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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
伯爵令嬢と三番目の求婚者
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6 キングスフォード家の保険

「ヘンリエッタ様も、戻られたらいかがですか」


 ギルバート王太子が嵐のようにやってきて去ったあと、クリスが言った。

 王太子の承認を得て事件調査に持って行こうとしたアテが外れ、なぜか王太子にも大人しくしてろと釘を刺されたヘンリエッタは、自力で頑張ることにする。


「わたしが戻ったら、クリスさんはうちの事件の調査をやめる?」

「それは……また別の話と言いますか」

「同じ話よ。事件調査をするなら、わたしに相談して欲しいの。ここには、弟と同じだけの知識があるから」


 自分の頭を指して、ヘンリエッタは言った。


「え? しかし、造船業について知っているのはたしか…」


 クリスは困惑した。

 キングスフォード家がここまで独立系貴族としてやってこられたのは、分業化で職人の知識を限定して技術漏洩を防止、造船と貿易の独占を守ってきたからに他ならない。

 すべてを知るのは家長と跡取りのみ。


「わたしは保険です。家長と跡取り、一度に失ったら、すべてを知る者がいなくなってしまうでしょう。だから、キングスフォード家では他家に嫁ぐ娘が保険の役割を果たして来たの」

「ちょ、ちょっと待ってください! 今のお話はキングスフォード家の秘密ですよね?」

「クリスさんは秘密を知って脅すような人じゃないわ。それに、代々婚家には伝えられてきた話よ。いざという時、うちの代わりに立ってもらわないといけないから。わたしの前の保険は、レテ王国に嫁いだ叔母なの。叔母の知識は少し古いけど、今うちが全滅して、陛下が再興を望んでくださるなら、叔母をお引き立てくださればいいわ。…もし、クリスさんに、うちの事件を放置しておけないお気持ちがあるなら、わたしを帰さないで」


 まっすぐな、強い気持ちをヘンリエッタはぶつけた。

 しかし。


「お帰りください、ヘンリエッタ様」


 クリスは、ヘンリエッタの望む答えをくれなかった。


「分かりました。じゃあ、家に帰って、勝手に動きます」

「ヘンリエッタ様!?」

「あなたの指示に従わなかったら自宅謹慎すると父と約束したけど、指示に従って家に帰ったあとの約束はしていないの」


 屁理屈だと自分でも思ったが、ヘンリエッタも引けなかった。

 今、疲れ果てている彼を放っておきたくないと、心が強く叫んでいたから。




「エルマーくん、ちょっといいかしら。明日、店番をお願いしたいの」


 緊迫した空気の中、呑気な声が割り込んで来た。

 タッジー・マッジー店主ジュニパーだ。

 二人が話していたのは、彼女の店のバックヤードだったから。


「あ、はい、もちろん!」


 ヘンリエッタは飛びつくように返事をした。


「じゃあ、詳細は明日説明するわ。よろしくね」


 ジュニパーが去ったあと、ヘンリエッタはクリスを見た。


「お世話になりました。帰れと言われたので帰ります。明日、またここには来ますけど、お気になさらず」

「こんな夜に帰るのはやめてください。普通に危ないですから。帰るのは…明日の店番の後にお願いします」


 クリスが、仕方なくといった感じで言った。


  *


「ジュニパーさんの予定が変わって、店番するの、夕方になったんです。せっかくだから空いた時間は有効活用しようと思ってます。一応、報告しておきますね」


 翌朝。ヘンリエッタは、クリスの住む部屋の前で待ち伏せして言った。

 クリスは盛大にため息をついた。


「そんな報告を受けて、私が『はい、どうぞ』と答えると思いますか?」

「思いませんわ。でもどうせ家に帰されるんですもの。それなら、あとは好き勝手にやるだけです」

「分かりました。事件調査のときにはあなたに相談しますから、今日一日、私の仕事に同行していただけませんか」




 ヘンリエッタを伴ったクリスは、最初に視る者協会に行った。

 視る者やその関係機関を束ねる国の最上位組織。

 場所は、クリスの住む長屋から道路ひとつはさんだ向かいにあった。

 というのも、長屋は、安全エリアと呼ばれる魔法が使えない特別な区域にあり、安全エリア内に視る者の関係機関は集中していたのだ。


 総務官の部屋の前で十分ほど待ったあと。


「今日は安全エリア内で作業することになりましたから」


 総務官と話をしてきたクリスがヘンリエッタに言った。


(わたしを危険にさらさないよう、調整したってわけね)


 安全エリア内は、クリスを狙ったマッキンレイの刺客の心配が少ない。

 ヘンリエッタは「はい」とだけ答えて、笑顔を浮かべた。


(さすがジュニパーさんだわ。疲れてるクリスさんに休養日をあげるには、わたしが仕事に同行するよう仕向けるのがいいって)


「よお、クリス」


 大柄な中年男性が、通りがかりにクリスに声をかけた。気心の知れた間柄の人のようだ。


「おはようございます、アンディさん」

「今なら長官いるぞ。顔見せてきたらどうだ」


 長官。視る者協会のトップで、クリスの父親であるアンダーソン伯爵。すでに母親を亡くしているクリスには、たった一人の家族だ。


(わあ、クリスさんのお父様かあ…どんな方かしら? マッキンレイが公式には始末しろと言えないようクリスさんの立場を固めた人だもの。きっと、とっても息子ラブな人よね)


 悪く言えばマッキンレイの言いなりになることで摂政の座を許されたアンダーソン伯爵にとって、視る者協会は唯一、マッキンレイから切り離された彼独自の権力基盤。そこにクリスを所属させることは最大級の保護だった。

 ヘンリエッタは、勝手に仲良し親子を想像してワクワクした。

 ところが。


「用もないのに行きませんよ」


 クリスは、やや迷惑そうに言った。


(…あら?)


「用がなくても親の顔ぐらい見に行ってやれよ」

「ケジメにうるさいのは長官の方です」


(あらあら? クリスさんはお父様に対して、大好きって感じではなさそう…?)


「相変わらずだなあ、親子そろって」


 取りつく島もないクリスに対し、アンディは仕方のない奴だといわんばかりの温かい笑みを浮かべると、クリスの髪をわしゃわしゃとやって「じゃあな」と去っていった。


 クリスは少し顔を赤くして、

「ここには子どものころから来ているので、いまだに子ども扱いする人もいるんです」

 と、言い訳するようにヘンリエッタに言った。


(うわあ、うわあ…子ども扱いされて照れるクリスさん、かわいいっ)


 ホームグラウンドで肩の力を抜いたクリスの様子に、ヘンリエッタの胸はもう最高潮にキュンキュンした。

 このとき、クリスを子ども扱いしたアンディが、父親代わりの存在だったことは後になって知った。


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