表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

エピローグ 会えてから



 

「ふん、ふふ~ん♪」


 最近の埜井さんは、歩くとき常に、ちょっとスキップしている。

 さすがに僕も、「それでいいのか。」と思わないでもない。


「最近雨続きだけど、きょうは晴れてよかったね、添観くん!」

「うん。」


 それは、たしかに。

 僕も、同感ではあるんだけど。



 僕らはまた、活動をしていた。

 もちろん、散歩部の。


 文化祭からもう二週間……ふたたびやってきた、土曜日。


 文化祭が終わってから少しして、日早市は梅雨入りした。

「ギリギリだったな。」とは会長さんが言っていたことで、なんならもう少し、文化祭の日程を来年からは早めてもいいかもしれない、なんて話もしていた。(そして「おまえの来年の仕事だな。」と唐突に話を振られた猫耳小僧くんは、とても困惑していた。文化祭のメインステージを使うために、色々と会長さんにこき使われて、その仕事ぶりを気に入られてしまったらしい。)


 けれど幸い、きょうは晴れ。

 春の名残と、初夏の気配が混じり合った、薄緑色の季節。


 そのなかを、僕と埜井さんは、歩いていた。


「半袖だとまだちょっと寒いね~。」

「長袖だとちょっと暑いけどね。」

「じゃあ七分袖だ。あはは。」


 浮足立つ、という言葉を、これほどわかりやすく説明してくれる人も、埜井さんのほかにはいないと思う。

 ほんとうに、あの文化祭……正確に言うなら、『裏の裏の浦島』の漫画家先生の謎を解いたときから、ずっとにこにこしていて、うきうきしている。


 それもそうか、と僕も思う。

 だって埜井さんは、その憧れの漫画家先生と、連絡先を交換できたんだから。


 自分の出した謎を解かれたこと、それからその講演が成功したこと(ちなみに、ものすごくリアルな魚の被り物をして現れた。)をよろこんで、また、「いまでも散歩部に漫画担当がいるのが、なんだかうれしいから。」っていう理由で。


 しかも今では週に一回、先生のところでアシスタントとして、アルバイトをする約束まで取りつけられたんだから。


 そりゃあ、そのくらいよろこんだって、なにも不思議なことじゃない。

 ……のかな?


「あのさ、添観くん。」


 なんてことを考えていると。

 先を歩いていた埜井さんが、ふいに、振り返った。


「ん? なに?」

「ありがとね。」


 僕は、少しだけ考えた。

 なにについてのお礼だろう、と。


「……講演で僕がほとんど司会をしてたのなら、気にしなくていいよ。定型じゃないところの原稿は、埜井さんが作ってくれたんだし。埜井さん、カミカミすぎてなんか、心配だったし。」

「そっちじゃなくて! ……いや、そっちもだけど!」


 あまりにも噛みすぎて、次の日、口内炎が三つできたらしい。(それでも埜井さんは懸命な人なので、文化祭当日は熱々のたこ焼きにすら尻込みせずかぶりついていた。)(そして涙目になっていた。)


「ほら、謎解きとか。いつもそうだけど、添観くんに、色々助けてもらってるから。」

「べつに解けようが解けまいが、なんの問題もないようなものばっかり解いてる気もするけど……。」

「……そんなことないよとは言えないけど、でも、先生のはそうだったでしょ!」


 いやいや、と僕は言おうとした。

 たしかに、ちょっとくらいは埜井さんのお手伝いをしたけれど、最後の暗号を解いたのは、まちがいなく彼女の力だ。


 だから、あんまり大したことはしていないよ、と。


 言う前に、「というわけで。」と、埜井さんはカバンから封筒を取り出して。


「はいっ。」

 と、僕に手渡してくれた。


「これって……。」

 見覚えがあった。


 あんまり、自分では使わない。

 というか、全然。


 でも、埜井さんが使っているのは、何度か見たことがある。


「漫画の、原稿?」

「そう! ……お礼って言ったらなんなんだけど。読んでほしくて。」


 埜井さんの描いた漫画を読んだことは、当然、何度かある。

 でも。


「このあいだ先生から、『せっかく描いてるなら、もう新人賞に出しちゃえば?』って言われてね。で、たしかに私と同じくらいの年でデビューしてる人もいるから、挑戦してみようと思って。」

「じゃあ、これが応募原稿?」

「ううん。」

「え?」


 訊ね返すと、埜井さんはちょっと、はにかんで。


「逆。これからしばらく、そういうのを描くから、今ここで描いちゃわないと、できなくなっちゃうと思って。」

「…………? なんだかわからないけど、わかったよ。」

「うん。なんだかわからないと思うけど、わかって。」


 手渡されたそれを持って、僕はちょっとだけ、あたりを見回した。


 すると、ちょうど、近くにベンチがある。

 バス停のだけど、でも、このあたりは実は、めったにそのバスが来ない。半分田舎で、半分都会。そんな日早市の田舎成分は、バスの本数に現れたりしてる。


 だから、その場所に座って。

 じっくり読ませてもらおうと、封筒から原稿を取り出して、ページをめくり始めた。


 タイトルは、まだついていない。

 主人公は、高校生の女の子。


「埜井さん、これってさ……。」

「しーっ。」

「……?」

「ちょっとだけ、なにも言わないで読んでみて。」


 そう言った彼女の表情が、すごく真剣だったから。

 それじゃあ、僕も真剣に。となりに埜井さんがいることすら忘れてみて、まじめに紙面に、集中してみる。


 主人公は、高校生の女の子。

 そして彼女が将来目指しているのは、漫画家。


 彼女は漫画のネタを探して、学校のなかを、学校のある街を、歩き回る。

 ちょっとドジで、大げさで、情けない。よく失敗をするし、探偵役にするにはちょっと頼りない、そんな女の子。


 それをサポートするのが、パートナーになる男の子。

 冷静で、大人びていて、主人公の彼女をこれでもかってくらいに褒めてくれて、いつでも味方でいてくれる。そんな少年。ちょっとおかしなくらいに、女の子のことを、過大評価してる。


 女の子と男の子は、ふたりで日常の、ささいな事件を解決していって。


 そして、最後は。

 女の子は、男の子に。


「…………。」


 もしかして。

 もしかして、とは思うんだけど。


 僕にとって、いちばん都合のいいように解釈していいっていうなら。


「埜井さん、これって――。」


 顔を上げる。

 でも。


「……あれ?」

 埜井さんの姿は、なかった。


 ぽかん、としてから。

 僕は考え始める。


 どうして埜井さんが、これを読んでいる途中の僕を放り出して、どこかへ行ってしまったのか、ってこと。


 これもたぶん、僕の都合のいいように考えるなら。

 たとえば。


 途中で、恥ずかしくなっちゃった、とか。


「…………。」

 原稿を、封筒の中にしまい直す。


 最後まで読んだ感想を、心のなかで言葉にする。


 でもまさか。

 この漫画がどんな意味を持っているのか、『最終的な判断を、自分でしてしまう』わけにはいかないから。


 立ち上がる。


 そして、埜井さんが、どこに隠れてしまったのかを考える。

 いつもみたいな、推理の時間。


 少しずつ謎を解きながら、僕は彼女に伝えたいことも、いっしょに用意をし始める。


 たとえば、さすがに『天使』だなんて思ってないよ、とか。

 埜井さんが思っているより、僕は埜井さんのことを、ちゃんと見てるよ、とか。


 むしろ、目の前のことに気づいてないのは、相手のいいところだけを見過ぎちゃってるのは、埜井さんの方だよ、とか。


 あとは、そう。



 あなたと会えてから、毎日しあわせです、とか。



 そういうことを伝えるために。

 僕はいつもみたいに、歩き始めた。





 市立日早市高校散歩部の土曜日は、きょうもうららかだ。





(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すっきりさわやか面白かったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ