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「ここは○○村だ」勇者相手にそう言うだけの仕事なんて仕事じゃないと言われて村を追放されたので、寂れた村に移住して勇者大歓迎の村にします。今更戻ってこいと土下座されてももう遅い。

「イナホ、今日限りでこの村を出ていってくれ」


イナホ、と呼ばれた青年は、村長の顔をじっと見た。


「じ――冗談ですよね?」

「冗談? 無能の穀潰しのくせに儂の言葉を冗談じゃと? いつからお前はそんなに偉くなったんじゃ?」


冗談ではなかったようだ。

イナホ、と呼ばれた青年は震える声で尋ねた。


「り、理由は――?」

「あぁ、その前にお前は、この村を訪れる冒険者達にこの村がなんと呼ばれとるか知っとるか?」

「ええと――確か、『始まりの村ラブハリケーン』と呼ばれてるはずですね」

「その通りだ」


村長は頷いた。


「この村は魔王を倒そうとする自称勇者たちが、まず最初に訪れる村じゃな? 王都で勇者職を拝命した勇者候補たちが魔王を討つため、遥か北の魔王領に行くためには、まず最初にここを通る」

「そ、そうです。その通りです」

「この街を通る勇者のタマゴたちは、村にとって金の卵でありカネのなる木だ。――そんな有り難い土地にあって、お前は生まれてこの方、今まで何をしとった?」


そう言われて、イナホと呼ばれた青年は言った。


「勇者候補たちに『ここはラブハリケーン村だ』というのが俺の仕事です」

「そんなもんは仕事ではない!」


村長は一喝した。


「周りの人間がやれ宿屋だ商売だと勇者候補相手にあくせく働いとる中で、お前は――! 野良仕事の片手間に、日がな一日村の入口の看板の前に立って、勇者候補に『ここはラブハリケーン村だよ』と、たった一言を言う、そんな誰にでもできるくだらない仕事がお前の仕事か?」

「そ、そうです。それが俺の仕事で――」

「ふざけるのも大概にしろ!」


再度の一喝に、イナホはひっ、と首を引っ込めた。


「今年のはじめに復活するまで、魔王は三年の間復活することはなかった。そのせいでこの街への王都からの給付金も滞っておる! 数少ない勇者候補相手に何故一銭の得にもならない声掛けなんぞしとるんだ。お前はこの村の稼業を馬鹿にしとるのか? 何故勇者相手の商売をせんのだ!」

「それは――むしろ喜ばしいことでしょう? 魔王がいないということは、それだけ世の中が平和だったってことですし、それに声掛けが一銭の得にもならないなんて――!」


イナホはしどろもどろに反論した。


「第一、彼らは勇者ですよ? そりゃこっちだって生きていく上には彼ら相手に商売をするのは仕方がない。ですが、命をかけて旅をする彼らに激励の言葉くらいは――」

「減らず口を叩くな! 激励なんぞが何の役に立つ!」


村長はイナホを睨んだ。


「昔であればよかった。魔王が月ごとに蘇り、新たに任命された勇者候補たちが雨後の筍のようにこの村を行き来していた時代ならば、そんなつまらん仕事をしているだけのお前にも分けてやれる分前があっただろう。だが今は違う。勇者候補の数も先細っておる。これ以上、何の益体もない人間を置いとくわけにはいかん。勇者相手の商売をしとる周りの目もあるんだ」

「そんな……!」

「生憎だが所払いだ。お前の住んどる家も元はわしの持ち物だろう? 今日中に片付けて出て行け」

「それじゃああんまりだ! 俺は勇者相手の商売をしていないからこの村を追い出されるというんですか?! 第一、ここを追い出されたらどこへ行けと言うんですか!?」


イナホの必死の抗議にも、村長は陰険な薄笑みを浮かべて言った。


「知ったことか。これが最後の警告じゃぞ? 出ていけ。出ていかんと村人たちの力づくで叩き出されることになる。みんなお前や、お前の一家を煙たがっとったんだ。よいか、すぐに出ていけよ」


話は終わりだ、というように、村長はイナホの前を去っていった。

俺を叩き出すのは村人たちの総意、ということか――。

イナホの心を、昏い絶望が冷やした。


イナホは肩を落として家に帰り、持てるだけの物をかき集めて、もう二度と戻ることのない村を後にした。


「役立たず」「能無し」「気狂い」「穀潰し」――石と共に投げつけられる村人たちの罵声を背にして。



「ちくしょう――! ちくしょうちくしょうちくしょう!!」


イナホは泣きながら、雨の中を歩いていた。


『ここはラブハリケーン村だよ』――冒険者たちにそう告げるのが、爺さんの代からのイナホの家の仕事だった。


イナホの祖父は、魔王との戦争の中で、なにもかも失くしてラブハリケーン村に流れ着いた勇者候補だった。


村人たちに媚びることはなく、流れ者であることを卑屈に思うこともなく、祖父はラブハリケーン村で野良仕事の片手間に仕事を始めた。


『ここはラブハリケーン村だよ』――勇者のタマゴたちにそう告げる仕事だ。


戦いの中で全てを失った自分のようになってほしくない。

勇者のタマゴを勇気づけたい。


そう言って雨の日も風の日も、祖父は村の入口の看板の前に立ち続けた。

その身体が老いと病魔に蝕まれてボロボロになっても。


『ここはラブハリケーン村だよ』――その一言にありったけの祝福と激励を込めて。


イナホはそんな祖父が大好きだった。


やがて祖父が亡くなると、父がその役割を継いだ。

その父も亡くなると、今度はイナホがその役割を継いだ。


『ここはラブハリケーン村だよ』――親子三代に渡る言葉には、確かな愛情と誇りがあったはずだ。


それなのに――。

村長は、村人たちは、そんなイナホたちを煙たがり、遠巻きにし――放り出した。


「ちくしょう……!」


悔しかった。

憎しみと怒りで全身がバラバラになりそうだった。

村長や村人たちにとって村を通る勇者候補はカネと名声を運んでくるだけの金の卵でしかなかったのだ。


涙は枯れることがなかった。

身を焼き尽くすような恨みと怒りは絶えることがなかった。


幾日も、泣いて、泣いて、慟哭した。

イナホは怒りと憎しみだけを胸に、歩き続けた。



幾日もかけて森を渡り、山を越え、小川を飛び越え――イナホはある村に辿り着いた。


「廃村かな――?」


思わず、そう思わざるを得ないほど、村は寂れていた。

丈夫な石造りや木造りの家屋が立ち並んでいたラブハリケーン村とは違い、申し訳程度に草や板をかき集めたほうな掘っ立て小屋が、身を寄せ合うようにして並んでいる。


思わず知らずに村に足を踏み入れると、一人の少女と目が合った。

どうも薬草を摘んでいたらしい。

黒い髪に、珍しい褐色の肌。

吸い込まれそうな紫色の瞳が美しい少女だった。


「ん? あなたは? どこから来たの?」

「俺はラブハリケーン村を追放されて――幾日も歩いてきた流れ者だ。ここは何ていう村なんだい?」

「ここはスカイラブ村よ」


『ここはスカイラブ村よ』――鈴を転がすような声で、少女は言った。


瞬間、イナホは脳天に雷が落ちたかのような衝撃を覚えた。


「綺麗だ――」

「えっ?」

「綺麗だな――君の声。『ここはスカイラブ村よ』、って」

「な、なによ突然?」


少女は困惑したような声で言う。

思わずイナホは、目の前の少女に追放されたあらましを全て話してしまっていた。

祖父のこと、父のこと。ラブハリケーン村のこと。自分の仕事のこと。

そして、村人たちに迫害され――追放されたこと。


草むらに座り込みながらの、長い長い話が終わった。

言い終わると、少女は深い同情を込めて言った。


「酷いわね、村長や村人たち。勇者候補をカネのなる木としか見てないなんて……」

「そう言ってくれてありがとう……やっと救われた気がしたよ」


シェヘラは膝を抱えて言った。


「このスカイラブ村はね、私みたいな混血の人間や亜人種、戦災で全てを亡くした人間たちが集まって出来た村なの。でも、辺境だから勇者候補はここを通ることがない。土地は痩せていて作物も育たない。周りを魔物が彷徨いているから安全でもない。村は寂れる一方よ。だけど、そんな酷いことをしようとする人だけはいないわ」

「そうか。あのさ――もしよければ、俺も何かこの村の力になれないかな?」


そう言うと、シェヘラの顔がぱっと輝いた。


「ここに住んでくれるなら誰だって大歓迎よ。野良仕事も、食料を調達する仕事だってあるわ」

「よし、俺はこの村に住むよ。俺はイナホ。君は?」

「私はシェヘラ。年は十六よ。よろしくね」


シェヘラ、と言う少女は、魅力的な笑顔で言った。



イナホが村に住み初めて一週間後。

急に、森が騒がしくなった。何やら悲鳴も聞こえる。


「おい、イナホ!」

「ああ――誰か来るな」


一緒に畑を耕していたオークのヤエレクと手を止めて注視していると、一人の若者が血相変えて走ってきた。


「た、助けてください! 魔物に追われてるんです!」


年端もゆかぬ少年だ。あちこち傷を負い、血だらけで走ってくる。

後ろには三匹の魔狼が、桃色の舌をひらひらさせて追ってくる。


「よし! 狼は俺に任せろ!」


ヤエレクが走り出し、瞬く間にクワで魔狼を打ち殺した。

さすがはオークの怪力だった。迫害され、追い出される前まで、王都で腕利きの鍛冶屋をしていたというのは嘘ではないらしい。


「おい君、大丈夫か!?」


イナホは少年に駆け寄り、その身体を抱き止めた。

ひどい傷だ。有り合わせの防具は惨たらしく引き裂かれ、出血量も尋常ではない。

文字通り満身創痍の有様だった。


「う……僕は、勇者候補なんです。森に迷い込んで……ここは一体……?」

「『ここはスカイラブ村だ』」



その途端だった。



傷だらけだった少年の身体を淡い光が包み込み――きらきらと輝いた。


ヤエレクがぎょっとした表情を浮かべる間に光はますます輝きを増して――消えたと思った時には、少年の全身の傷はすっかり癒えていた。


「傷が治った――!?」

「ああ、そうだろうな」


イナホは頷いた。


「俺の言葉には治癒能力と祝福の力がある。なに、勇者候補に捧げるちょっとした餞別だよ」

「なんてこった! イナホ、お前にはそんな力があったのかよ!」

「まぁ、爺さんは勇者候補だったしね。俺にもそれぐらいの力はあるよ」

「素晴らしい力だ――! それになんだか力も増した気がする!」


少年はぺたぺたと全身を触って驚きの声を上げている。

それより、とイナホは少年に訊ねた。


「勇者候補がどうしてこんな辺境の村へ? しかもこんな檜の棒と布の鎧で森をうろつくなんて……ラブハリケーン村で装備を買わなかったのか?」


そう言うと、少年の顔が歪んだ。


「ラブハリケーン村ですか……。あんなところ、何の役にも立たない」


少年は吐き捨てるように言った。


「始まりの村だって言うから、俺もあの村に立ち寄ったんです。そしたら全ての装備品がバカ高かった。檜の棒だけで200Gなんて信じられますか?」

「200G――」


イナホだけでなく、ヤエレクも絶句した。200Gと言えば、王都に行けばフル装備のアイテムが一揃い揃う額だ。


「王様から貰った給金で買えたのは、この布の鎧と檜の棒だけです。ポーションひとつまともに買えやしない。宿に立ち寄ってもカネのないやつはお断りだって塩を撒かれた。あちこちどつかれて、足蹴にされて……あの村は――勇者を食い物にする最低の村でした」


胸のむかつく思いだった。

勇者候補から搾れるだけ搾り取る、ラブハリケーン村の阿漕な商売体制はますますひどくなっているらしい。


しんみりとした雰囲気を打ち破るように言ったのはヤエレクだった。


「とにかくよ、ぼうず。お前傷は治ったんだろうが、そんな装備で森に出たらさっきの二の舞だぜ。しばらくここにいてもいいから、旅の準備をもういっぺんやり直せや。なにもないけど歓迎してやるからよ」


ヤエレクが顔をくしゃくしゃにして笑顔を浮かべた。

恐ろしいが、歓迎の意思は十分に伝わる笑顔に、少年の顔がぱっと輝いた。



一週間後。


三十人ほどしかいないスカイラブ村総出で行われた壮行会は、盛大とは言えないものの、いずれも旅立つ少年に心を尽くしたものだった。


勇者候補の少年の腰には、ヤエレクが打ったオリハルコンの剣が。

防具にはドワーフたちが繕ったドラゴン皮の防具が。

パンパンに膨らんだ背嚢には、シェヘラが調合したポーションや薬の類が詰められている。

そのどれもが、勇者候補の少年に対する、できる限りの贅を尽くした餞別だった。

この一週間、十分に英気を養った少年の顔は、見違えるように精悍になっていた。


「へへへ、馬子にも衣装、ってな」

「ちょっとヤエレク、失礼でしょうよ。彼は勇者のタマゴなのよ」


口を尖らせたシェヘラに対して、少年は「いや、ヤエレクさんの言う通りです」と、少しはにかみながら言った。


「僕は――南の貧しい村の出身です。故郷に錦を飾ろうと勇者候補になったはいいものの、あっちで騙され、こっちでカモにされて――まともに僕と口を利いてくれる人もありませんでした」


少年の言葉に、居並んだ村人たちが深く頷いた。

この村にいる人間は全て、疎まれ、軽んじられ、迫害された過去のあるものばかり。

少年の心細さや悔しさは痛いほどわかっていた。


「でも、この村の皆さんは違った。僕を助けてくれただけじゃなく、歓迎して、励ましてくれた。こんな素晴らしい装備ももらえて――皆さんには感謝しても感謝しきれません……!」


少年の目は真っ赤になっていた。

うんうん、と頷きながら、イナホは言った。


「おい、勇者候補! ここはお前の第二の故郷だ! 魔王を倒したらまた帰ってこい、いつでも歓迎するぞ!」


イナホはとっておきの言葉を添えた。


「忘れるなよ、『ここはスカイラブ村だ』! いつでも戻ってこい!」


その瞬間、少年の身体を淡い光が包み込んだ。

旅立ちの祝福――イナホがありったけの祝福と激励を込めて言った言葉だった。


「みなさんありがとう! じゃあ行ってきます!」


少年は何度も何度も振り返りながら森の奥へと旅立っていった。

イナホはシェヘラと肩を寄せ合い、いつまでもその後ろ姿を眺めていた。



その半年後。

『勇者リオン、魔王ヴァルヴァトロスを打倒す!』というニュースが王国中を駆け巡った。

実に数年ぶりの魔王討伐だったことに加え、その快挙が南の貧しい村の出身である若干15歳の少年によって成し遂げられた事実に、王国中はお祭り騒ぎとなった。



「なぁみんな、聞いてくれ」


魔王討伐の興奮も冷めやらぬ中、シェヘラとイナホは村人を集めて会議を開いていた。


「みんなも気づいてると思うが、この半年で、勇者候補が20人近くこの村を訪れた。勇者になったリオンが宣伝してくれたんだと思う。その度に、俺たちは精一杯の歓迎をして送り出した。そして、そのどれもが今や高名な勇者になって、いずれ復活する魔王を打倒しようと頑張ってる」


イナホは村の面々を見渡しながら言った。


「元々この村は土地が痩せていて、やっと食っていくのが精一杯の村だ。けれど、この村には良質なオリハルコンの鉱脈がある。それに、動物や魔物が多くて食肉には困らない。何より、この広い森を抜ける街道沿いには、まともな宿屋も飯屋もないんだ」


この一週間、練りに練った構想を頭の中で順に思い出しながら、イナホは言った。


「そこでだ。もしよければ――ここを歓迎の村にしないか」


村人たちが顔を見合わせた。

どういうことだ、と言いたげな村人たちに、代わりにシェヘラが説明する。


「訊くところによると、始まりの村と言われていたラブハリケーン村は今や堕落し、勇者のタマゴを食い物にするような村に成り果ててる。きっと勇者たちも困っているはずよ。だったら、かなりの遠回りになるけど、この村がその代わりになれるかもしれないの」


シェヘラの言葉には不思議な説得力がある。

だが、歓迎すると言っても――どうやって?

ゴブリンだの、ダークエルフだの、オークだのドワーフだの、皆が一様に爪弾きだったものばかりなのだ。


「わしは――行く先々で歓迎ってことをされたことがない」


ふと、村一番の古株であるゴブリンのシェオ爺が、しわがれた声で言った。


「わしらゴブリンは下級の魔物。どこへ言っても棒で叩かれ、魔法で灼かれるのが日常じゃった。わしはそれがいつもいつも悔しくて悲しゅうて――どこへ行けばわしを受け入れてくれるものかと、若い頃はそればかり思うとった」


シェオ爺はたるんだ顔の皮をくしゃくしゃにして言った。


「この村に流れ着いてはや20年――わしの生い先は短い。この老いた身体でやれることがあるなら、わしは、わしだけでも、若いお前たちの言うことに協力してみたい……!」


シェオ爺は目にいっぱいの涙を浮かべながらイナホの手を取った。

その手の甲にはひどい火傷の痕がある。彼が歩んできた人生の象徴だった。


シェオ爺の言葉に、村人たちは言った。


「よっしゃ、俺も協力するぜ。俺はドワーフだ。朝も夜もオリハルコンを掘り出してやるさ! ドラゴンの吐息だって跳ね返す防具を作るんだ!」

「私もよ! 私、この村の奥にある温泉を知ってるわ。勇者候補の傷も疲れも癒えるはず! さっそく整備してみるわね!」

「ばあちゃんがよく作ってくれた菓子があるんだ。ちょっと人間には苦いかも知れないが――味は保証できる。きっと名物になるぜ!」

「そうなると勇者候補が泊まる宿屋がないといけねぇな。任せろ、これでも落ちぶれる前は王都で宿屋を二つ経営してたんだ」

「おいおい、なんだか盛り上がってきたじゃねぇか……よし、やろう! この村を勇者のタマゴを歓迎する村にするんだ!」


ヤエレクの声に、村人たちが色めき立った。

イナホとシェヘラは顔を見合わせて微笑み合った。



「あの……この村が歓迎の村ですか?」

「ああ、そうだ。『ここはスカイラブ村だ』」


イナホが言うと、少年の身体が金色の光りに包まれた。

勇者候補の少年ははしゃぎながら言った。


「ほ、本当だ……! HPが回復した上にステータスがアップしてる! これが祝福なんですね!?」

「こらこら、あんまりアテにしちゃダメよ? あくまで勇者は自分の力で強くならないといけないんだからね?」


シェヘラが魅力的な笑みで言うと、少年の顔が赤くなった。


「さぁさ、ここは歓迎の村よ。あなたはどこから来たの?」

「ええと……僕は東の田舎の出身で……」

「お、新入りだな! こっち来い! このマグマ饅頭食ってけ!」

「このヘドロポーションは餞別だ、持っていけ。全ての状態異常が回復するぞ。物凄くヘドロ臭いけどな!」

「温泉もあるぞ! しかも混浴だ! 今綺麗な尼僧(プリースト)が浸かってるぜ! 仲間にならないかって声かけてこいや!」


さっそく複数人のオークに捕まってもみくちゃにされながら、少年はまたたく間に村の中心へと引っ張られてゆく。


あれから一年。村は格段に成長した。


宿屋は所狭しと立ち並び、それぞれの村人が発案した料理を出す露店の数は日に日に増え続けているし、安くてモノがいいと評判の武器や防具の類は、勇者だけでなく兵士や冒険者の類までが遠く王都から買い求めに来る。きちんと整備された温泉は、効能のよさも去ることながら、番台に座るシェオ爺の素朴な人柄が評判を呼び、今や『ゴブリン湯』なんてあだ名が付くぐらいだった。


「みんな変わったわね。それもあなたが来てから」


隣に立ったシェヘラが、活況を呈する村をぼんやりと見つめながら言った。


「俺は――なんにもしてないよ。ただただ『ここはスカイラブ村だ』って言ってるだけだ。この村が発展したのは村のみんなの頑張りのおかげだよ」

「それは違うわ。あなたは私たちに居場所をくれた」


シェヘラが真剣な表情でイナホを見た。


「私は――魔族と人間の間に生まれた娘だった。肌の色も瞳の色もこんなだから、どこへ行っても爪弾き者にされ、疎まれて――。このまま誰からも相手にされないまま死んでいくんだって思ってた。でも、あなたは私に居場所をくれた。薬草店もあんなに大きくなって――自分が誰かの役に立ってるんだって、今は心から思えるの」


今や王国中の話題になっているスカイラブ村の中でも、シェヘラが管理する薬草店の評判は抜きん出ている。

その効能の高さは王宮の薬草医も驚くほどで、近く王都の大手製薬業者と正式な取引を結ぶ予定だった。


「本当に、感謝してるわ――ありがとう、イナホ」


そう言って、シェヘラはにっこりと笑った。


嗚呼、やっぱり綺麗な娘だ。

この顔とこの声に「ここはスカイラブ村だ」と言われたその時。

そのときに、自分はこの世界にいてもいいと思えたんだ。

ただ村の名前を告げるだけのつまらない男でも。

誰かのこんな笑顔を見れるなら――それは立派な仕事なんだって思えたんだっけ。


「――ここがスカイラブ村か?」


不意に、そんな声が背後に発した。


「え? あぁ、そうです、『ここがスカイラブ村』――」


振り返りざまに言おうとして、イナホはその先の言葉を飲み込んだ。


「久しぶりじゃな、イナホ」


イナホは顔を歪めた。


「――何の御用です?」


険悪に言ったイナホの声に、シェヘラが戸惑ったようにイナホを見た。


「イナホ、この人は?」

「ラブハリケーン村の村長さんだ」


シェヘラがはっと息を呑んだ。


村長は――しばらく熱に浮かされたような表情で周囲を見渡した。


「素晴らしい、なんという賑わいか。ここがスカイラブ村――」

「えぇ、俺たちの村です。それがなにか?」


相変わらず棘を含ませた声と表情で言った、その途端だった。


「イナホ――儂を許してくれんか」


村長が跪き、地面に手をついて深々と頭を下げた。


突然の土下座に、村人たちがざわつき始めた。

イナホはその禿げた後頭部を見下ろしながら「何についてです?」と尋ねてみた。


「お前を追放したことに対してだ……どうか悪いようにはせん、戻ってきてくれ」

「何故」

「儂らはあのとき気づいておらんかった――お前があの村の名前を口にする度に、勇者候補たちに祝福を授けていたことをな」


村長は続けた。


「この一年、村は寂れる一方じゃ。村を通る勇者候補たちは年に十人もおらん。村を通った勇者も、全て死ぬか、魔王討伐を諦める有様。当然じゃ、お前から受けるべき祝福の力がなければ――勇者が魔王を討ち滅ぼすのはあまりにも無謀なことじゃ」


いや違う。イナホは心の中で反論した。

俺が授ける祝福? そんなものに魔王が打倒できる力なんてありはしない。

勇者とは、勇みし者、勇気ある者。

みんな自分で成長し、自分で強くなる。

俺の祝福は、彼らが成長し、強くなるために、ちょっと背中を押してやるだけのものだ。


「頼む、戻ってきてくれ! 村にはお前の祝福が必要――」

「あ、おい見ろよみんな! ボッタクリ村の親爺がいるぜ!」


不意に――村の奥から、如何にも風呂上がりというような若者が数人、土下座する村長を指差していた。


若者たちは皆一様にわめき始めた。


「なにやってんだあのクソオヤジ? 金の無心でもしに来たのか? あんなにぼったくってもまだ足りねぇのかよ」

「俺、あいつの村の宿屋で装備品全部盗まれたんだ。女将に文句言っても知らぬ存ぜぬだ。挙げ句カネがないなら出ていきやがれって叩き出されたぜ」

「私、あの村で買ったポーションが麻痺毒だったことがあるわ! 半日身動き出来なかったのよ! 50Gもしたのに信じられない!」

「ちくしょう! お前の村どうなってんだよ! 10Gでパフパフさせてくれるっていうから期待してたのに、スライム顔に押し付けられて終わったぞ!」

「お前だけなんか言うことが不純なんだよ」

「やかましい! パフパフの恨みは重いぞ! これでも喰らいやがれ!」


勇者候補の少年が石を投げつけた。

ぽかっ、と音がして、小石が村長の頭にぶつかった。


イナホは屈辱に震える村長を見下ろしていった。


「今聞いたのが全てですよ、村長。俺の祝福があるかどうかなんて関係がない」


イナホは哀れな背中に向かってなおも言った。


「勇者候補たちがこの村を通るのは、俺の祝福があるからじゃない。この村のみんなが精一杯勇者候補を歓迎しようと、知恵も汗も振りしぼってるからです。若いのに、やりたいことがあるのに、ぼろぼろになってあの強大な魔王を討とうとする若者たちに頑張ってほしいからだ。――そんな勇者候補たちに、あなた方は何をしたんですか? 本当に、今の彼らが言ったようなことをしたのですか?」


村長は答えない。覚えがないわけがないだろう。

イナホは冷たく言った。


「わかったならお帰りください。そして、明日から自分たちの所業を見つめ直して、正業に励んでください――俺から言えることはこれだけです」


村長は石のように固まったままだ。

イナホが背を向けようとしたのと、それは同時だった。


「やれやれ、悪いようにはせん、と言ったはずなんだがな……」


はっ、と、イナホが村長を見ると、村長は酷薄な笑みを浮かべた。


「戻って来んなら、消えてもらうまでだ」


耳を疑った。

村長は勝ち誇ったような顔で言った。


「困るんじゃよ、この村がある限り、儂らの村は困窮する一方じゃ。反面、この村を通る勇者が魔王を打倒しようとする、これも魔王軍にとっては困ったことだ。つまり、魔王軍と儂らは利害が一致しとることになるな?」

「村長、まさか……!」

「この村の位置と名声を魔王軍に教えてやったわ。喜んで大軍を差し向けてくれるそうじゃ。間もなくこの村は消える。それもこれもみんなお前が選んだ未来だ、悪く思うなよ」


イナホは絶句した。

まさか村長が魔王軍と通じていたなんて。

いや――同時に、そういうことかと納得もできる話だった。

ラブハリケーン村は勇者たちで栄える一方、ろくな装備にありつけないことで勇者は弱体化する。

永遠に途切れることのない、それは完全なるマッチポンプだった。


「村長、あんたって人間は――!」

「おおよせよせ、儂を殺したところでもう何もかも始まっておる。今の言葉を聞いた以上は全員に死んでもらうことになる……残念だがな」

「なんて奴なの……! あんたはどこまで人間を食い物にすれば気が済むのよ!」

「食い物にする? そいつは違うぞ、卑しい混血の娘よ」


いきり立つシェヘラを村長はせせら笑った。


「これは賢いやり方というのだ。儂らは勇者で儲ける、魔王軍は勇者を狩る。王都は次々と若者を勇者として送り出す――勇者たちは自分が犠牲となり、他の者に安寧な暮らしを支える。どうだ、若者として正しい生き方ではないか。それに引き換えお前たちはあんまり愚かじゃありゃせんか? いずれ殆どが勇者になれない勇者候補を歓迎し、無駄な銭と労力を使って送り出すことに、一体何の意味がある?」


ふっ、と、頭の中心が冷えた。

人間を使い潰し、馬鹿にして、食い散らかして、挙げ句捨てることに疑問がない。

この人は心の底まで腐り切っている――。


イナホは決然と言った。


「あんたに生き方の正しさなんか口にする資格はない。あんたは腐ってる。――人でなしの妄言になんて、この村の人間は誰も耳を貸しませんよ、たとえ死んでもです」


村人たちの、覚悟を決めた視線の集中砲火を浴びて、村長の顔が歪んだ。


「言わせておけば、若造が――! だがもうよい、魔王軍の総攻撃は間もなく始まるぞ。貴様ら全員あの世に――」



「生憎ですが、魔王軍はもう来ませんよ」



不意に――朗々とした声が発し、イナホははっと声のした方を見た。

村長は慌てふためきながら突然の闖入者を見つめた。


「な、なんじゃ貴様……!? どこから来た!? この森は既に魔王軍が包囲しとるはずなのに――!」

「ああ、そのようでしたね。みんな纏めてぶっ飛ばしましたよ、魔王がいない魔王軍を蹴散らすなんて造作も無いことですからね」


この声は――イナホがはっとすると、背後でマグマ饅頭を売っていたヤエレクが大声を上げた。


「リオン! お前、リオンじゃねぇか!!」


魔王軍の竜騎兵の竜をずるずると引きずりながら。

一年前とは全く違う精悍な表情の青年。


ヤエレクの大声に、勇者リオンはにっこりと笑った。


「お久しぶりです、皆さん! 勇者リオン、只今凱旋いたしました! この竜はお土産です! 革防具に使えると思って持ってきました!」


その声に、ぎょっと村長が後ずさった。


「り、リオン!? 勇者リオンか!? あの魔王軍を全て蹴散らしただと……!?」

「あはは、さっきからそこで聞いてましたけど――そういうカラクリがあったんですね、村長さん。あなたが勇者を死地に送り出していたんだ……」


丁寧であるが故に、勇者となったリオンの声は迫力があった。

ずい、とリオンが一歩踏み出すと、村長が腰を抜かして地面にへたり込んだ。


「ひどい人だなぁ。あなたが送り出した若者は、みんな僕の友人たちばかりだ。お互い頑張ろう、魔王を倒そうと誓い合った仲間を、あなたがみんな酷い目に合わせてたんですね――」


途端に、得体の知れない空気がリオンから発する。

ひい、と村長は手足で地面を掻いた。

この肌がびりつくような殺気と、尋常ではない魔素の量。

それはこの村に血だらけでまろび込んできた時の少年のものではなかった。

真実――魔王と呼ばれる存在を撃破しうる人間のそれだった。


リオンはしゃがみ込むと、村長の顔を覗き込み、腰に佩いた剣の柄に手を伸ばした。


「なら、今度はあなたが喰われる番になっても文句はありませんよね? 勇者の僕にとっては、それが賢いやり方、ですよね……?」

「いぐ……! う、うううう……! ううわあああああああ……!!」


村長は顔中の穴という穴から液体を流し、ガタガタと震えた。

よし、もうこのぐらいでいいだろう。


「よせよリオン。そんなクズ、豚の餌にする価値もないんだ」


イナホが言うと、リオンが放っていた殺気が出し抜けに収まった。

糸の切れた操り人形のように、村長がへたり込んだ。


立ち上がったリオンに、ヤエレクが満面の笑みを浮かべる。


「それよりなぁ、リオン、お前腹減ってねぇか? メシ食いながら旅の土産話を聞こうじゃねぇか!」

「まぁ、こんなに立派になって……! さあさ、こっちきてマグマまんじゅうお食べよ! ちょっと苦いけど美味しいよ!」

「お前がいたときはなかった温泉があるんだぜ! 番台にいるシェオ爺に会いに行ってやれよ! きっと喜ぶぞ!」

「お、おい! 勇者リオンだ! 本物だぜ! すげぇ!」

「キャー素敵! 勇者様、私にも武勇伝を聞かせて!!」


次々に言われて、リオンの顔に弾けるような笑みが浮かんだ。


「懐かしいなぁ! みんな元気でしたか――!」


固まっている村長を無視して、リオンは村へと駆け込んでいった。


みんなに頭を撫でられ、背中をどつかれ、尻を叩かれて、もみくちゃにされながら、リオンは雑踏の向こうに消えていった。


「さて村長、いかがでしたか? あれがこの村の勇者ですよ。幸せそうでしょう? あなたが一生見ることのできない表情ですよ」


イナホは、真っ青を通り越して土気色になっている村長に言った。

村長はピクリとも動かない。


「命拾いしてよかったですね。――まぁでも、無念に散っていった勇者たちの手前もあるし、正直俺としては貴方を許したくない。だから、ちょっと呪わせていただきます」


その言葉に、村長が目を見開いた。

腰が抜けているであろう村長の耳元に、そっと耳打ちしてやる。


「『ここはもう、ラブハリケーン村でも、スカイラブ村でもない』――」


村長が目だけでイナホの顔を見た。


「俺の言葉は祝福もできますけど、呪いもできちゃうんですよぉ。今の呪いを聞いたら、もう二度とあなたはこの村に来ることは出来ません。反面、ラブハリケーン村にも帰れません」


にっこりと、途轍もなくいい笑顔を意識して、イナホは笑った。


「もしこの呪いに背いたら――全身の毛穴から血が吹き出して死んじゃいますから。せいぜいどこかで頑張って生きてってくださいね」


しばらく呆けていたようにしていた村長は、数秒かけてゆっくりと顔を凍りつかせると、なにやらわけのわからない悲鳴を上げて逃げていった。


しばらくすると、背後のシェヘラがぷっと吹き出した。

そのまましばらく、あはははは、と声を上げ、シェヘラは腹を抱えて笑った。


「ねぇイナホ。今の言葉――全部嘘でしょ?」

「御名答。俺は呪いなんか掛けられないよ。あれがせいぜいの嫌がらせだ」


そう、それはほんのちょっとした呪いだった。

祝福の言葉も呪いの言葉も紙一重、かける人と、かけられる人による。

時に祝福に。

時に呪いに。

言葉なんて――いとも簡単に意味が変わってしまうのだ。


「さぁ、勇者リオン様がご帰還だ。俺たちもリオンの武勇伝を聞きに行こうか」

「もちろん! みんなで大歓迎よ!」


イナホとシェヘラは笑い合って駆け出した。



そう、この村の名前はスカイラブ村。



彼らの――かけがえのない居場所だった。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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[良い点] 分かりやすく起承転結がまとまっていること。 短時間で読めて楽しめた。 あと、タイトルで判別できなかったけど短編詐欺でなかったことが嬉しい! [一言] RPGで出会う第一村人って大事な…
[一言] スカイラブハリケーンとかキャプテン翼ですかwww
[良い点] 村の名前素敵やん。応援してます。
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