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2話 労働②




 そのとき私と店長のいる店に入ってきたのは、わかりやすくそれぞれ暖色系と寒色系のカップルだった。


 どっちも年は同じくらいで、ひょっとすると私と同じ高校に通ってるのかもしれない。(そうだったらちょっと厄介な問題に発展するわけだけど、一旦それよりも明らかに厄介な問題が目の前に横たわっているので、言及するのは後回しにしよう。)


 暖色系の方が女子。肩甲骨くらいまでの茶色っぽい髪で、全体的にシルエットが丸くて、眉がちょっとふとい。リスとハチミツとクマの支配する森からつい最近出てきました、って感じの雰囲気。


 寒色系の方が男子。ひんやり冷たくなってそうなくらい黒い髪で、手足がすらっとしていて、右の目の下に泣き黒子がある。図書館とか、博物館とか、そういうのに似た洋館に住んでいて、ふだんは本を読んだりチェスをしたりしてます、って感じの雰囲気。


 そんなふたりが、のこのこと入ってきた。


 いつもなら「漫画みたいにわかりやすいカップルが来たな。」と思いつつ接客するところだけど、しかし今日このときだけは、そうもいかない。


「出てけ、出てけ! 危ないぞ!」

「え?」「えぇ……?」


 ぽかん、とあっけにとられるカップル。

 そりゃそうだ。私だってこのうららかな春の午後に、表向きだけはこじゃれた喫茶店に足を運んできて、いきなりこんなことを言われたら、そういう反応になる。なんだったら、「いったいここはどういう店なんだ!」と怒り出すかもしれない。(その点、まったく同じ角度で首をかしげただけのこのカップルは立派だ。こういう穏やかな人間と友達になることが、幸せへの近道なんだと思う。)


 でも残念ながら、その正しい反応は、この場では不正解だ。


「ええい、仕方ない!」

 店長がガバっと動いた。


「え、ちょっと何を――」「え? え?」

「いいから君たち、こっちへ!」

 やたらにでかい声を出しながら、店長がカップルに駆け寄っていく。そしてそのふたりの手を引いて、別のボックス席の陰にずざっ、と滑り込んだ。


 そして私も、店長のあまりの気迫につられてしまって、同じところに、少し遅れて滑り込んだ。


 ふう、危なかった、と。

 店長が額を服の袖でこすって、かいてもいない汗を拭きとれば、ようやく一段落。


「あ、あの……。」

 女子の方が、控えめに小さく、手を挙げて言う。


「ええっと、なんていうか……。」

 しかし、どうもなにを訊いたらいいか、よくわからなかったらしい。(そりゃそうだ。)


 困ったように、女子が男子の方を見る。

 すると、その男子が少しだけ考えてから、こう言った。


「お店のなかに、毒蛇でもいるんですか?」

「馬鹿言っちゃいけないぜ、君。」

 その質問に、店長が間髪入れずに答える。


「ちゃんと衛生なんちゃらかんちゃらみたいな許可をもらって営業してるんだ。盲導犬以外の動物はこの店には立ち入りできないさ。あるのはね、もっと恐ろしいもの……。


 ――――爆弾、だよ。」



QQQ



 なにいってんだろ、この人。

 と。


 僕はめちゃくちゃ思ったし、「ここって変なお店なんだろうなあ」と完璧に理解したし、「あ、そうなんですか。大変ですね。」とだけ応えて、別の(変じゃない)お店を探しに行こうと思った。


「ば、爆弾!?」

 でも、埜井さんはそうじゃなかったらしい。


 ふたりいる店員さんのうち、若い方が店長さんということはないだろう……(だって、僕らと同じくらいの年に見えるし、いくらなんだって若すぎる。)、だからたぶん、こっちが店長だろうという男の人。その人が言った『爆弾』という言葉に、埜井さんは目を輝かせて食いついていた。


「えぇ……。」と僕は一瞬だけ、心のなかで思った。


「き、聞いた!? 添観くん、爆弾だって!」

「そうだね、すごいね。」

「ねー!」

 でも、興奮した埜井さんが楽しそうだったので、すぐにその思考はゴミ箱に捨ててしまうことにした。


 なんだっていいじゃないか。まだ市立日早高校散歩部の土曜日の活動は終わっていない。文化的創造の種になるようなハプニングはいつだって大歓迎だ。


「あ、でも不謹慎かな。爆弾で喜んだりしたら……。」

「そんなことないよ。」

 どうせ爆弾なんてないんだし、という部分だけは口にしないで、僕は埜井さんの心のブレーキを外してみた。


 すると一瞬、埜井さんはふんすと鼻息を吐くような笑顔になってから、実にイキイキとその(暫定)店長さんに質問を始めた。


「爆弾って、どれですか!?」

「あれだよ。」


 びっ、と店長さんが指をさす。

 僕らはその先に、むむむ、と視線を動かしていく。


 そこには、バッグが置いてあった。

 あまりきれいってわけじゃない。ああいうのは、いったいなんて呼んだらいいんだろう。作業着みたいな薄青色で、形はぐでぐで。倉庫から一ヶ月ぶりに取ってきました、というくたびれ具合で、ところどころに洗濯機につっこんだくらいじゃとても落ちそうにない、年季の入った汚れがついている。


 確かに、結構大きくて、爆弾を入れようと思えば、入れられないこともない。

 気がする。

 ……するかなあ?


 キラキラした目でそれを見つめ始めてしまった埜井さんに代わって、僕は訊いた。


「あの、どうして爆弾だって思うんですか?」

「君、電車に乗ったことはあるかい?」


 反対に、店長さんから質問される。

 そりゃあ、一回くらいは電車に乗ったことはあるので(だいたい僕は電車通学だ。)、僕は「はい。」と素直にうなずいて答える。


 すると、「それだよ。」と店長さんは言った。


 どれなんだ。


「『電車内で不審物を発見した際は~』ってアナウンス、聞いたことがあるだろ?」

「……そうですね。あります。」


 たしかに、よくそういう駅内放送が流れているように思う。

『電車内で不審物を発見した際は、近くの駅員にお知らせください』とか……一言一句、はっきり覚えてるわけじゃないけど、そういうことをよく、アナウンスで伝えられている気がする。


 もっとも、日早市を通っているのは、ニュースでよく見る東京の押し合いへし合いの景色のそれとはちがって、通勤時間帯だって運が良ければ簡単に座れてしまうような人気の少ない路線だから、そんな怪しいものの実物は、一度だって見たことはないけれど。


 でも。


「もしかして……。」

「ああ。ああいうのは、爆発物……テロの話をしてるんだよ。つまり、不審で見覚えのないものが置かれていたら、それは大抵の場合、爆弾だってことだ。」


 そんなことはないと思う。


「な、なにか心当たりがあるんですか……?」

 明らかに好奇心を抑えきれない様子で、埜井さんが尋ねる。


 すると店長さんが苦い顔をする一方で、その横の店員さんが、


「こいつ、恋愛関係ややこしくて恨みを買ってるんだよ。よく家の郵便受けに爆竹を入れられてるし、腹に刺された跡が残りすぎて、あの『タルの中に入った人形に順番に剣を刺していって、ブスッってなるとビョーンって飛び出すやつ』の人形が紆余曲折あった末に命を得た、みたいな身体になってるらしい。」


 なんだか急に、あれが爆弾だということに信憑性が湧いてくる、貴重な証言をしてくれた。


「へええ……。」

「バイトくん。余計なことを言うのはやめろ。また悪い噂が立つだろ。」

「事実なんだからしょうがないっしょ。」

「煙のないところに火はない、ということわざを知らんのか。」

「そんなことわざはないし、そうやって色んなことをごまかしてきた結果が、この現代社会のありさまだろ。」


 一理あるな、と言って店長さんは、バイトさんの言葉にうなずいた。

 なんだかよくわからないが、一般的に想像される『店長とバイト』の関係とは、ちょっとこのふたりは違っているらしい。なんかちょっと、変だ。(お店と同じで……と思ったけど、よく考えるとお店自体はやっぱりきれいでおしゃれだし、このふたりだけが特別ちょっと変で、それでお店ごと変に見えているのかもしれない。とんだ巻き込み事故だ。)


 それはともかく。


「……あの、それじゃあ、ふざけてるわけじゃなくて、本当にあれが爆弾だって可能性もあると思ってるんですか?」

 僕がそう訊ねると、


「失礼な。俺はいつだって真剣だよ、君。」

「まあ残念ながら、可能性はゼロじゃないってところだな。」

 店長さんもバイトさんも、それぞれの言い方で、それを肯定してくれた。


 だから僕は、深く、こう思った。


 危ないから、帰ろっと。


「そ、それじゃあこれから、爆弾解除ですか!? 見学してもいいですか!?」


 けど、僕がそう思っても、埜井さんはそうは思ってはくれないらしかった。(たとえそれが好きな相手とであっても、自分じゃない人と一緒にいるっていうことは、残念ながらたいていの場合、そういうことだ……。)


「危ないよ。埜井さん。」

「そうだけど……ほら、すぐに警察に連絡して、爆弾処理班とかに来てもらえばいいんじゃないかな。そうしたら、安全な状態でゆっくり見られるし。」


 警察か、と店長さんが言った。


「あんまり連絡したくないな……。いい思い出がないんだ。」


 どんな店なんだ、ここは。

 と、僕が思っていると。


「どんな人生歩んでんすか、店長。」

 バイト先まちがえたかな、とポニーテールのバイトさんが言った。


「じゃ、じゃあどうするんですか。えっと……店長さん?」

 と、埜井さん。


「ああ。まあここにいる人間だけでどうにか爆弾を解体するしかあるまい……。」

 と、店長。


「ええっ! じゃあ、私たち、これから『赤い線と青い線、いったいどっちを切れば爆弾が止まるんだ。』ってやつを、生で?」

「ああ、やることになるだろうな。」

「すごい! あの、私、ちょっと離れたところで見てていいですか?」

「あ、えっ、俺だけでやる感じ……?」


 埜井さんは水を得た魚のように店長さんを質問攻めにしていて、店長さんもどこまで本気なんだかわからないような受け答えをしている。


 はあ、と。


「帰りてえ……。」「別のお店に行きたい……。」

「お?」「え。」

 僕と、バイトさんのため息を吐くタイミングが、ぴったりそろった。


 彼女は僕のことを、じっと見て言う。


「……そっちのあんたは、そんなにふわふわしてなさそうだな。」

「……まあ、そうだね。」

「爆弾処理ができたりは?」

「いや、それはできないけど。」


 そもそも、と僕は言う。


「本当に爆弾なんてこと、あるの?」

「……いや、十中八九はそうじゃないとは思うんだけどな、私も。」


 ただな、と彼女は言う。


「なーんか、本当に怪しいんだよ。あのバッグ、いつから置いてあったのかわからないんだ。」

「別に、お客さんが忘れていったのに気づかなかっただけなんじゃ?」


 喫茶店のなかは、広いとは言えないけれど、狭いとも言いきれなかった。


 カウンターの奥からお店の全体は見渡せる……注文のために「すみません。」と声をかければ、店員さんがどこに立っていようと、またお客さんがどこに座っていようと、まず聞き取れると思う。


 でも、たとえばお客さんが入れ替わり立ち替わりで席を着いたり離れたりすれば、『いつの間にか見覚えのないものがそこに』なんて状況も、ふつうにありうるくらいの広さなんじゃないかと思う。


「いや、それはないんだよ。」

 でも、バイトさんは、首を横に振った。


「朝から客は、ひとりも来てないんだ。」

「…………。」


 大丈夫なんだろうか、このお店。

 爆弾がどうとか以前に、出されるメニューの出来に、不安が湧いてきた。


「今朝から『いらっしゃいませ。』って言った記憶がないんだ。そうなると、本当に『知らんやつがこっそり店の中に入ってきて、バッグを置いて去っていった』ってことになる。……爆弾じゃないにしても、あんまり近づきたくないだろ、こんなの。」

「いや、でも……。」

「しかもな。」


 僕が言おうとするのを遮って、彼女は言った。


「中でカチコチ音がしてる……時計みたいな音が。」

「…………。」


 いや、まあ。

 なんというか、あまりにも漫画っぽくて、かえって『それはないだろ』と言いたくなるけれど。


 でも、まあ。

 それはたしかに。



「そこまで言われると怪しいかもね。

 それさえなければ、『だれがなんの目的で』って、予想はついてたんだけど。」




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