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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
伯爵令嬢と三番目の求婚者
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3 押しかけ助手

 この世界には三種類の人間がいる。

 魔法使い、魔法を視る者、どちらの能力も持たない只人。


 ヘンリエッタの住むパパラチア王国では視る者が魔法使いを管理していた。

 そのため、この国では視る者にかかわる国家機関の権威がもっとも高い。


 そして。

 現在たった一人、特別な視る能力を持ち、国の宝と呼ばれる者がいる。

 クリスだ。

 十歳の時に六歳の王太子の侍従となり、以来、王太子の一番の信任を得ている。


 ただ、都を牛耳る貴族マッキンレイは『国の宝だろうと事故死することはある』と考えている。

 特に、マッキンレイの娘で社交界を支配するブレンダ・アンダーソン伯爵夫人は、夫が他の女性との間にもうけた子の立ち位置がどうしても気に入らないらしい。


  *


 さて。

 クリスと話したハーブの店に、ヘンリエッタはまたやってきていた。


「申し訳ありません。お話がよく理解できないのですが」


 向かいに座るクリスが心底困惑した様子で言った。

 ヘンリエッタの隣に座る父を見て。


「そうかね? とくに成果を求める気もなく、舞踏会の一件で申し訳なくも痛めてしまった陛下のお心がおさまるよう、きみに形ばかりの行動をお願いしているだけなんだが」

「私に先日の造船所の事件を立件して欲しいというのは分かります。しかし陛下に助手の話はされてませんよね?」

「どうだったかな。陛下に長官殿への取りなしはしていただいたよ」

「陛下や長官にされたのは、情報提供者を出すから、私と接触しやすいよう視る者の寮に入れて欲しいと、その程度のお話ですよね」

「そうそう。よく分かってるじゃないか。()は田舎から出てきたばかりの、キングスフォード家とは無関係の少年」


 彼と、隣をさして父は言った。ヘンリエッタは髪と目を黒くし、やや中性的ながら田舎の少年と言って誰も疑わない格好をしていた。

 秘密裏の訪問のため、父も田舎者の装いだ。


(今日は気付いてないわよね)


 ドキドキしながら、ヘンリエッタは父の隣でひたすら黙ってうつむいていた。


「彼が勝手にうちの事件の調査に首を突っ込んで、マッキンレイに目をつけられても、うちは関係ないと言い張るし、それに必ず生きたまま返せと言うつもりもない」

「お待ちください! 彼って…ヘンリエッタ様でしょう? そんなふうに…」


(ふぇえ!? どれだけ観察力高いの、この人!)


 あっさり看破され、ヘンリエッタは内心で盛大に叫んだ。


「おや、クリス殿には分かるかい」


 父は面白がるような調子で言った。


「でもまあ、館の使用人ですら騙された変装だから身バレの心配はいらんよ」

「いえ、私が言っているのはそういうことではなく」

「クリス殿」


 そこで父が語気を強めた。


「マッキンレイに逆らうと決めたときから、私も、私の家族も命を張っている。舞踏会の失敗で、どのみちヘンリエッタは今、社交界に出ることもできず、外国に嫁ぐしかないと言われている状況。そして、この状況で大人しく内にこもってくれる娘ではなくてね。昨日も変装して抜け出さないよう見張っていた中、館を侵入者から守る庭の魔法トラップを突破して外に出たんだ」

「えっ」


 クリスの視線がヘンリエッタに向いた。

 伯爵令嬢に限らず、魔法トラップを攻略する人はそうそういない。


「親の口から言うのもなんだが、詩や音楽や刺繍や…女性の評価につながる分野が本当に駄目な娘でね。ただ反面、魔法や政治的な分野の目利きはこれの弟より優れている。魔法を視る目も持っているしな。そんなわけで、まあ、よろしく頼む。きみの指示に従うよう言ってあるから、別にうちの事件なんぞ放ったらかして、きみの助手として使ってもらってもかまわんぞ」


  *


「すみません。キングスフォード家が独特の哲学をお持ちだとはうかがっていたのですが、その…私の理解の範囲を超えていて」


 父が帰ったあと、クリスが言った。

 婉曲的な表現を言い換えると、伯爵令嬢に危険な調査などさせられるわけがない、自分に投げられた役割が分からないと、至極常識的な考えの中、彼は困惑しているらしい。


「ヘンリエッタ様はどうお考えなのか、聞かせていただいても?」


 クリスは、彼にとって理不尽な状況の中でもヘンリエッタの意思を確認してくれた。

 いい人だ。いい人過ぎる。

 ヘンリエッタは、まっすぐ自分をぶつけることにした。


「ごめんなさい。父は助手に使ってくれと言いましたが、毎日うちのトラップを攻略して調査に出ることを考えたら今の環境は天国なので、うちの事件のことも、わたしのこともクリスさんに面倒を見ていただかなくて大丈夫です」

「…キングスフォード伯爵は、私の指示に従うよう言ってあるとおっしゃっていましたが」

「問題ありませんわ。父はわたしの性格を分かっていますから。なにかあってもクリスさんに咎めは行きません」


 クリスがじっとヘンリエッタを見た。

 眼鏡越しに見える真剣な目にヘンリエッタはドキドキした。


「よく分かりました。伯爵とお約束をなさいましたね? 私の指示通りに動かなかったら謹慎なさると」

「え………と」


 父が明言していかなかったのをこれ幸いと黙っていていたことを見抜かれ、ヘンリエッタは答えにつまった。


「ジュニパーさんが店番を探していたので、お願いできますか?」


 ハーブ店主の名を出して、クリスは言った。

 アテを外せばヘンリエッタは帰ると考えたらしい。…残念ながらそれは不正解だ。


「分かりました。明日から店番させてもらいますね」


 にっこりと笑ってヘンリエッタは店番依頼を引き受けた。

 まるで騙し討ちのようで申し訳ないが、ヘンリエッタの最終目的は事件調査ではない。

 クリスを落とすことだ。


(ひとまず、そばに残ることに成功したわ。上出来よね!)


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