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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
伯爵令嬢と三番目の求婚者
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5 乱入者は嵐のように

「おまえだろ? キングスフォード伯爵が寄越した協力者って。何ができるんだ? こいつ、疲…忙しいんだよ」


 ヘンリエッタとクリスが話をしていた部屋に突然、乱入してきた王太子ギルバートは、ヘンリエッタの前に立つとぶしつけに言った。

 王子だから偉そうな態度も許されるわけだが、まだ名乗りあってもいないのに、それはどうなんだとヘンリエッタは思う。


(…とはいえ、これはチャンスだわ。わたしに事件調査ができると殿下に認めてもらえたら、クリスさんも従わざるを得ないもの)


「自分では、何でもできるつもりです。そもそも一人で動くつもりでここに来たので」

「なんだ、それなら話は早い…って、おまえ、女みたいな声してんな? 顔も…」

「ヘンリエッタ・キングスフォードです。殿下」


 みずからヘンリエッタは名乗った。

 正体を隠したまま事件調査させてもらう方向に持っていこうとしても、クリスに阻まれるのは目に見えているからだ。


「は?」


 ギルバートは、目を点にした。

 舞踏会で会場中の視線を集めた美少女と、目の前のちんけな少年が同一人物だとは思えなかったらしい。


「じょ…」

「冗談ではありません」


 そう言ったのは、クリスだ。

 信頼できる筋からの駄目押しに、ギルバートはあからさまに混乱した。


「魔法で整形した?」

「目の色以外、いじってませんわ。髪はカツラです」


 ヘンリエッタは黒髪のカツラを取った。

 丸めてピンで留めていた髪も解放する。

 ピンクゴールドの髪がさらりと背中に落ちた。

 余談だが、ピンクゴールドの髪は国内では珍しく、魔法でも作れない髪色のため、希少価値がバカみたいに高い。伯爵令嬢ヘンリエッタの最大の付加価値だった。

 しかし。


「舞踏会のときと目の大きさがちがう!」


 ピンクゴールドの髪を見てもなお、信じたくないらしく、ギルバートがわめく。


「あれは化粧です」

「詐欺っ!」


 冷たい声でヘンリエッタが彼の中の幻想を粉砕すると、とうとう涙目になってギルバートが叫んだ。


「それは…わたしもそう思います」


 ヘンリエッタが同意すると、逃げ道を失ったギルバートは「嘘だろ~」と、頭を抱えた。


(わあ…トラウマ作っちゃったかな、コレ…)


 だが、貴族令嬢の化粧美人は常識中の常識。魔法整形だって少なくない。舞踏会の盛った姿がそのまま素顔などという幻想は、早めに捨てた方がギルバートのためだ。


「殿下。ヘンリエッタ様に言うべきことがあるのでは?」


 クリスがそう言うと、打ちひしがれていたギルバートはハッと顔をあげた。

 そして、舞踏会のときのような、真面目な貴公子然とした態度で頭を下げた。


「すまなかった。あなたの名誉回復のために、最大限努力する」


(あら。心から悪いことをしたと思ってくださってるのね)


「過ぎたことはかまいませんわ。そういえば、殿下の想い人はどんな方ですの?」

「え? そんなのいないけど」

「え? でも、あの場にいる女性とは結婚しないと。あの場には、貴族の未婚の女性がほとんど集まってましたわ」

「国内の女性と結婚して、特定の貴族に権力を持たせるのはつまらんだろう。正直、僕はあのマッキンレイの女が嫌いだ」


 母である王妃の相談役、ブレンダが嫌いだとギルバートは言い切った。

 ブレンダはもうマッキンレイではなくアンダーソン伯爵夫人なのだが、その言動と影響力から影ではマッキンレイの女王と呼ばれていた。


「身分の低かった母は、父王に見初められ、父に嫁ぐためにマッキンレイの養女になった。それがあの女をのさばらせた。同じことを繰り返したくない」


(殿下は真剣にこの国のことを考えていらっしゃるんだわ)


 それも、とてもまっすぐに。

 ギルバートに期待したくなったヘンリエッタは口を開いた。


「恐れながら、殿下。殿下は魔法使いでいらっしゃいます」


 ヘンリエッタは、ギルバートの痛いところをついた。

 嫌な顔をされるかと思ったが、ギルバートは落ち着いた表情のまま、「ああ、そうだな」と認めた。

 彼はすでに、自分の抱える、切っても切れない負の要素としっかり折り合いをつけているのだ。


 そう。

 王のひとり息子であるギルバートは、視る者上位で魔法使いを管理してきた国の、代々視る者を輩出してきた王家に、魔法使いとして生まれてきた。それも、人口一千万人の国の中で十人にも満たない、最強のAランク魔法使いとして。


 生まれた当初は、全国民から凄まじい拒絶反応を受けたという。王子が魔法使いだなんてあってはならない──きっと何かの間違いだ──間違いは正されるはず……。

 王子が魔法使いでも国民から歓迎されると思って素直に公表した王は、周りの反応に驚き、慌てて摂政に泣きついた。摂政も魔法使いの王子は容認できないとの立場だったが、王は『あんな可愛い子を殺せるか』の一点張りで頑として譲らなかった。それは、愛と芸術の世界に生きる王らしい顛末だった。

 結局、自身も視る能力者で視る者協会長官だった摂政が、王子の監督責任を負うと表明し、王子が生きる道を拓いた。


 そして。

 特別な視る能力者で、礼儀正しく優秀だったクリスと、ギルバート王子が出会う。

 クリス、十歳。ギルバート、六歳。

 幼少期はそれなりに問題のあったらしいギルバートを、クリスは周囲から一目置かれる理想的な王子へと変えた。

 ギルバートは王子として国民に受け入れられ、クリスもその才能を視る者協会に必要とされ、彼の存在を否定するマッキンレイに対して強力な盾を得た………。


 ほんの少しの間、クリスとギルバートの絆の原点に思いを馳せたあと、クリスが育てたまっすぐな王子を、ヘンリエッタは見定めた。


「諸外国の魔法使い政策が排除であることは殿下もご存知だと思います。諸外国の魔法使いへの嫌悪感は、魔法使いと共存しているこの国の比ではありません」


 それは、家業の関係で外国に行ったことのあるヘンリエッタが、肌で実感したこと。


「ですから、もし殿下が外国との縁組をお考えなら、実現させるのは難しいと存じます」


 ギルバートは並々ならぬ努力をして次期国王の座を確保し、国内貴族の令嬢から憧れられる王子様になったが、国外貴族にそれは通じない。

 ヘンリエッタの指摘に、ギルバートは苦笑いを浮かべた。


「ハッキリ言ってくれるな。あれ? そういえば、おまえ、視る能力者って話じゃなかったか? それも上位の。どうして僕を怖がらないんだ?」


 上位の視る者にとって高ランク魔法使いは恐怖の対象だ。

 ヘンリエッタは、にっこりと微笑んだ。


「簡単ですわ。我が父と陛下は、十年前からわたしと殿下の結婚の約束を交わしておりました。それで、五年ほど前から殿下が都にいらっしゃる折に、国王陛下の側仕えのふりをして遠目にお姿を拝見していたのです」


 何度も視ることで見慣れた。

 ヘンリエッタの答えに、ギルバートは少しの間、真面目顔で考えこんだ。


「…なあ、ヘンリエッタ。キングスフォード伯爵って、もしかしてタヌキか?」

「まあ…キツネ顔ではありませんわね」


 父の丸顔を思い返してヘンリエッタは答える。

 腹黒化けダヌキか腹黒化けギツネの二択なら、タヌキ一択だ。


「おまえも……さっき妙なことを言ったな。一人で動くつもりだったって」

「はい。わたしは普通に町歩きもしますし、歴史・経済・政治…それに、魔法学も習って、館を守る魔法トラップの策定にも携わってきました。成果をあげる自信はあります」


 ヘンリエッタは、自分の持つ力をアピールした。

 すると。


「どうして舞踏会でそれを言わなかった!」


 ギルバートはなぜか舞踏会のことを持ち出し、ヘンリエッタを非難した。


「え?」

「あのときのおまえ、か弱そうで、マッキンレイに睨まれたらひとたまりもないと思ったから…」

「あれは…! 気の強い女は殿方から敬遠されると父からきつく言い含められていたからで…」

「じゃあせめて、何かアピールしてくればよかったじゃないか。僕の話を聞こうとするばかりじゃなくて」

「親しくなりたい相手には、まず話を聞くことが基本です! 殿下は令嬢たちからの良い花嫁アピールにお疲れだったし、かといって変わった嗜好をアピールするのは協調性のない人間でしょう」


 ヘンリエッタは反論した。

 あれは、自分の思う最上の対応だったと。

 ギルバートは目からウロコが落ちたような顔をした。

 そして。


「今日は帰る。そうだ、ヘンリエッタ。おまえは動くな。いくら知識はあっても対応しきれない、予想外のことが起こるのが実戦なんだよ」


 最後に正論で釘をさし、ギルバートは帰っていった。


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