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伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者  作者: 野々花
伯爵令嬢と三番目の求婚者
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9 伝説の守り木

 ハーブの花束タッジーマッジー店主ジュニパーは、ヘンリエッタに、現国王の後見人・アンダーソン伯爵の話をした。

 前国王の急逝で、マッキンレイに呑まれるしかなかったことを。


「分かります」


 ヘンリエッタは同意した。


「父がよく言ってるんです。アンダーソン伯爵がいるおかげでマッキンレイの横暴がまだ抑えられていると。今回のわたしの件も……殿下にフラれて、クリスさんのことを好きになったと打ち明けたあと、すぐここに送り出してくれたのは、父も、これ以上アンダーソン伯爵一人に戦わせたくないと思っているからだと思います」


 そこまで言って、ジュニパーがポロポロと涙を流していることにヘンリエッタは気づいた。


「え、あの、すみません、余計なことを言いました…?」

「ごめんなさい、違うの。そんな風に考えて行動してくださる方がいることが、あまりにもありがたくて……」

「ご苦労…されてきたんですよね。ジュニパーって、伝説の守り木ですよね。初代国王陛下のお母様が、ジュニパーの木に陛下を隠して命を守ったっていう」

「ええ、そう。私の本名はエリナ・ロウ。ウィルが…ウィルフレッド・アンダーソンが男爵だったころから彼の側仕えをしていたの。本当は側仕えとして彼を精一杯癒すことに注力して、一線を超えるつもりはなかったのだけど……大っぴらに男遊びをして、ウィルには近寄ってすらいないくせに、次男エドマンド様の妊娠報告で『あの夜は激しかったわね』とか言うものだから…」

「う…わあ……」


 エドマンドとクリスは八ヶ月違いの同い年なのだが、そういうわけかと、ヘンリエッタは納得した。


「まあ、あっちにも言い分はあって…私を側仕えから外せと言い続けたのに、ウィルが頑として聞き入れなかったから、結婚前から深い間柄だったんだろうって」

「………」

「ウィルが私を外さなかったのは、あの人に目をつけられた状態で外せば、堂々となぶり殺しにかかるのが分かっていたからだけど…」

「ええと…陰では殺されそうになってましたよね? そもそも『来るな』って言われませんでした…?」

「言われたわ。でも、マッキンレイの娘が取り仕切る館に、あっちの選んだ側仕えじゃ…ウィルがいつ殺されるか分からないって思うじゃない?」


 人を痛めつけて嗤いながら、敬われることが当然だと思っている。

 自分たち以外は何の価値もない虫けらで、世界は自分たちのために存在していると思っている。

 それが、マッキンレイ一族だから。


「でも…そうね。ウィルの結婚が、国王様の決めたことじゃなくて、彼女の希望だったと知ったときは…選択を誤ったと思ったわ」

「え?」

「ウィルはたぶん今でも、彼女は国王の命令で自分に嫁いだと思ってるし…私がそのことを知ったのも偶然。……まわりに男をはべらせ、好き放題生きて、ただひとつ、妻の座に固執することだけが愛情表現だなんて笑っちゃう」

「わぁぁ………」

「ごめんなさいね。だから……あの人がクリスの存在を認める日は来ないわ」


 クリスの名前が出て、ヘンリエッタはドキリとした。


「本当はね、産むつもりはなかったの。ウィルをあの人の屋敷に置き去りにすることになるし、無事に産んであげられるかも分からない。哀しいだけだって」

「どうして…気が変わったんですか?」

「なかったことにしようとして……できなくて。そのときに、思ったの。たとえ、あっというまに踏みにじられて終わってしまっても、私が終わりを決めるのは違う。この子が持っている可能性はこの子のものだって。だから…せめて私にできる最大限のことをしてあげようって」


 ヘンリエッタの目に、じわりと熱いものがにじんだ。

 三歳児に行う視る能力者認定で、クリスの可能性に気付いたのはアンダーソン伯爵だった。

 模範解答から外れた彼の解答に特別な意味があるのではないかと。

 アンダーソン伯爵は視る者協会長官の権限で、クリスの能力を徹底的に調査・分析し、それまでの基準が誤りで、クリスの目が一番正確に視ていることを証明した。


 そして、誕生から認定に至るまでの三年間、クリスを守ったのはエリナだ。

 出産前に雲隠れし、彼女の状況を読んだマッキンレイ(正妻ブレンダ)とアンダーソン伯爵、その両方からの追跡をかわした。具体的には貯金で細々と暮らし、極力社会と繋がらないようにしたのだそうだ。


「そういえば、クリスさんって、お父様のこと苦手なんですか?」


 ふと今朝のことを思い出して、ヘンリエッタはたずねた。

 父親の顔を見に行けばと言われて、断っていた。


「ああ……それねえ」


 エリナは困ったように答えた。


「私のせいなんだけど…」


 クリスが六歳で学校に上がったとき。

 エリナはクリスを寮に入れ、住み込みで働き出したのだと言う。


「あの人の息のかかった職場でね。クリスは国が面倒をみてくれるし、私をいじめて、それで気が済めばいいと思ったのよ。でも、甘かった。私が体を壊して動けなくなったところで、クリスの元に帰されたの」


 アンダーソン伯爵は、クリスのことは特別な視る目を理由に守れても、エリナを直接守ることはできない。


「結局、私の薬代のためにクリスを十歳で働かせることになって。ウィルは魔法使いの王子の侍従という一番理想的な立場を用意してくれたけど、だからこそ、ここを失敗したら後がないって焦ってしまったのね。あの子が自立して立派に職務を果たせるよう、厳しくしすぎたの」

「厳しく…?」

「ええ。そもそもマッキンレイの圧力のせいで認知できなくて、露見後もあの子は私一人の子だったのよ。姓も私の姓を名乗って。特別な能力者として保護はしてもらったけど、ウィルがクリスの前に立つことはなかったわ。あの子にとっては、私が倒れたときが父親との初対面。それなのにウィルがクリスに言ったことは、もう自分を子どもと思うな、親の顔に泥を塗るな…」

「え…十歳の子に?」

「そうなの。あの子の学業は通常よりはるかに進んでいたのに、一年以上の学習内容が残っていたことを責められて、半年で終えろと言われたのよ」

「そう…だったんですか」


 胸の痛みを意識しながら、ヘンリエッタは言った。


「…恥ずかしいです、わたし。クリスさんが、通常十六歳で終える学業を十歳でクリアした話を聞いたとき、優秀な人だなあで終わってしまったんです。そんな…追い立てられるような感じだったなんて、思いもしませんでした」


 ヘンリエッタも十歳のときには王太子妃を目指して日々努力していたが、すべて自発的に望んだもので、無理強いされたものはなかった。

 それにヘンリエッタの父キングスフォード伯爵は、いつでも子どもたちに、たっぷりの親の愛情を示してくれていた。

 エリナはあたたく包みこむような微笑を浮かべた。


「今いただいたお言葉で、あの子も報われたと思いますわ」

「あの…アンダーソン伯爵は…父親として、クリスさんを抱きしめてあげたことはないんですか?」


 エリナの話を聞き、気になったことをヘンリエッタは尋ねた。


「…ないわね。今でも長官と職員の距離を堅持して、馴れ合いを許さないみたい。クリスも、ウィルに対して距離を置いて…縮める気はないみたい」


 ちなみにクリスは十歳のときに認知を受けている。王子の侍従となるのに、アンダーソン伯爵の子という肩書きが必要だったから。


「ヘンリエッタ様も最初に言われたでしょ? クリスと呼んで欲しいって。あれね、アンダーソンの姓で呼ばれたくないからなのよ」


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