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4話 成功①



 たぶん、天使だと思われてる。



 ということに気がついたのは、夜、部屋の掃除をしていて、中学生のころによく使っていた落書きノートを見つけて、そしてその中に書いてあるオリジナルキャラクター(天使・13万7000歳・見た目は14歳・記憶がない)を見つめていたときのことだった。


 自分がむかし描いたものを見るというのは、つまり自分を見つめ直すっていうことだ。

 だから、「ひゃー。このころ下手だったなー。」っていうちょっとした気恥ずかしさみたいなものも、自分のこれからの上達のためになると思って、私は耐えることができる……いや、うそ。ほんとうは、来週からの定期テストの勉強がめんどうくさくなって、現実逃避をしているだけだ。(なんと、日早高校には定期テストが月一で存在する! もう丸一年を過ごして慣れたつもりだったけど、中学時代のことを思い出したら、なんだかげんなりしてしまった……。)


 でも、そんな現実逃避のおかげで、ハッと気がつくことができた。


 添観くんのことだ。


 市立日早高校には『散歩部』という不思議な部活がある。私はその部活が『不思議だ』という一点に飛びついて、美術部や漫画研究会ではなくそこに入ったわけだけど、どういうわけか、もうひとり、この不思議な部活には部員がいる。それが、添観くん。


 添観くんと私の仲は、長くもなければ短くもない。

 そして、深くもなければ、浅くもない。


 でも、さすがに察するところがある。



 添観くんは、たぶん、私のことが好きだ。



「…………だよね?」


 春の夜、自分の部屋の中。

 いま使っている方のノートにぐるぐると落書きをしながら、私はできるだけ客観的に、冷静にと、考えている。


 でも、やっぱり何度考えても同じ。

 添観くんは、私のことが、好きなんだと思う。


 だって、状況証拠はそろっている。


 べつに文化系の部活に興味もなさそうなのに、職員室で「さすがに部員がひとりじゃなあ……。」と先生から苦言を呈されていた私に、「ふたりならいいんですか。」って、助け船を出してくれたし。(ちなみに、添観くんがどうして職員室にちょうどよくいてくれたのかは、いまだにわからない。彼はけっこう、謎が多い。)


 手さぐりで部活の計画を立てていたときになんとなく決めてしまった、『毎週土曜日の午前中に活動』って方針を、ずっと守ってくれてるし。無遅刻、無欠席だし。(あとになってから、日早高校の同好会レベルでは月に一、二回、平日に活動というのがスタンダードだと知った。べつの友だちから「高校生の土曜日なんて、友だちと遊んだりとか、色々やりたいことあるじゃん。」と言われて、思わず私は「たしかに……。」と納得だった。)


 あと、最近は月に二回、土曜日に、あの時限爆弾つきの喫茶店で、お昼ごはんもいっしょに食べるようになった。(私の財布の中身はどんどん軽くなっていく……。あのお店で、新しくアルバイトに入れたりしないかな?)


 そして、極めつけといってもいいと思うけど。

 添観くんは、私と話してるとき、すっごくにこにこしてる。


 もう、びっくりするくらいに。


 目が合うと、廊下の先にいてもニコッと笑ってくれる。(そして私はとなりにいた友だちに「なにいまの?」と訊かれて、「へへ……。」と薄気味悪い笑いを返す羽目になる。)


 そう、まちがいじゃなければ。

 勘違いじゃなければ、添観くんは私のことが、好きなのだ。


 よしんば勘違いだったとしても、法廷闘争に持ち込めば、詐欺罪で慰謝料をせしめることができるくらいには、私のことを『好きそう』なのだ。

 

 でも、なんでなんだろう、と考えていて。

 どうして私みたいな漫画おたくを相手に……と思っていて。


 そして気がついた結果が、さっきのやつ。


 天使だと思われてる、ってやつ。


 心当たりは、それならある。

 日早高校の入試の日のこと。添観くんの受験票が流されていくのを、川にじゃぶじゃぶ入っていって、拾って戻ってきたこと。あれは我ながら、けっこうかっこよかった。


 漫画を読みすぎている人間っていうのは、私に限らず『これから大事な場所に向かうとき、目の前に困っている人がいたら、絶対にその人を見捨てず助けた方が、結果としてはよい方向に物事が進んでいく。』と刷り込まれている。


 これは絶対にそうだ。たとえ私は『あと五分でこの五億円の宝くじの換金期限が切れてしまう!』という状況でも、目の前に『風船を木に引っかけて泣いている子ども』がいたら、そっちを優先する。


 実際に自分になにかいいことがある……とは夢にも思わなかったけど、おかげさまで夢みたいな状況になってるんじゃないかと思う。


 つまり。

 こう……あけすけな感じの話に、なっちゃうんだけど。


 いかにも漫画に出てきそうな、かっこいい男の子に、たった一回そんな親切をしただけで、やたらめったらめっぽう好かれるみたいな、そういう、状況。


 いちばんいいところだけを見て、びっくりするくらい好きになってもらえたって。

 そんな、おどろくべき、都合のいい展開が。


「へへ……。」

 私はいつもみたいに薄気味悪い笑いを洩らしながら、しかしふと、もっと考えるべきことがあることに気がついた。


 そう、いちばんいいところだけを見られてるってことは。

 ああいう場面で、ああいう行動を取ったっていうだけで、天使かなにかだと勘違いされてるっていうことは。


 べつに実際には天使でもなんでもない、どこにでもいる漫画のおたくだってことがわかってしまったら。



――――埜井さんって、そんな人だったんだね。僕はすっかり、幻滅したよ。



 そういう展開も、あるってことじゃないかって。


「い、」


 いやだ~~~~~と。


 たっぷり五秒くらい、机につっぷして。

 うなりをあげて。


 集中が切れちゃったからしかたない、と定期テストの勉強も掃除も切り上げて、文化祭でやるクラス演劇のポスターのラフにちょっと手をつけて。


 最近の散歩部の活動の中で溜めたネタを使った漫画を、ちょっとだけ描いて。


 お姉ちゃんが「お風呂空いたよ」と部屋のドアの前で言ったので。


 私は素直にお風呂に入って、だらだら知らないアイドルのMVを見ながら髪を乾かして。


 寝た。



 人、それを現実逃避と言う。

 


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