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2話 労働③




「え?」

 と言ったのは、僕が会話していたバイトさんじゃなくて、埜井さんだった。


 ついさっきまで店長さんを相手に、いつものアイディアと妄想の境目みたいな話を繰り広げていた彼女は、僕の方に向き直る。


「添観くん、謎が解けたの?」

「え、うん。」


 そんな大げさな言われ方をするようなことかな、と戸惑いながら僕が答えると、「おいおいおい。」と店長さんが割り込んできた。


「なんだね、君たち。そのあからさまに『探偵と助手』みたいな会話は。うらやま……いや、そうじゃない。探偵役ときたらいまどき、カフェの店主と相場が決まっているだろう。まあ待て。俺が完璧な推理を見せてやる。そうだな、こういう時限爆弾を送ってくるということは、おそらく時間……いや、時計に関するこだわりのある人間だ。そして俺に時計を贈ってきたことのある人間は、これまでかつて二五人。そのうちで爆弾を使うこともいたしかたあるまいというグレードの時計を贈ってきたのは、だいたい七人だから、容疑者はまず神奈川県在住の――、」

「ややこしくなるから、おっさんは黙っててもらっていいか?」


 バイトさんの容赦のない一撃で、店長さんはしょんぼりと沈みこんだ。(『おっさん』って言うほどの年じゃないと思うけど……。)


「それでそれで? 添観くん、だれがなんの目的で、あの時限爆弾を置いていったの?」

「時限爆弾かどうかは、開けてみないことにはわからないけどね。」


 でも、と僕は言った。


「たぶん、あれはやっぱり、ただの忘れものなんじゃないかな。」

 ちょっとだけ、探偵気分になって(つまり、頼られたことで調子に乗って)、そんな風に。


「忘れもの?」

 バイトさんが、僕の言葉を繰り返す。


 それから、「いやいや」と。


「だから、客はひとりも来なかったんだって。さすがに昨日から置いてあったら、私だって気づくぞ。開店するときに、テーブルとかそういうの、拭いてるんだから。」

「うん。だから、郵便屋さん……配達屋さんって言った方がいいかな。そういう人が、置いていったんじゃないかな。」


 ぴたり、と。

 バイトさんの動きが、止まった。


「……あ。」

「やっぱり来てた?」

 じゃあ当たりだ、と。

 クイズ問題に正解したときのような、すっきりした気持ちで、僕は続きを口にした。


「まず、あそこにあるゲーム機。」

 指差せば、「あっ。」と埜井さんが声を上げる。


「あれ新しいのだ……いいなあ。今日発売だっけ?」

「うん。僕も朝、ニュースで見たんだ。仕事が始まる前に急いで買いに……ってことも考えなくはなかったんだけど、通販で頼んだものを、ここで受け取ったって考えた方が自然かなと思って。たぶん、店長さんのだよね?」


 ああ、とバイトさんはうなずいた。

 そうだろうと僕は思う。郵便受けに爆竹を入れられるような家に住んでいたら(冷静に考えてみると、いったいどんな家なんだろう? 防犯を強化するか、警察に通報するかした方がいいと思う。こっちの方が、よっぽどミステリーだ。)、私的な宅配物の受け取りを自宅じゃなくて職場でやるようになったって、そんなに不思議じゃない。


「そのときじゃないかな。宅配袋のなかにゲーム機を入れておいた配達屋さんが、それを取り出すときに、ボックス席に置いた。で、渡すだけ渡して、忘れていっちゃった……。どうかな。これなら『お客さんがひとりもいなかった』『いらっしゃいませを言った記憶がない』って前提でも、成立すると思うんだけど。」

「…………。」「…………。」


 店長さんとバイトさんは、顔を見合わせて。


「……どうだったっけ。バイトくん。」

「いや、配達が来たのはたしかにそうだし、言われてみれば……。」

 ないような、と言い合うふたりは、やっぱり自信がなさそうで。


「あれ、でもさ。」

 埜井さんが、そこに疑問を重ねてくる。


「配達屋さんって、宅配袋なんて使うっけ。」


 どうだろう、と僕は、わからないことは素直に。


「たしかに僕も、配達ってだいたいトラックで来るようなイメージがあるけど……ほら、最近って、個人で配達する人も多いみたいだし。」

「ああ、出前みたいな。たしかに、たまに見るかも。東京だとすごいんでしょ?」

「らしいね。で、ほら。ここってサイクリングロードの近くにあるから……。」


 なるほど、と埜井さんが左の手のひらにハンコを押すみたいにして、手をぽん、と鳴らした。(かわいい。)


「自転車で、個人で配達してる人がいるかもしれない、ってことだ。そういえば来週の『うらうら』でもそういう展開になるって予告、あったかも……。」

「うん。流行だし、短期のアルバイトとかでね。それならあのバッグも……。」


「わかるな。」と言ったのは、それまで黙って聞いていた店長さんだった。


「ああいう配達用のバッグって、自分で用意しなくちゃいけないらしいからな。ちゃんとしたのを買うのがめんどくさくて、家の倉庫にでも眠ってたやつを、ひっぱりだしてきたんだろ。」


 金が欲しくて働くのに、前準備で金を使ってたら本末転倒だからな、と。

 はたしてどのくらいそれが本当のことなのかよくわからないことを店長さんは言って(だって、このお店を始める前にしなくちゃいけなかった準備って、配達用のバッグを買うのなんかより、ずっと高くついたんじゃないかと思う。)、深くうなずいた。


「なるほどな。なんだかそんな気がしてきたよ。」

 と店長さん。


「うーん……あんまり意識してなかったけど、たしかにそうだったかも。客以外の忘れ物っていうのは、盲点だったな。」

 とバイトさん。


「よっ、名探偵!」

 と埜井さん。


 ふふふ、と僕。(自分で言っていて、声がでれでれすぎて恥ずかしかった。)


「そうとわかれば、なんてことなかったな。じゃあさっさとあのバッグをよけて、いらっしゃいませお客さまって感じで……。」

「――あいや、待たれい。」


 すっく、とバイトさんが立ち上がるのを、店長さんが時代劇みたいな口調で止めた。(本当に変な人だと思う。なんなんだろう、この人は。)


「なんすか、店長。」

「なんすかじゃないよ、バイトくん。たしかにこっちの少年探偵のおかげで、あのバッグを置いていたのがだれなのかは見当がついたが……。」


 店長さんは、僕の方をちらりと見てから、「しかしね。」と続ける。


「配達員が時限爆弾を届けに来たという可能性だって、十分にあるのだよ。」

「ないだろ。」

「あるのだよ。」

「ないだろって――いや、待てよ。本気であるのか? 配達員との因縁が?」


 バイトさんが、疑いの目で、店長さんを見た。

 店長さんはそれを、自信のなさそうな顔つきで、見つめ返した。(はたから見ていた感想だけど、自信満々の顔つきより、かえって本物っぽくて怖かった。)


「いや、いやいやいや……ないだろ。ないよな?」

「バイトくん。現実を見たまえ。得体の知れないバッグ。中で『カチコチ』と音がする……。この条件から、時限爆弾以外を出す方が、むしろ不自然というものじゃないか?」


 困ったように、バイトさんが僕らを見た。

 だから僕ら……つまり、僕と埜井さんは、顔を見合わせた。


 一秒。


「はいっ!」

 と手を挙げたのは、埜井さんだった。


「はい、それじゃあそっちの……ほわほわしてる方から。どうぞ。」

 バイトさんが、学校の先生みたいにして、埜井さんを指名する。


 すると埜井さんは、人差し指を顔の前に立てて、目をつむって、どことなくミステリアスぶった声で、こう言う。


「これはね、『カチコチ』って言うのがミスリードなんだよ……。」

「って言うと?」

「実はそれは時計の『カチコチ』じゃなくて、凍ったものが『カチコチ』っていう音なんだ。だからそのバッグを開けるとなんと大量の高級アイスが入っていてハッピーエンド……。」


 マジなのか、という顔で、バイトさんは(なぜか)僕の方を見た。


「それ面白いね。」

「わ、そう!? 添観くんもそう思う?」


 マジなのかお前も、という顔で、バイトさんは(今度は『なぜか』じゃなく)僕の方を見た。


「うん。漫画の擬音なんかで『カチコチ』って意味をすり替えて使うんだったら、結構『おおっ。』ってなるかも。」

「へへー。うれしい……けど、ちょっとメタっぽいネタになっちゃうかもね。使うときは、もうちょっと工夫しなくちゃ。」


「漫画?」と首をかしげるバイトさんに、「あ、こっちの話です!」と埜井さんは頭両手を振って、それから。


「漫画のネタとしてはともかく、ふつうにやったら推理失敗だね。添観くんは、どう? このあいだみたいに名推理は?」

「うーん……。」


 なんだか、本当に探偵役みたいになってしまっているけれど。

 でも、そんなにポンポン推理が出てくるわけがない。だって、ミステリーなんて、それこそ子どものころに読んでいた漫画とか、本とか、母さんがよく見ている刑事ドラマを横から見るくらいでしか、知らないのだ。


「身もふたもないことを言えば、『配達するものの中に時計も混ざってた』ってところなんだけど……。」

「おいおい、その程度か。少年探偵。」


 反論は、店長さんから飛んできた。


「時計なんてこわれものを運ぶときは、厚めに梱包するだろう。さすがにその包みとあのバッグの厚みを貫通して、外まで秒針の音は聞こえてこないさ。」

「どっから目線でしゃべってんすか、店長。」


 バイトさんが突っ込んだけれど、でも、言っていることはもっとも。


「うーん、たしかに……。」

 そう言って、埜井さんが左の手首につけた、黄色い腕時計に目をやる。


「このくらいの音だと、そのままバッグに入れちゃわない限りは聞こえないよね。」

「うん、そうだね。時計、時計か……。」


 僕はふだん、腕時計をつけていない。(いつも携帯で時間を確認してしまう。)

 だからぼんやり、埜井さんのその手のあたりを見ながら、時計に関するイメージをふくらませて……。


「あ。」

 気がついた。


 配達するからだ、と。


「なにか思いついたようだな、少年探偵。」

 もう自分の立ち位置をすっかり見失っていそうな店長さんが、めざとく言う。


「はい。ええっと……。」


 僕はその流れに、あえて逆らうことはしないで、従って、


「店長さんも、腕時計はしてないんですね。」

「うん?」


 訊ねられて店長さんは、自分の左の手首に目をやった。


「ああ、そうだな。ふだんはつけてるんだけど、やっぱり料理や洗い物をしてるときは邪魔になるからな……。」

「あ。」

 今度は、バイトさんが声を上げた。


 それから、「もしかして、」という顔で、僕を見た。


 僕がそれにうなずけば、意を決したらしく、彼女はずんずんと問題のバッグのところまで歩いていってしまう。


 危ないぞ、と店長さんが言うのも、もう聞かない。

 そして僕も、もうほとんど自分の推理に確信を持っている。


 だから、一緒になって、バッグのところまで歩いていって。


 バイトさんと、顔を一瞬だけ見合わせて。


「開けるぞ。」

「うん。」


 がばっ、とそのバッグの口元を大きく開けば。


 そこには、腕時計がそのまま入っていて、『カチコチ』と鳴っていた。




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