のところ、いちばん最初に考えるべきなのは、「どうせあとでもらった部費で補充できるし。」と思って大量に買い込んでしまった、猫缶をどうするか、っていうことだ。
なにせ十種類をふたつずつ、計二十個。安いものもあれば、高いものもあったから、その総額なんと……口にするだけでもおそろしい!
俺の考えついたアイディアを、どうにか実現する方向でいくか。
それとも、一旦このアイディアは断念して、フリーマーケットのサイトを使って猫缶を売却、それである程度かけた資金を回収するか……。
「うーん、難しい……って、またひとりごとが。」
怪しい人みたいだ、俺、と。
それもひとりごととしてつぶやいて、いつの間にか教室に。
猫缶は、エコバッグに入れて持ってきて、ぜんぶ机の中にしまってある。(日早高校のいいところは、教室の後ろのロッカーがばかでかいことだ。おかげで、必要なものはそっちに突っ込めるから、中学のころみたいに置き勉グッズのために机の中身をパンパンにする必要がない。)
だから、自分の席に行って、とりあえず家に持ち帰ってからいろいろ考えてみよう、と思って。
のぞきこんで。
「…………あれ?」
猫缶が、なくなっているのに、気がついた。