4話 成功⑧
たとえば、あなたがものすごい漫画家さんだったとする。
あなたは母校の文化祭で講演を頼まれた。
そりゃあ、すごい漫画家さんなんだから、そんなこともある。
でもあなたは、それが嫌だった。
なぜなら……ええと、こういう言い方もなんだけど。
ちょっと、変な方向に自意識が過剰だったからだ。
自分の話なんて、だれも興味がないって、そう思っていたからだ。
高校生たちがきらきらしたステージをやる合間に、のこのこやって来て、だれも自分に興味がない状態で、ぼそぼそと喋る……そんな辛気臭い未来を、絶対に起こるものだって、思い込んでしまったからだ。
だからあなたは、そのオファーを断った。
もっといい人に……なんて言って。
しかし、あなたには後悔の気持ちもあった。
それはそうだ。あなたは、自分の母校がそんなに嫌いじゃない。そうじゃなければ、わざわざ断りのためだけに、校長先生を訪ねてきたりしない。
せっかく声をかけてもらったのに、失礼だっただろうか。
いやでも、だれにも興味を持たれないようなことをするのも……。
そんな風に悩んでいたあなたに、ふと、ひらめきが訪れた。
そうだ。
もし、自分に興味のある生徒がひとりでもいたなら。
それなら、この講演だって、それほど嫌なものにはならないんじゃないか、って。
だからあなたは、謎解きを思いついた。
その謎を解き切れば、自分の下へと辿り着ける。そんなゲーム。
そして考えた。
だれを相手に、そのゲームをしかけようかを。
漫画研究会がいちばんいいだろうか……いや。ここはやっぱり、自分がかつて在籍していた部活を相手にするのがいいだろう。
つまり、散歩部。
そこの現役の生徒を相手に、謎解きの挑戦をしてみよう。
あなたは、散歩部の部室の前に立った。
予告状のひとつでも置いてみようか。そんなことを考えて。
でも、タイミングのいいことに、目当ての現役散歩部員は、あなたに声をかけてきてくれた。
だから、その時点で目的は達成。自分がここにいたことを知らせれば、それでいいからだ。それだけですっかり、ゲームスタート。だから、部室の中まで入る必要は、なくなった。
あなたは、家に帰っていく。
そして、むかし自分が書いた家の塀の落書きの裏に、自分の携帯番号と鍵となる日付を、暗号化して書き込んだ。
あとは、ただ待つだけ。
それだけで十分だと、あなたは思っていた。
もしも、あの散歩部員が、自分のことを気にしてくれたなら。
自分が『裏の裏の浦島』の作者かもしれないということに、辿り着いてくれたなら。
そして、散歩部がちゃんといまでも活動をしていて、『裏の裏の浦島』をちゃんと読み込んでいて、町にあるその落書きを、自分と結び付けてくれたなら。
ちょっとした暗号も、諦めずに解いてくれたなら。
もう、大丈夫。
安心できる。
きっと、この学校には。散歩部の後輩には。
自分が文化祭で講演したとしても、ちゃんと興味を持ってくれる人間が、かならずひとりはいるはずだって。
自分が講演する意味はあるはずだって。
信じられる、ようになる。
これは、実はたとえばの話ではなくて。
実際に、こんなことをしたことがある漫画家さんから、『種明かし』として聞いた話なんだけど。
あとのことは、一気に飛ばしてしまって、結果だけ書くことにしよう。
講演は、大成功だった。
(4話・了)




