第8話(1/3) いじっていいのは私だけなんだから
◇ ◇ ◇
週明け月曜日の放課後。
いつものように私と陽大、それにセアラはオカルト研究部の部室に集まっていた。
普段と違うのは陽大が座る場所。
「ねえ、どういうこと? ちゃんと説明してくれる?」
椅子に腰かけ長い足を組んで陽大を見下ろすのはセアラ。
「だからなんでそんなことをセアラに言わないといけないんだよ?」
一方の陽大。セアラの目の前の床に正座させられている。
》ちょっ、そんな目の前で足組まれたら見えちゃうだろ《
「陽大っ、変なこと考えないでよっ!」
「べっ、別に俺は変なことなんて考えてない」
「もうっ、そんなこと言ったって陽大が何を見ようとしていたのかは分かってるんだからね」
「だからっ、何も見ようとしてないって」
「今はそんな話はどうでもいいから」
私たちの会話をセアラが冷たく打ち切る。
「それにあたしは、あづにも怒ってるんだからね?」
ギラリと瞳を鈍く輝かせこちらを見やる。
「私は悪くないでしょ?」
「そんなことない。最悪、あづから告白しても良かったのに。まったくあんたたちは何をやってるの? せっかく人がお膳立てしてあげたのに」
これ見よがしなため息交じりにセアラは額に手をやった。
そう、今日陽大が怒られているのは、私たちがデートにまで行ったのにどちらからも告白しなかったせい。
『でー、デートはどうだったー?』
と訊くセアラの機嫌は最初は良かった。
しかし最終的にどちらからも告白しなかったことを聞くと態度を豹変させた。
陽大に対しては時折見せる態度だけれど、私にも今日は当たりが強い。
それもこれも全部、陽大が悪い。
私の誕生日プレゼントを用意してくれたところまではいい。
でもそれを渡した流れで告白しないなんて。
セアラが怒るのも当然だと思う。
》俺だけのせいにするなよ?《
どう考えても陽大のせいでしょ?
》違うだろっ! セアラは亜月から告白しても良かったって言ってたぞ《
それはセアラの考え。私はそんな風に思わないんだもん。
》もん、って言われてもな……。ちょっとかわいいけど《
かわいいって、いきなり言わないでよねっ!
今はそんな話をしてる場合じゃないんだから。
とにかく、この場はちゃんと謝って? そうじゃないと陽大はずっとそこに正座させられたままになるんだからね。
そんな風に私と陽大が会話をしていると、
「で、中野はどう落とし前をつけてくれるの?」
セアラは足を組み替えながら陽大に冷ややかな視線を浴びせる。
》あっ、今ちょっと見えたかも《
「陽大っ!」
「あづはちょっと黙ってて」
変なことを言う陽大を注意する私にセアラは短く告げた。
「しかし、落とし前と言われてもだな。俺は何もしてないわけだし……」
「だから何もしてないのが問題なわけでしょ? 分かる?」
「そもそもなんでセアラにそんなことを言われなくちゃならないんだよ?」
「質問してるのはあたしなの。中野の質問は受け付けてない。で、どうするの?」
「……いつかする可能性は否定できない」
「はぁ? 意味分かんないんだけど。もっと男らしく言いなさいよっ!」
声を荒げるセアラ。
でも私は知ってる。今の言葉は陽大に向けたらいけないものだ。
案の定、一方的にやり込まれていた陽大はセアラを見る目に力を入れる。
「セアラは男らしくって言うけどさ、それってどうなんだ? 何でもかんでも男女平等っていうこの時代に男らしくってどういうことだよ?」
やっぱり陽大は私にいつも言うようなことをセアラに告げた。
ただセアラも黙っていない。
「……女々しい」
「はぁ? だからそういうこと言うのがおかしくないかって俺は訊いてるんだけど?」
「どうでもいいけどさ、ほんとに今のままでいいと思ってるの?」
「セアラには関係ないだろ? 余計なお世話だよ」
「その余計なお世話がないと中野は何にもできないでしょ?」
「そんなことはないっ!」
必死に反論する陽大をセアラは不機嫌さを隠さない顔で眺めている。
たしかに陽大が男らしくないとは私も思っている。
ただ、セアラが陽大を責め続けるのは釈然としない。
だって陽大をいじっていいのは、私だけなんだから。
》いや、亜月も俺をいじっていいわけじゃないぞ?《
陽大の心の声は無視して私はセアラに向き直る。
「セアラ。その辺にしてくれる? 心配してくれるのはありがたいけど、これは私と陽大の問題だから」
「さっきも言ったけど、別にあづから告白してもいいんだよ?」
「分かってる」
短く応えた私に、セアラは目を細める。
「ということだから、今日のところはこれぐらいで勘弁してくれないか?」
》もう足がしびれて耐えられない《
そんな情けない思いは心に仕舞いながら、陽大もセアラに告げた。
セアラは陽大の方に一瞬だけ視線を戻したかと思うと、立ち上がる。
「……だったらあたしにも考えがある」
不穏な言葉を残して部室を出て行った。
ようやく解放された陽大は足を伸ばしながらつぶやく。
「何だったんだ?」
「分かんないけど、陽大が男らしくないのが良くないってことだけはたしかだね」
「ったく、亜月までそんな話をするのかよ?」
「まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど、今日はいいや。帰ろっか?」
「そうだな。でもちょっとだけ待ってくれ」
伸ばした足を見ながら顔をしかめる陽大。よっぽど痛いらしい。
けどもとはといえば、陽大の意気地のなさが招いた事態なんだから、自業自得とも言える。
「そんなこと言うなよ?」
「へえ、この状況で私に向かって反抗するんだ?」
私はニヤリと笑って陽大に近付く。
「ちょっ、待てっ! 何するつもりだ?」
「えいっ」
「うぐぅぉぉぉっ!」
ちょっと足をつついてやったら、陽大は情けない声を上げた。
「ちょっとじゃなかっただろ? 結構がっつり刺激してきただろ?」
「へえ、まだ分からないんだ?」
ツンっと、もう一回。
「ぬぉぉぉぉぉっ!」
あっ、これくせになっちゃうかも?
「……やめろ、いや、やめてください、お願いします」
「どうしようかな?」
「ほんとに頼むから」
涙目を浮かべる陽大を見ると、ますますいじりたくなってしまう。
「いや、そうは思ってないよな? わざとそんなことを考えてるだけだよな? ほんとにやめてくれよ」
懇願する陽大に私の口角は自然と上がる。
……こういうのをなんて言うんだっけ?
「嗜虐的な笑みってやつだよ」
》たしかよく悪役が浮かべてる笑みだよな《
「誰が悪役だって?」
「誰でもないっ! 少なくとも亜月ではないからっ!」
「ほんとにそう思ってる?」
「ほんとだって!」
…………
うん、どうやらこれは本心らしい。
どうせこの場で悪役といえば亜月しかいないだろ、とか思ってる気がしてたけど。
「しかしこのテレパシーは厄介だな」
「そう? 私は楽しいからいいけど」
「楽しい、か。まぁ俺もそう思うことの方が多いけどな」
陽大はどこか含みのある言い方をした。
どういうことなのか訊こうとしたのだけど、ちょうどその時、下校時間を告げるチャイムが響いた。
「そろそろ帰るか?」
「足はもういいの?」
「おかげさまで、ちゃんと動かせるようになった」
「お役に立てて何よりだね」
陽大と他愛もない会話を交わしているとあっという間に時間が過ぎる。
だからセアラが残した言葉の意味を考える暇はなかった。
その意味が分かったのは、翌日だった。




