表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/52

プロローグ

新連載始めました。よろしくお願い致します。

「キングスフォード伯爵家長女、ヘンリエッタ様ご到着──」


 王城の大広間の扉が開いてその少女が現れたとき、会場をさざめいていた談笑の声はふつりと途切れた。

 つぶらな空色の瞳と、背中にふわりと流された綺麗なピンクゴールドの髪が印象的な、誰もがハッとするような美少女だった。


 その日は、学業のため都を離れていた王太子の卒業と帰還を祝う舞踏会。

 玉の輿を狙う娘たちが贅を尽くした過剰な装飾を競う中、少女は大ぶりな装飾を一切排除した水色のドレスで登場した。

 ドレス全体にほどこされた細かい銀糸の刺繍が照明の光をうけて優しく輝き、少女の清楚な美しさを引き立てている。


 十六歳の少女、ヘンリエッタは、自分に集まった会場の視線をやわらかい微笑みで受け、羽のように軽やかに完璧な作法でお辞儀をした。


「素晴らしい! ヘンリエッタ嬢を中央へ!」


 大広間の再奥に鎮座していた王が叫んだ。

 波が引くように人々が壁際に寄り、大広間の中央がぽっかりと開いた。

 そこに、ヘンリエッタは案内された。


 令嬢達から自己紹介攻勢を受けていた王太子ギルバートは、王みずから背中を押して、中央へと。

 ヘンリエッタと同じ十六歳のギルバートは、金髪碧眼で、眉目秀麗。上に立つ者の品格をもち、年頃の令嬢達から見て理想の王子様だった。


 王が玉座へ戻ったところで、ヘンリエッタは綺麗な所作で挨拶をした。


「初めまして、殿下。ヘンリエッタ・キングスフォードと申します」


 見計らったように、オーケストラによるワルツが流れ始めた。

 それまでどこか硬い表情だったギルバートは、さわやかに微笑むと、膝を折ってヘンリエッタに手を差し出した。


「踊っていただけますか」

「はい」


 ヘンリエッタも笑顔を浮かべ、手を重ねた。

 きゃああ、と令嬢達の悲鳴があがった。

 踊り始めると、今度は、ほぅ…という感嘆の声が取って代わった。

 二人の見た目も優雅なステップも、すべてが絵の中のような美しさで観衆の心を奪った。


「ブラボー! 素晴らしい!」


 一曲が終わる頃には王の興奮は最高潮に達していた。

 王に合わせて、拍手がわきおこる。


「これ以上の娘はないぞ! 妃の決まりだ!」


 王が叫んだ瞬間、会場が水を打ったように静まり返った。

 緊張の一瞬だった。


(大丈夫、ここまでミスなく来たわ。女性に恥をかかせるのは貴族社会において重大なマナー違反。お膳立てを許してしまった時点で、殿下に選択の余地はなくなったのよ。だから大丈夫)


 ヘンリエッタは深呼吸をひとつおいて、王に視点を定めた。

 謹んでお受け致します──そう言うために。

 ところが。


「お待ちください、父上! 僕は承諾していません」


 ギルバート王太子が強い口調で声を上げた。


「おまえの承諾なんぞ待っておったら十年経っても嫁は決まらん! よいな、これは命令だ!」

「承服致しかねます。僕は自分の伴侶は自分で選びます。そして、それは今、この会場にいる方々ではありません」


 王は命令だと言ったが、ギルバートも引かなかった。

 さらにギルバートはヘンリエッタの手に儀礼的な口付けをして、会場を出ていってしまった。


「ギルバート! おま、おまえ、なんたることを!」


 王は息子のしでかした非礼に、顔を真っ赤にして怒り狂い、王太子の後を追いかけていった。

 ヘンリエッタは大広間の中央に一人残された。


(う……そ………失敗した…………!)


 誰もが予想し得なかったギルバートの行動に、会場中があっけにとられ、そして。


「あらあら、こんな晴れの舞踏会で置き去りにされるなんて、お気の毒ねえ」


 悪意たっぷりの女の声が響いた。

 王妃の隣に、王妃より目立つ装いで立つ社交界の支配者、ブレンダ・アンダーソン伯爵夫人だ。

 三十代後半のはずだが、整形で、見た目は二十代後半の美貌を保っていた。

 そこへ。


「皆様! わたくし、殿下にうかがってまいりましたわ。殿下は政治的なお話のできる女性をお望みとのことですわ!」


 ブレンダの腰巾着を務める夫人が、走ってきたのか、息を切らしてそう言った。退席した王太子を追いかけ、好みのタイプを聞いてきたらしい。


(あ…やばい、この先の展開、読めるわ)


「まあ、そうなの。それなら、ここにいらっしゃるお嬢様方、皆様、妃の資格をお持ちじゃないかしら?」

「そうですわ。うちの娘もそれくらいできますもの」


 声に圧力を乗せて言ったブレンダに、娘を持つ母親たちが口々に同意する。

 女性は詩や音楽や刺繍の教養をもち、男性に従順であることを求められる貴族社会において、王太子の回答は会場内の女性全員対象外だと宣言したものだったのに。


「いまどき女も政治的な話ができて当然ですもの。つまり、頭の古いキングスフォード伯爵のお嬢様だけが、殿下のおめがねに叶わなかった。そういうことですわね」


 ブレンダがそう締めて、ヘンリエッタ一人が王太子にフラれたことにされてしまった。



 会場中の視線が、冷たくヘンリエッタに突き刺さった。


  *


 悪意に追い立てられ、会場を飛び出したヘンリエッタは、すぐに自分の失敗に気付いた。

 出口ではなく城の内部につながる廊下に出てしまった。

 もう一度大広間を通らないと城を脱出できない。


「どうしよう…」

「おい、おまえ」


 弱ったヘンリエッタのつぶやきに、男性の声がかぶせられた。

 振り返ると、たくさんの宝石を散らした服を着た青年が立っていた。

 ヘンリエッタを追って、大広間から廊下へ出てきたらしい。


(服だけで分かる悪趣味さ……エドマンド・アンダーソンね。たしか年は二十歳)


 初対面でも、間違いようがない。

 社交界の支配者ブレンダの息子だ。

 王太子と同じ金髪碧眼で、顔立ちも整形で整えられていたが、内面の歪みは隠しきれていなかった。


 にやにやと下品な笑いを浮かべるエドマンドを見て、ヘンリエッタはブレンダの意図を察した。

 ブレンダの推奨とは真逆の清楚系ドレスを選び、王太子妃の座を狙いにいったヘンリエッタを貶めて、二度と日の目を見られないようにしようという吊し上げの構図。


(後ろは行き止まり。大広間に戻る扉はエドマンドの向こう。小部屋への扉があるけど、そこに連れこまれたら終わりだわ)


 エドマンドが近づいてくる。

 じり、とヘンリエッタは一歩後ずさり──そこでぐっと足を踏ん張った。


(うん、決めた。エドマンドが向かってきたところをかわして大広間に戻る!)


「へえ、近くで見ても見れる顔してんな」


 ヘンリエッタが観念したと思ったのか、エドマンドは鼻息あらく、手を伸ばしてきた。


(今よッ………って、えぇっ!?)


 エドマンドの動きをしっかりと見定め、走り出そうとしたヘンリエッタは想定外の事態に固まった。


 眼鏡をかけた長身の青年がエドマンドの腕をつかみあげたのだ。

 栗色の髪と瞳で、年は二十代前半だろうか。

 第一印象は、静かな人。

 けれども、眼鏡の奥の瞳はゆるぎない強い信念を宿していた。


「ヘンリエッタ様、こちらでしたか」


 おだやかで艶のある声がヘンリエッタの名を呼んだ。

 腕をつかみあげられたエドマンドが「痛い痛い痛いっ」と大袈裟に騒ぎ立てていたが、彼はエドマンドの存在を空気のように無視した。


「キングスフォード伯爵夫人がお倒れになりました。早急にお戻り下さい」


 彼は、母の急を告げた。

 救いの手だ。彼についていけばエドマンドから逃れられる。ブレンダの罠をかわせる。

 しかし、このときのヘンリエッタは、まっすぐに自分を見つめる栗色の瞳に射抜かれて、金縛りにでもあったみたいに体が動かなかった。


「お急ぎを」


 彼はエドマンドを存外に乱暴につきとばすと、誘導のためヘンリエッタの肩を抱いた。


「!」

「おまえ、こんなことしていいと思ってんのか!」


 床に投げ出されたエドマンドが這いつくばりながら脅し文句を叫ぶ。巨大な権力を持つ者の、実効性の高い脅しだ。

 それでも彼は、前だけを見て、視線も揺らさなかった。


 ヘンリエッタもまた、彼に触れられた瞬間から体がカッと火照って、胸がドキドキして、彼しか見えなくなっていた。

 彼の行為は、警護対象者に対するそれだったのに。


(このまま連れて行かれた先がベッドでもいいわ…)


 ポーッとして、うまく回っていない頭で、ヘンリエッタは思った。


面白いと感じて下さったときに評価いただけると頑張れます。

どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ