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最終話(2/3) やっぱりルールは大事だよね

◆   ◇   ◆   ◇


 ジャリっと乾いた土を踏む音がして亜月(あづき)はブランコのチェーンを掴む手に力を込めた。


「どうしたんだよ?」

「……ごめんね」


 いつもの公園。ブランコに腰かけた亜月は顔をうつむけたまま陽大(ようだい)に応える。


「どうすればいいのか分からなくなっちゃって」

「そっか、聞いてたんだな」

「うん」


 口を開かなくても互いに考えていることは伝わるから交わす言葉は最小限。

 静かに夕暮れが色を濃くしていく。


「全部聞いてたんだな」

「……うん」


 繰り返す言葉は必要はないもの。でも鼓膜を震わせる陽大の声に胸が温かくなるのを亜月は感じていた。


「じゃあちゃんと言うぞ」


 一歩、陽大は亜月に近付く。

 その靴が目に入って亜月ははっと息をのむ。

 陽大の靴はところどころ土で汚れていた。


「悪いな。こういう時はできるだけきれいな格好でいたかったんだけど……」


 でもいったん着替えると気持ちが落ち着いてしまいそうだから、このまま来たという言葉は心の中に留めた。

 亜月には当然伝わっているのだけれど、亜月は話の腰を折りたくなくてそのまま会話を続ける。


「私を探してくれてたんだね?」

「だって亜月がスマホを何度鳴らしても反応してくれないから」

「ごめんね。でもなんでこんなに汚れてるの? 学校の周りを探してたんじゃないの?」

「なんとなく学校の近くにはいない気がしたから、家の周りを探してた」

「それでもこんなにはならないんじゃないの?」

 亜月はそっと陽大の靴を指差す。


「これはだな……」

 陽大が黙ってしまったのを不審に思って亜月はやっと顔を上げた。

 陽大は鼻の頭をかいて、顔を赤くしていた。


「プッ」


 髪の毛にクモの巣が絡まっているのを見て、亜月はつい吹き出してしまう。

「笑うなよ。亜月を探して裏山に行ったんだから」

「けどさ、なんで裏山になんて行ったの?」

「だって……」

 その続きを陽大は口にはしなかったが、心の声で伝え聞いた亜月は声に出して笑う。


「笑うなよ」


 ジト目を向ける陽大に亜月は「ごめん、ごめん」と言いながらも笑い声を止められない。


「そんなに面白いか?」

「面白いっていうか、なんていうか。『幼馴染に告白するなら、思い出の場所が一番だ。亜月は先回りしてそこで待っててくれるんじゃないか』だなんて。すごい発想だなって思って」


 亜月は息も絶え絶えに笑い続ける。

 陽大はふてくされながら反論する。


「あの裏山は俺たちが子どものころによく遊んだ場所だろ? 亜月が転んで泣いて俺が背負って帰ったりしただろ?」

「その逆もあったけどね?」

「それは覚えてない」

「ふーん。正確には思い出したくない、でしょ?」

「ったく、ルールはどうしたんだよ?」

「別に今はほかに誰もいないからいいでしょ?」


 亜月の言うように、公園にほかの人の姿はない。

 もうちょっと早い時間なら小学生たちが歓声を上げながら遊んでいるが、既に帰宅している。

 だったらちょうどいいか。

 陽大は覚悟を決める。

 その覚悟が伝わった亜月はそっと亜麻色の髪を耳にかける。


「亜月、俺は――」


 言いかけた時、公園に備え付けられた町内放送のスピーカーが大音量で午後6時を知らせる。


 夕焼け小焼けの歌が流れる中、陽大と亜月は瞬きすらせず見つめ合う。


 幼いころ、この歌が聞こえてくるまでこの公園で遊んでいて親に怒られていたことを思い出して2人とも頬を柔らかくする。

 ゆっくりと時間をかけて歌が終わる。


 陽大はすうと息を吸って、亜月は息をのむ。


「俺は亜月が好きだ」


 余計な言葉のない純粋な思い。

 それだけでいいと、陽大は思っていた。

 でも亜月はどうだろうかと様子を窺う。


「……」

 両手で口元を覆う亜月。その指先は小さく震える。


「ありがと」

 やっとの思いで言葉を絞り出した。


「いや、待たせて悪かったな」

 陽大は肩の力を抜いて頭をポリポリかく。


「それで亜月はどう思ってるんだ?」

「どうって?」

「言わなくても分かってるだろ?」

「そりゃ分かってるけど。それを言うなら、陽大だって分かってるでしょ?」


 ――私も陽大が好き。


 亜月の心の声を陽大は聞いている。

 けれど、

「それってズルくないか?」

「ズルいって?」

「俺にだけ言わせといて、亜月は何も言わないってことだよ」

 唇を尖らせる陽大に、亜月はいたずらっぽく笑う。


「聞きたいの?」

「ったく、こうなるから俺から告白したくなかったんだよ」

「こうって何?」

「だから俺が亜月の尻に敷かれることになるってことだよ」


 これからずっと一生、という言葉は頭の中に押しとどめたが、それは亜月に伝わるわけで。


 2人そろって顔を真っ赤にしていた。

 照れてしまって気まずいけれど、このままでいるのはもっと恥ずかしい。

 ごほんと咳ばらいをして亜月が口を開く。


「それでも陽大はいいって思ったんでしょ?」

「まぁ……それはそうだな」

「うん、じゃあ」

 亜月はタンと、ブランコから飛び降りる。

 陽大の目の前に立って、


「私も陽大が好きだよ」


 顔を見られたくなくて、そのまま陽大の胸に顔をうずめた。

 突然の亜月の行動に戸惑う陽大だったが、

「ありがとう」

 なんとか言葉を返す。


「……うん」


 胸元から聞こえる亜月の声がいとおしくて、ギュッと亜月を抱きしめた。

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